第19話 味方
年かさのメイドが応接間でお茶の用意を整えている間、クローゼットのある部屋へ年若いメイドたちと共に入り、尋ねてみる。
「彼女、どうしたのかしら?名前は?」
「あの方は…ダイアナ様です。王妃様付きの筆頭メイドなのですが…。先程まではあのような状態ではなかったのです」
彼女は首を傾げている。
やっぱり名前はダイアナで間違いないようだ。
「体調が良くないのかしら?それなら役目を外してもらったほうがいいわね」
アメリアはしれっと言う。
位の高い主がやってきた初日に世話が出来ないのは減点対象だし、通常なら配置換えだ。酷いと即刻クビになる。
しかも今の自分は紛れもない王妃だ。先程の行いは不敬にあたる。
「…ですが、フォックス家の血縁の方なのです」
こっそりと言う時点で、もう何かを命令されている。今度こそ本当の王妃である自分を差し置いて。
「なんだか息が詰まりそうな方だし、私は貴女のほうがいいわ。名前を教えてくれる?」
以前は尋ねても誰も名前を教えてくれなかった。「筆頭メイド様に命令されております」「王妃とメイドの癒着を防ぐためだそうです」と言って。
若いメイドは逡巡したものの、その筆頭メイドのダイアナは不敬を働いて逃げてしまったし、相手は王妃だと考え直してくれたようだ。名前を教えてくれる。
「ブリジット・フォーミュラ、と申します」
「まぁ!学者を多く輩出しているフォーミュラ伯爵家の。…若いのに王宮付きのメイドなんて、凄いわ」
…と言っても自分よりおそらく5歳くらい年上だ。20年の月日でまだ混乱している。
ブリジットは、"前"は他のメイドを纏める立場だった。というのも、ダイアナの仕事があまりにも雑で王妃とメイドの予定表を作らなかったからだ。数少ない外出の機会でもある、神殿併設の孤児院への慰問などにも同行してくれていた。
同じ馬車に乗っても一切、話さなかったのだが、心は繋がっていると感じていた。
(ブリジットというのね…)
処刑の最後の最後まで付き添っていてくれたのも、彼女だ。
「フォーミュラ家をご存知なのですね」
「ふふ。学生の頃、一学年上にシンシア・フォーミュラ様が居らしてね、勉強を教えてもらっていたの」
イザベルもいるのだがいかんせん、事業運営や王妃教育などで忙しい。
テストの時にちょうどイザベルが父親の外交同行で不在となり、赤点を取りそうで困っていたらイザベルに頼まれてやって来た彼女に救われたのだ。
「まぁ、シンシアが…」
ブリジットが嬉しそうに微笑むので、更に会話を進めてみた。
「貴女も何か得意な科目があるの?」
「はい。数学です」
「エッ…す、数学…。凄いわね、羨ましいわ」
一番苦手な科目でシンシアに教わりなんとか赤点を回避していた。
だから公務でも数字が絡む部分はアルフレッドに頼んでやってもらっていたし、自分に関わる費用もよく見ていなかった。
(こういうところも、メイソンの計算の内なのかしらね…)
学生の頃の成績まで見られていてちょっと遠い目をしそうになったが、すぐにブリジットへ向き直った。
「では、これからよろしくね、ブリジット」
「!…はい、王妃様」
「あら、アメリアで良いのよ。王妃ってねぇ、なんだか他人行儀みたいだし」
ずっとそう感じていた。そもそも自分は代理の王妃であり、教育も何も受けていない。
王宮の中で自分を名前で呼んでくれるのは、エリザだけだったのだ。
少々驚いたブリジットだったが、すぐに意を汲んで頷いてくれる。
「わかりました。アメリア様」
(こういうところも、以前と一緒ね。嬉しい)
他のメイドとも紹介をし合い、彼女たちは小神殿で誰も何も言わなかったウェディングドレス姿をたくさん褒めてくれた。
その後は、全員で飾りを外して重たいウェディングドレスを脱がせてもらうと、落ち着いたモスグリーンのドレスへ着替えさせてくれる。
以前は夜会に着ていくような扇情的な真っ赤なドレスだったがアメリアに全く似合っていなかったのだ。
(色が合わないのも当然ね、ダイアナがあの人のセンスで、まるで自分が着るために選んでるからだわ)
自分は銀色の髪に青い目だから、寒色系の落ち着いた色が似合う。
黒髪に琥珀色の目をしたダイアナなら、派手な色のドレスがさぞかし似合っただろう。
(ま、若い頃は、だけどね!)
彼女たちは髪も丁寧に結ってくれて、丁寧にお辞儀をして退出して行った。
お茶も良い香りだし、お菓子も可愛らしい色合いにデコレーションされたカップケーキが置いてあるしで、花嫁であるアメリアを…パーティーすら無い王妃を気遣った物だとすぐにわかった。
(きっとダイアナが居ないから、急遽用意してくれたのね)
心遣いがとても嬉しい。
一人になった部屋でアメリアはピョンと飛び跳ねて両手を上へ突き出す。
(味方増えたー!)
「ふふっ」
思わず笑みが漏れる。
もう少しするとウィリアムがやって来るはずだが、部屋の探検はとっくの昔に済んでいるのでソファに座って暖かいお茶を頂く。
(昔っていうのも変ね)
でも自分にとっては過去にいる状態だ。
("前"と呼ぶのもおかしいし…別の世界でもない)
魔物の幻覚魔法に掛かった時の、歪んだ世界のよう。
(…周囲が全て歪んでいて、まともに立てなくて…)
護衛の神官が正気に戻す魔法を使ってくれて、「元に戻れた!」と安堵したものだ。
(今の状態は、決して安堵できる状態ではないけれど)
"先"を知っているだけに、対処しやすい。
21歳に戻ったが、中身は41歳のままだ。
全ての苦しい出来事を覚えている。
(私が居た世界は…さしずめ、"歪んだ世界"というところかしら?)
正確には"歪まされた世界"だが。
(そうね、そう呼びましょうか)
「…ふぅ」
心の中で整理をつけると、息を吐き出す。
ひとまずは、第一関門わ突破したと言っていいだろう。
「…あら?」
ローテーブルのクッキーをとろうとして身を屈めたら、しゃらんと胸元から何かが滑り落ちた。
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