第23話 酔いどれ
お酒を飲み始めてから数十分後、ウィリアムはすっかりできあがっていた。
「…それでなぁ、ついた教師がとんでもなく怖いやつでな!!」
「まぁ、そうですの」
「40くらいのオールドミスのババァで、オーガのような顔で鞭を使うんだ」
「鞭!?それは大変です」
ダイアナがメイドの躾といって使っているのを見たことがある。
止めるように言ってもまるで聞かなかった。
まさか若かりし頃?のダイアナか、と思いつつ耳を傾ける。
「こうしてもダメ、ああしてもダメ、何が良いのか教えろと何度言いかけたか!」
言わないところがウィリアムらしい。
そう言えばルイスも似たようなところがあった。過程をすっ飛ばして答えをすぐに聞きたがるのだ。
「鞭で脅すなど…それは先生が駄目ですねぇ」
もう少しゆっくりと子育てしたかったなぁ、と思いつつ頷く。
「だろう?アルフィはずるいんだ。あいつは頭がいいから、課題をやってすぐに逃げて、取り残されて」
「あらまぁ、大変」
「だから、走って逃げてやった!!」
そう言って笑うウィリアムを、アメリアは戸惑った顔で見つつ一応笑ってあげた。
(…暴露上戸っていうのかしら?)
酒に弱いウィリアムは寄った勢いで、過去の愚痴を洗いざらい喋っている。
万が一、ウィリアムに飲ませるとこうなってしまうから、ダイアナはアメリアに酒を禁じたのだろうか。
(それにしても、すごい愚痴)
そこにはメイソンや文官たち、アルフレッドに…周囲に対する不満もたっぷりと含まれていた。
これをずっと内包して押し込めて圧縮して…20年が経過して、リリィが亡くなった日に爆発したのかもしれない。
(…小さい頃から、もうメイソンの手の内だったのね…)
先王の王妃が亡くなったのも、もしかしたら悪女ルシーダお得意の毒なのか。
その後先王はすぐに病床につき、苦労を掛けられないから相談もできない。
(若い息子に後を任せて…助言もできないなんて)
きっと自分のように、手紙は握りつぶされる。
そうだとしたら王宮内の事を、息子たちを非常に心配していることだろう。
「…なにが良くて、駄目かは、自分で決めるものです」
「ん?」
ずっと他人が決めていたら、あなたのようになるとは言えないが。
「私は勉強嫌いで、脳筋で剣を持つ方が得意ですし…」
「え?…しかしお主、評判は全然違うぞ?美しく嫋やかで頭脳明晰だったか…」
(誰なの、それは)
呼び方が”お前”から”お主”になったなと思いつつ、答える。
「評判なんて、上流から流した噂でどうとでも塗りつぶせますよ」
暗に宰相の事を言うが、彼は気が付かないようだ。酔っ払っているし仕方がない。
「勉強が得意な友人に、補習にならないよう面倒をみてもらっていましたし」
イザベルやシンシアには非常にお世話になった。
「友人?」
「エリオット公爵令嬢ですよ」
「ああ…」
ウィリアムは苦い顔だ。
「彼女はとっても頭がいいんですよ。それに、先を見据える力がありました」
「……」
その出来る女性に、平民との逢瀬を暴かれて婚約破棄されたので心象がよくないのだろう。
アメリアも若干酔いが回っているのかもしれない。ハッキリと言ってしまった。
「だからお飾りの王妃になるのが嫌で、陛下との婚約を破棄したのですよ」
グラスを持つウィリアムの手が止まった気がするが、気にしない。
が、次の瞬間、耳を疑った。
「…そうか…それもそうだな…。申し訳ないことをした…」
「!!!!!」
(ええっ!!!???通算20年側に居て、謝罪の言葉なんて聞いたことなかったわよ!!???)
つい口元を抑えて心の中で叫んでしまったが、酔った彼の様子を見て思う。
(そっか、本当は…こういう、素直な方なのね…)
その素直さを利用したメイソンが、ダイアナが憎い。
「そうだ、お主」
「アメリアですよ、陛下。メリーでもいいです」
しかし流石に愛称呼びはまだ戸惑いがあるのか、ウィリアムはアメリア、と呼んだ。
素直に名前を呼ばれた事に驚きつつ耳を傾ける。
「その…イザベルに…謝っておいてくれ」
「!…私からですの?」
「俺から言うのは…きっと彼女は俺の手紙は嫌だろうから」
苦笑しながら言っている。もちろん、アメリアは了承した。
「そういうことなら、わかりました。…よき臣下として友人となれば、彼女は非常に力となりましょう」
「ああ、そうだな。外交を担う大臣の家だし…」
「そうですそうです」
(なんだ、ちゃんと知ってるじゃない)
もはやルイスと対峙している気分になってきているアメリアだ。
「アメリアは…そうだな、手合わせでもするか?」
どうやら自分への詫びはそちらになったようだ。相手が好きなものはすぐに察して覚えてくれるらしい。
(ドレスより嬉しいわね)
「面白そうですわね!…でもその前に鍛錬です。本当に、しばらく剣を持っていないので…」
「いいだろう。楽しみにしているぞ」
そう言って、ウィリアムはニヤリと口角をあげた。
「!」
初めて見た顔にアメリアは一瞬固まったが、すぐに返す。
「ええ、返り討ちにしてやりますわよ!」
「ははは!…お手柔らかに頼むぞ!」
(え、笑顔!!??…こういう、笑顔だったのね…)
それは奇しくも、幼少期のルイスと似た笑顔だ。
もしかしたらリリィには見せていたのかもしれないと考えかけて首を振る。
(いいえ、彼女へ見せるのは…きっと強がりの笑顔だわ。こんな、心からのじゃない)
リリィはこれから徐々に弱っていく。そんな相手に笑顔は見せられないだろう。
そのまま二人は飲み続け、先にウィリアムが潰れた。
「…ふぅ、直前にベッドへ行けて良かったわ」
しかしウィリアムの私室に入るのが憚られたので、自分のベッドに寝かせてある。
朝起きたら驚くかも知れない。
メイドたちは今日は来ない予定なので、アメリアはテーブルを軽く片付けると、靴を脱ぎソファに寝転んでクッションをお腹の上に乗せた。
「この部屋で、こんなにくつろいだのは初めてだわ…」
酔っているからか、言葉が普通に口から出てくる。
しかしダイアナはあれからずっと姿を見せていない。
なんとなくだが、この部屋はもう大丈夫、という確信がある。
「この、ペンダントのおかげかしらね?」
胸元にあるフローライトのペンダント。これが護ってくれているのかもしれない。
顎くらいまで持ってきて下を向くようにして見ると、肯定するように仄かに光った。
「あら!わかりやすくて助かるわ」
今までずっと闇の中で手探りで歩き…足をすくわれっぱなしだったアメリアは喜んだ。
この子は足元を照らす灯りになりそうだと思う。
「…これからも頑張るから…よろしくね」
石にキスをすると、彼女は深い眠りに落ちるのだった。
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