第16話 祈り

 アメリアは身を清め白いローブを身に纏い、伸びたままの髪を切られる。

「大変、申し訳ありません…」

 迎えに来た騎士は苦しげな表情でそう伝えた。

 父の補佐を務めていた騎士だ。伯爵家で、宰相の二番目の息子へ妹が嫁いだのだったか。

(妹さんと、子供が人質なのね…)

 メイソンにとっては親族すらも駒の一つのようだ。もしかしたら自分の息子の首にも手綱をつけているかもしれない。

「いいのよ。覚悟は出来ているから。…髪を一房、クレイグ家へ送ってくださる?」

 騎士はランプに照らされた仄かな微笑みに唇を噛み締めてぐっと堪えると、頭を垂れる。

「…承知いたしました」

 ゆっくりと、ゆっくりと、時間を引き伸ばすように騎士やメイドが代わる代わるアメリアの傍らに寄り添い、刑場までの道のりを二つの月の光りが混じった眩しいほどの紫色をした月明かりに照らされて歩く。

(意外と味方がいたのね…)

 騎士はこらえているがメイドはほぼ泣き顔だ。

 一人は「王妃様が、最後の砦でしたのに…」と泣き崩れていた。

 こんな自分でも役に立っていたのかな、と思う。

 空を見上げれば満月だ。

 同じ月を、領地の屋敷で両親は見ているのかもしれない。

(お父様、お母様、ショーン…どうか、無事で…)

 想いを振り切るように、アメリアは真っ直ぐに前を向いて歩き、ほどなくして刑場に辿り着いてしまう。

(いよいよね)

 2つの月の光に鈍く怪しく紫に光る大きな刃。

 あんな大きなものでなくてもいいのに、と思うが骨を剣で断つのは難しいのだ、と過去に父が言っていたことを思い出す。もちろん、それは狩りや魔物討伐の話だったが。

「こちらへ…」

 まるで自分が処刑されるような表情をした面々に囲まれて、アメリアは断頭台へうつ伏せで寝かされる。

 罪状が静かに、誰かへ抵抗するように小さな声で読み上げられるが、もうその声はアメリアに届いていなかった。

(来世は…別の国で、平民で、羊でも追いかけたいわね)

 全く別のことを考えており、そうしたらちゃんと恋をして真っ当な人と結婚したい、とも思っていた。


『なんなの、お前は』


 ふと、目の前の闇から声が聞こえた。

 もっと恐怖しろ、泣け、叫べとその声は言っているようだ。

 その低い声はダイアナのもの。

 最後の最後で彼女の意図しない感情を見いだせたことに嬉しく思う。

(さぁ。ただの、ふつうの、少し図太い…騎士団員の娘、よ)

 そうして、断頭台で刃を支えていたロープが切られた。


◇◇◇


 隣国ペルゼンの王都…いや、今は一つの都市に過ぎない街にある神殿で、少女は祈っていた。

 編んだ金の髪を切り、祭壇へ捧げて一心に祈る。

 そして顔を上げて窓越しに見える満月を泣きぬれた顔で見上げた。

「あんまりです、フローライト様…」

 自分を逃した罪でトゥーリアの王妃は捕らえられた。

 他にも罪状があるが全てでっち上げだな、と自分を保護してくれたペルゼンの指導者であるカーター氏はため息をついていた。

「気に病むな」とも言われたが、どうしても考えてしまう。

 もう少しすれば父や祖父母、屋敷に勤めていた者たちと会えるのだが、後悔と罪悪感が胸を締め付ける。


「まさか、悪女が生きていたなんて…」


 カーターは言った。

 「歴史におかしな事が起きている」と。

 ペルゼンにまだ残る廃墟となった城の禁書庫…魔封じが掛かった場所に、不思議な本があると教えてくれた。

 彼はそれを”自分の手記”と言っていた。

 同じ年号で数年…または十数年の記録が、繰り返されるように、自分の文字で書かれている。

 しかもその都度、歴史は変わる。

 意味が分からず尋ねたらば、彼も「よくわからん」と言っていた。


「言えることは、悪女のせいで歴史が繰り返してるってことだ」


 肩をすくめて「信じなくてもいい」と言われたが、エリザはそれを信じた。

 トゥーリアを出て…あの国に居た時にずっと身にまとわり付くように感じていた何かが、剥がれたからかもしれない。

 今はどういう状態か、と訊いたらば「悪い方向に向かっている」と言われた。

 これから戦争が起きるだろうと予言めいたことを言い、「変な駒に使われると困るから大人しくしていてくれ」と言われて神殿へ祈りに来たのだ。

「繰り返し…どうやって行っているのかはわからないけれど…」

 悪女は魔女だと聞いたから、人外の術が使えるのかも知れない。

 が、正直に言えばそんな事はどうでもいい。

 今祈ることは一つだけだ。

 エリザは再び手を組み、誰も居ない聖堂で一人祈った。

「フローライト様…どうか、どうか。私のもう一人の母、アメリア母様とまた会えますように…」


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