第17話 対価とともに
「もうすぐ…諸悪の根源が、この世から消えるぞ」
目の下にクマをつくりながら薄ら笑いを浮かべる王子を、気味悪そうにクロエが見やる。
(はぁ…帰りたい…)
自分は孤児だが下町に養い親が経営している居酒屋があるのだ。
そこへ帰りたいと何度も伝えたが「危険だ」「君を守りたい」の一点張りである。
騎士の女性から、今の王子の状態は非常に危険なので刺激することを言わないように、と念押しされているので、「あんたが一番危ないんだけど」とうっかり言いそうになるのをこらえている状態だ。
今も大きなベッドが一つしかない部屋に閉じ込められている状態で、身の危険を感じている。
壁には肖像画がかけられてあり、柔らかい茶色の髪に濃い緑の目の女性が描かれていた。
(ちょっと幼い顔が、私に似てる)
特に目の色が同じだ。もしや自分は、この女性の身代わりなのかとも思う。
(エリザ様は逃げたって聞いたし…良かった)
しかし反面、唯一まともだった王弟は殺されて王妃はこれから処刑だという。
悲しげな騎士やメイドの真逆に、それを嬉しそうに語った王子の頭の中はどうなってるんだ、とも思っていた。
窓の外を見れば、満月の灯りに照らされて赤黒い小さな花が深夜の風にそよいでいる。
(ローダークの月の色なのに…)
一度「こんな怖い花に囲まれた場所に居たくない」と叫んだ事がある。
その時のルイスの顔は非常にショックを受けた表情だった。
以前ここに住んでいたという本当の王妃、”離れの君”が、”小さく白い花”が好きだと言うのでその女性の為に王が手に入れて植えた花だと彼は言っていたのだが。
(どう見ても、埋まった死体の血を吸って咲いた花にしか見えないんだけど…)
しかし彼の表情から、彼が言った事が本当の事なのだと伺えた。
おそらく光魔法を強く宿した自分にしか見えないものなのだろう。
(こんな能力、なんであるんだろう…)
自分を調べた王宮内にある小神殿の神官は「まだ覚醒段階へ至っていない」と話していた。
覚醒すると体のどこかに紋章が現れるそうだ。
ルイスはその神官を「誤診があったのでクビにした」と、よく分からないことを得意げに伝えてきた。
どうしても自分を”聖女”にしたいらしい。
この力のおかげで学園へ通えたことは嬉しかったが、王子に付きまとわれ始めてから人生が変わったように思う。
(ていうかさ、ここに居たら…死ぬよね…)
ルイスの話からして”離れの君”は十数年、王様に閉じ込められてここにいて、晩年はずっとベッドの上にいたようだ。そして最期は毒殺によってもたらされた。
王妃がやったことになっているが、孤児院の慰問に訪れた彼女をクロエは見たことがある。
(あの人はやってない)
なんとなく悪意の有無が小さい頃から分かる体質なのだが、とても強い光を感じたのを覚えている。
自分が宿した光の魔法とはまた異なるが「こんな風になりたい」と憧れを感じ…だからこそ、学園へ行けると聞いて「もしかしたらあの人のいる王宮に勤められるかも!?」と喜んだというのに。
ちなみに側に居るルイスからは悪意はそれほど感じられない。
悪事を働く者の下っ端くらいの、非常にちっぽけな悪意だ。
(なんかよくわからないけど、悪い話をよく信じるなぁ)
自分に取って都合がよい方を信じているようだ。
それの良し悪しをきちんと考えていない。だからこそ、婚約者がいるのに自分を攫ってきたのだろうが。
「!」
胸の前に仄かな光が宿り慌てる。
たまに起きるのだが、神官に「それは”啓示”ですね」と教えてもらった。
神様がヒントをくれるのです、と噛み砕いて平民の自分にもわかりやすく説明してくれたのに、もっとよく教わりたかったのにルイスはその人をクビにしてしまった。
(下…?)
ルイスの挙動を横目で見つつ、光は胸元をゆっくりと離れて床へ沈む。
「なんだ、今のは?」
「!…ええっと…なんだろうね…?」
月を見ていたと思っていたのに、彼は横目でこちらを監視していたようだ。
「さすが、聖女。フローライトのような光が君から漏れ出てくるなんて…」
しかもうっとりとしながら迫ってくる。
「なんかね、床に落ちたの。何かあるのかなぁ!?」
わざとらしく言いつつクロエはソファから飛び降りて、光が落ちた辺りの絨毯を触った。
(!)
