第21話 初めての会話(2回目)
中に入り扉が閉まると不機嫌そうな顔を向けてくる。
「どこへ行っていた」
「マーカス騎士団長のところですわ。これからお世話になりますから」
「呼べばいいだろう」
「私は副団長の娘ですよ?マーカス様が忙しいのは存じております。ですから伺ったのです」
にっこり笑って言えば、おかしくはないか、と思ったのか顔を逸らした。
(素直じゃないわねぇ)
相変わらずだ。
いや、こちらが元かと苦笑しつつソファの対面へ座る。
「…今後、あのような痴態は晒すな。王妃だというのにあんな事では先が思いやられる」
(あら珍しい。会話が振られたわ)
しかし身に覚えがない。
「痴態、とは?」
「式で転んだだろう」
(えっ、それだけで?)
リリィとの婚姻の契約書にサイン出来なかった八つ当たりか。
「そうですわねぇ。では鍛錬をしなければ」
「は?」
ウィリアムの驚き顔は今日だけで何回目だろう。
「昔はずっと…お父様やマーカス様に教えてもらって鍛錬してましたのよ。学園に上がる頃から母に止められました。…ですから筋力が衰えているのかもしれません。初めて着たウェディングドレスも重かったですし…」
困ったように言いつつ、ウィリアムが口をはさむ前に続ける。
「ですから、騎士に混じって、とまではいきませんが…鍛錬場を使わせて頂いてもよろしいですか?」
「物好きな」
何だこいつ、という目をして見ている。
”離れの君”のリリィのような、おとなしい女性が好みなウィリアムには未知の女性だろう。
「もしくは、お庭でも良いのです。あと訓練用の服と模造刀がほしいですわね。陛下はロングソードですか?」
本当はロングソードが得意なのは王弟のアルフレッドだが、話のネタとして振ってみる。
「い、いや、俺…私は、普通の剣だ」
手で輪郭を示してくれる。
「まぁ、ガードなしの物ですわね。私は主にサーベルと…マーカス様に教わったロングソードと、それと父がメイスも使うので、そちらもたしなみますの。あ、体術もできましてよ」
こういう話なら文句なく楽しい。
心からの笑顔で話していると、ウィリアムはかなり引いていた。
「お茶を嗜むように言うな」
(あら!返してきた)
「でも全て、本当の事ですから。実家には祖母の形見のサーベルがありましてね…本当は持ってきたかったのですけれど…」
「祖母の形見が、剣…?」
普通の令嬢なら、宝飾類やドレスだ。
「ええ。祖母は冒険者だったそうです。騎士である祖父と、魔物のスタンピード対応の時に知り合い、恋に落ちたとか。ロマンチックですよねぇ」
「す、スタンピード…?」
箱庭で育ったウィリアムからしたら、とんでもない出会いの場所だろう。
それをロマンチックという女性。
しかし常にあった不機嫌さが表情から外れている。リリィの事から頭が離れたのかもしれない。
「ですから、鍛錬場を使わせていただきますね。あ、陛下のお手は煩わしません。マーカス様に空いている時間を聞きますから」
面倒くさい事を嫌うウィリアムに、あなたの関係ないところでやりますから、とわかりやすく言うと頷いた。
「それならい、いい」
「ありがとうございます!!」
(やったわ、鍛錬の時間が出来たわ!!)
ずっとずっと運動不足だと…”走り回りたい!剣を振りたい!”と、思っていたのだ。
歪んだ世界で、ウィリアムが剣を持って自分たちに襲いかかってきた時、本当に何も出来なかったのを痛感している。
昔やっていただけでは何の役にも立たないのだ。今の状態なら、まだ間に合う。
「………」
(あら?)
ウィリアムがへの字口で、なんとも言えない顔をしている。
(ああ…”子供は作らない”発言のことかしら)
そう言えばこの部屋で真っ先に言われた言葉だった。
目の前で嬉しそうに趣味が出来ることを喜ぶ女性を見て例の言葉が言えないのか、それとも正式に夫婦となった女性へ言えないのか。
(そうねぇ、”前”はリリィさんがサインしていたものね)
アメリアはウィリアムが話し出すのを待つ。どう伝えてくるのか興味があった。
(若者の発言を待つ年配の方って、こういう気分なのねぇ)
そんな事を思いながら、彼を観察する。
「その…」
「はい、なんでしょうか」
「……」
非常に言いにくそうだ。先が分かっているだけに、つい微笑んでしまう。
(私だって今更…その、夫婦になるのは、嫌なのよね)
微笑みを訝しげに見るウィリアムに、こちらから言う事にした。
言い回しなどは、裏を読むのが苦手なウィリアムに…自分にも向かないし出来ない。
「陛下。…あのお名前の女性は、王宮の離れにいらっしゃる方ですよね?」
「!」
途端にギッとこちらを睨みつけてくる。
「誰に聞いた…イザベルか」
(もう婚約者でもなんでもないのに、名前で呼ぶのね)
相変わらず、ウィリアムは物事の線引や切り替えが下手だ。
「エリオット公爵令嬢ではございませんよ。彼女とはなぜか連絡が取れませんから」
”なぜか”を強めに言い少しだけ顎を上げてチラリと見やると、顔をそらした。
(へぇ…。メイソンが、と思っていたけどあなたも一枚噛んでいたのね)
若干イラッとしたアメリアは意地悪をする事にした。
「愛する人がいながら、なぜ私と結婚しましたの?その方と結婚すればよかったのに」
ウィリアムは簡単に激昂した。
「それが簡単に出来るのなら、お前など呼んでいない!!」
立ち上がりこちらへ今にも掴みかかりそうな彼を、冷静に見上げる。
(こんなのばっかりね)
ずっとそうだった。悪いのは自分ではないのに、憎悪を向け続けられていた。
「…八つ当たりは止めて頂けます?」
「っ!」
彼は一瞬怯んだが、言葉の裏を考えずに怒りに満ちた目を向けてきたので、その視線を真っ向から受けてハッキリと言う。
強要された必要悪は、もう卒業だ。
「私は、”あなた方”の策略のために連れてこられただけ。むしろ、良くないことに巻き込まれそうになった、被害者ですよ?…なぜ、誓約書に王弟殿下の名前があったのです?」
「!」
ウィリアムはハッとする。弟の名前は彼にとっても想定外だったはずだ。
「…心当たりがあおりなら、もうこのような茶番劇はお止め下さいませ」
勢いを削がれたのか、ウィリアムはソファに座ったが何も言わない。だから、こちらから言ってやることにした。
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