第22話 腹を割って話す
「私は、あなたの妻になりました。ですが、愛する方が他にいる。私とは子を設けるつもりはないのでしょう?」
「!」
なぜその事を知っている、とばかりに目が見開かれた。
(本当に、手間のかかる子だこと)
アメリアは姿勢を正してウィリアムを見た。
「あなたが王としての責務をこなしつつ、貴族に”離れの君”を側室として認めてもらい、その方と設けた子を後継とするのなら、私は協力致しましょう。…裏工作や策略では駄目。筋が通らなければ、誰も納得はしないわ。今までと同じように、皆はあなたではなく王弟殿下を推すでしょう」
ゆっくりと一言ずつ伝えて、投げた石で波紋が広がる湖のように揺れる目を見る。
彼は眉間に皺を寄せたまま、黙っていて、目はアメリアの目を見ていない。
きちんと考えているのか、リリィの事を想っているのかは分からない。
(…今まで考えていなかったのかしら。ほんの少しだけ、時間をあげましょう)
ウイリアムは顔だけは素晴らしく良いが、頭脳も剣技も普通で、交渉事も苦手だ。
だから優秀な…側室から産まれた弟に負い目と、公務を任せっきりにしている事で、更に引け目を感じている。
(彼だって、やろうとしたはず)
いつも何かに追われているように焦っていた。
ウィリアムが宰相であるメイソンと話しているのを何度も見かけたが、大抵はメイソンが首を小さく横に振っていた。
もしかしたら提案した内容について尽く駄目出しされ、言いくるめられて、メイソンにいいように使われてしまったのかもしれない。
メイソンは自身の考えをまるで正論のように言う天才だと、アルフレッドは話していた。
外を知らないウィリアムには、彼の”おかしさ”は分からなかっただろう。
(…待ってはみたけれど、出なさそうね)
アメリアは彼から結論が出るまで、いつまでも待つ心の広さは既になかった。
悠長に待っていたら、あっという間に一年が経って子供が産まれてしまう。
なので、更に一石を投じることにした。
「…このまま”どなたか”の言いなりになっていると、”離れの君”の命も危ないかも」
「っ!?」
アメリアの言葉を聞いてウィリアムの姿勢がバッと姿勢が変わり、虚ろだった目が不安を宿しこちらを凝視している。
「あら、心当たりがありますの?」
「……」
何も言わないから、肯定なのだろう。確かに今この時点でもうリリィは離れに居る。
協力したと見せかけて…宰相に様々なことを知られて代理で"処理”して貰った。
そしてリリィは王宮にいるが常に目は届かない。──心臓を握られているようなものだ。
(リリィと結婚する!って想いだけで、ちゃんと先まで考えてなかったのねぇ)
一国の宰相がホイホイと協力するほうがおかしいのだ。ウィリアムもその事に後で気が付いたのかもしれない。
(だから頻繁に通ってたのかしら)
愛しい人の生存を確認するために。どれだけ辛く長い日々だったのだろう。
「…どうすればいい」
「!」
(喋った!)
ポツリと、すっかり冷めた紅茶を見ながらウィリアムが言った。
しかも、頼る言葉を。
「”どなたか”からの意見を鵜呑みにするのではなく、ご自身でお考えになって」
「……」
「それが難しいのなら、相談相手を作るべきです」
鞭を使ったがすぐに飴を与えた。
イザベラがよくやる手だが、剣技でも相手を油断させるために行うことが多い。
案の定ウィリアムはすぐに食いついたが、落胆した。
「相談相手か…」
(居ないわよねぇ)
ウィリアムは孤立している。そうしたのは、常に自分へ頼るように仕向けたメイソンだ。
「弟がいらっしゃるではありませんか」
王族で、しかも有能で、メイソンとは別の派閥を持つ彼が。
「しかし奴は、王の座を狙って…」
「本人に訊いたのですか?…今回のように策略に巻き込まれるほど、公務でお忙しくてそのような余裕はないのでは?」
「うっ。それは…」
(図星よね)
知らない風に言ってみたが、実際はウィリアムの放置した公務をこなしつつ、宰相の企みを潰しているので、超がつく程の多忙だ。
だからこそメイソンの言いなりになり、愛人の元へ通うだけのウィリアムは貴族から”駄目な王”と認識されている。
「自分に自信をつけるためでもありますが、貴族たちに認められるよう公務をこなし、味方を増やすべきです」
「味方…」
「ええ!…ある程度は、人の良し悪しがわかりましてよ、私」
甘い蜜を差し出す宰相派の人間はなんとか覚えている。
顔を上げたウィリアムへ胸を張って言った。
「私も相談相手になりましょう。そのための王妃ですから!」
ウィリアムはまたもやハッとした顔になる。
(今日はコロコロ顔が変わるわね。というか、王妃の事なんだと思っていたのかしら)
リリィのような甘い関係だけの人ではない。言うならば同僚、戦友のような相手だ。
歪んだ世界ではそれが王のウィリアムではなく、王弟という立場で役職を持たないアルフレッドだった。
「そうか…そうだな…少々、考える」
今まで見たこともない、本当に考える素振りで言うので、アメリアは心の中でガッツポーズを取った。
窓の外を見ると、もう夕方を過ぎて空は暗くなり始めている。
(月…)
今日は新月だ。細いながらも輝くフローライトの月に応援されている気がする。
室内を見回すと、以前は一度も開かなかった棚に目が行った。
(あれがいいわね)
立ち上がりスタスタと棚へ歩み寄ると、ガラス戸を開いて中から美しい細工のなされた瓶を取り出した。
ダイアナに「王妃が酔うなどみっともない」と強く言われて一滴も飲んでいなかった飾りのお酒だ。
「考えるのは明日でも大丈夫ですわよ。式で疲れたでしょうし…今日は、無礼講で!」
「え!?」
ドンとローテーブルに置かれた酒の瓶をギョッとした目でウィリアムは見て、彼女を見上げた。
「…国内の令嬢が全員お淑やかで刺繍を刺すと思ったら、大間違いですよ」
(久しぶりのお酒、美味しそう…)
ニコニコしながら、美しい透明なグラスへとルビー色の酒をなみなみと注ぐ。
「私は祖母と父に似たので、お酒が強いのです。…私のヤケ酒に付き合ってくれませんか?」
「……」
ウィリアムはポカンと口を開いた。
ヤケ酒にした相手が目の前に居るというのに、なんとあけすけな令嬢か。
しかも笑顔でそれを言ってのける。
(貴族の令嬢…それも高位の貴族なのに…平民のような心があるのか)
隠しているだけで貴族にも普通に心がある。
若干認識がズレているが、ウィリアムはそう考えて戸惑いながらもグラスを重ねる。
”子作りしない宣言”をしたら離れに直行しようとしていたのに、それすらも忘れていたのだった。
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