悟られないように、慎重に触る。
(何か、床下に強い光の反応がある…)
「っ!?」
床に這いつくばった状態の自分に、ルイスが背後から覆いかぶさってきた。
「どいてよ!!」
振り返りざまに顔を殴ろうとしたが、その手を取られて反転され床に仰向けに転がされる。
当然のように上に乗ってきた、相変わらず薄笑いを浮かべたルイスに、ゾッとする。
(な、なんなの…?お母さんが、処刑されるのに)
しかし自分の背中には強い光の反応がある。
”そこを知られてはいけない”と心が強く思う。
クロエはそこから気を逸らす為に、ここ数日何度も言おうとして我慢してきた言葉を言い放った。
「あのさ、私、あんたのこと好きじゃないのよ」
がしかし、ルイスは顔色を変えない。
以前の彼ならば、青くなるような言葉だと言うのに。
「僕は王子だ。いずれ、好きになる」
「だーかーらー!何度も言うけど、身分関係ないのよ」
「…ああ。ゆくゆくは、貴族なんて無くそうか。君と僕の子供の代か、孫の代なら出来るかもしれない」
さっきは”自分は王子”と言っていたのに、全く話が噛み合っていないし通じない。
しかもその手が胸元に伸びてきている。
(最悪!!)
このままでは”離れの君”の二の舞いだ。表に出されず閉じ込められて、一方的に愛され子供を産むだけの道具になりたくない。
『お願い…』
焦るクロエの心の中に、声が響いた。
自分と同じ属性の…光魔法を持つ者の声だと感覚で理解する。
『…お願い、力を貸して』
それは記憶にない女性の声。
ルイスの背中越しに、小さな蝶が飛んでいる。光る蝶だ。
(光魔法…どうすればいいの!?)
言うなら早く言え、という剣幕で心の中で叫ぶ。
『このままでは世界は…邪神の戯れでは済まなくなってしまう』
(は、早く〜!!!)
抵抗しているが、ルイスの手が強引に服の合わせを剥ぎ取り、下着に伸びてきている。
『…貴女の光を…命を下さい』
(はい!?)
『時の力へ変換するには、それしかないの。ただの魔力では駄目なの…』
女性の声も切羽詰まっているようだ。もしかしたら、王妃の処刑と関係あるのかもしれない。
3秒考えて、浮かんだのは養親の顔だ。
しかし地肌にひんやりした手が触れてゾッとしたクロエは叫んだ。
「分かったわよ、あげるわよ!!」
「く、クロエ?そうか…」
一瞬驚いて手が止まったが、すぐに嬉しそうな表情でルイスの顔が迫る。
『ごめんなさい。…この恩は、必ず。貴女の望む形で』
「いいからさっさとして!!」
「えっ!?」
光る蝶が増えてゆき、群れをなして輝く。
さすがのルイスも気が付き背後を見た。
こんな男に穢されるのなら。
「私の生きた19年、くれてやるわよ!!」
◇◇◇
刑場にて断頭台の刃が王妃の白い肌へ当たる瞬間、アメリアはそれを見た。
(蝶…?)
目の前の闇にあり、しかし視認出来るほど淡く光る白い蝶。
蝶が地面へ降り立つ瞬間、強い光が辺りに振りまかれた。
『ぎゃあっ!!??』
ダイアナの苦しげな声が微かに聞こえ、消える。
(え…なんなの…?)
刃は降りてないようだ。首は繋がっている。しかし体は動かせない。
大量の蝶が自分の目の前を横切っていく。
そこへ見知らぬ女性の声が聞こえた。
『私はクララ。どうか、未来を変えて…!!』
首に硬いものではなく、ふわりとした…優しい母の手のようなものがあたり、何かを掛けられた。
その瞬間、辺りの景色が一変する。
「え、…え??」
ふらり、とたたらを踏んだ自分を、不機嫌そうな顔をしたウィリアムが支えた。
(わっ若い!?)
先日見た、年老いて狂った顔ではない。
元のキラキラ顔だ。
「歩けるか」
「はい。すみません…」
謝ると何も言わずにフイと前を向く。
しかも彼も、自分も、身につけたその衣装は。
(け……結婚式!!!???)
そう、アメリアが居るのは、20年前の最悪な日々がスタートしたその日だった。
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