第15話 遅い気づき

 その身が置かれた環境や状況が最悪な状態だというのに久々によく眠れてしまった。

(私ってやっぱり図太いのね)

 そもそも王妃になりたかった訳ではない。今は煩わしかったものが全て無くなった状態だ。

 今まではかなり自分を抑え込んでいたのかと、妙に笑いが漏れてしまった。

(なんだか、身体が軽い…)

 悲しげ、もしくは苦しげな表情をした騎士やメイドたちが食事を運んでくるのだが、それも完食する。

 皆、毒を心配していたのだが「数日後に首を落とす者に毒など盛らないわよ」と笑って言えば相手が泣く始末だ。

 冥土の土産とばかりに、味方である彼らの情報は遮られることなく伝えられた。


 王は自室の椅子に縛り付けるように謹慎され、王弟は対外的には病での急死だと偽って発表されて”離れの君”ともども証拠隠滅とばかりに遺体を燃やされたという。


 王子は他者を恐れ誰も寄せ付けず、離れへと聖女を押し込み自身も閉じこもっている真っ最中。


 エリオット公爵家は一族もろとも隣国へ逃亡、アメリアの生家であるクレイグ侯爵家は騎士団長のグリーン公爵家により護られ当主入れ替えのちに父のジャックは領地へ封印。


 ──メイソンの生家であるフォックス公爵家が一人勝ちのような状態になったようだ。


 城の中はまるでお通夜のように静まり返り、廊下のふとした影や、足音すら恐怖に感じるとメイドは話していた。

(まぁ、そうなるわよね)

 予想範囲内の最低な状況だ。

 誰かがクーデターでも起こさなければ、真綿で首を締めるように国内の貴族は衰退していくだろう。

(なぜ、そうしたいのか…)

 最後まで分からなかったのは、メイソンの目的と協力者の情報。

 ただ贅沢をしたいだけなら、ここまでしなくていいだろう。

 彼は公爵家なのだし富は手に入れている。そして宰相という権力も手に入れている。

(なのに国を壊して…一体、どうしたいの?)

 王族や有力貴族が衰退してゆけば国内の結束力は弱まり、領地ごとに分裂するかもしれない。

 そうなれば”宰相”という役職も意味のないものになる。

「……象徴のいない国……いえ、その前に、圧政が始まるのだわ……」

 今のトゥーリア国に状況が似ている国がなかったか。

 アメリアは口元に手を当てて考えようとしたがすぐに思いついた。

「そうよ、お隣だわ」

 隣国ペルゼン。

 今は民主政という新しい体制で国が運営されている。

 そのように変化したのは、この国から嫁いだ悪女ルシーダが原因だ。

(…たしか、ペルゼンの王族に夜会で見初められたのよね)

 ペルゼンの王家から来訪していた王兄に見初められて嫁いだが、その数十年後にクーデターが起きた。

 なぜそうなったのか?

 それは、彼女が贅沢な暮らしに飽き足らなかった為だ。

(メイソンみたいね。…でも、違う)

 有名な話だが、悪女ルシーダは魔女でもあった。

 通常の生活や魔物退治・戦争に使うような魔法とは違う部類の、倫理に反する危険な魔法や劇薬を作る事に手を染めていたと言われている。

 彼女の周囲からは異を唱える者が消え、城の周囲から見目麗しい平民が攫われて遺体も見つからない。…その者たちは人体実験に使われたと噂された。

 夫である王兄のみならずその他の王族も彼女の意のままに操られ、税金の引き上げや反乱分子の強引な鎮圧が続き…クーデターにまで発展したその悪行のせいで、現在のトゥーリアやペルゼンは魔法に酷く敏感だ。

 魔法使いは登録制、研究者たちも国によって研究内容とその身を監視されている。

 劇薬が作れる薬草も栽培・販売共に登録制で抜き打ちの監査もある。

 貴族は過去の戦争の歴史から生まれつき魔力が高いのだが、率先して魔法を使うようには教育されなくなった。

 国レベルで魔法を顕現しにくい結界が掛けられているから、制御できるようになってもあまり意味がないからだ。

(もしかしたら、その結界を解くつもりなの…?)

 そうなれば魔法は使い放題だ。戦争は、より派手なものになるだろう。

 この国には騎士団がある。魔法を鍛えれば周辺諸国へと進軍出来るかも知れない。

(全て手に入れる、と言っていたわ)

 トゥーリア国内の事を指しているのだと思いこんでいたが、もしかしたら。

(そうよ、邪神の噂もある…)

 クーデターが起きた日、ペルゼンでは暗雲立ち込める城に巨大な黒い影を目撃した者が多数いた。

 人々を贄に邪神と契約しようとしたのでは、という一説があるくらいだ。

(あり得るかも知れない…)

 そしてふと、思う。

 悪女ルシーダを思い浮かべようとすると、どうしてもダイアナが思い浮かんでしまうのだ。


「……え??」

 つい、ポカンとしてしまう。


 ダイアナの名前の意味は”月の女神”だ。ルシーダは”最も輝く星”を意味する。

「うそ。…同じ、人…?」


 なぜか「その通り」だと確信している自分がいる。

 よくわからないが、それは過去に冒険をした際に度々感じた祖母譲りの”勘”だった。

「ちょ…ちょっと頭の整理をしないと…」

 今まで忙しすぎたせいか、あまりよく考えていなかった。

 いや、色気と凄みのある美悪女という代名詞のルシーダと、若い頃はさぞ美しかったんだろうな、という…どこか地味で皺もあるダイアナが結びつかなかったせいもあるが。

 小説の挿絵では、ルシーダは豊かなウェーブの腰まである黒髪を垂らしており、ダイアナは白髪交じりの黒髪をいつも後頭部でひっつめている。

(目の色も、同じよね…)

 ルシーダは黄金色と伝えられており、ダイアナも色は暗いが琥珀色。

 年齢はダイアナのほうが断然若い。

 ルシーダは70代だろう。しかし彼女には魔法がある。

(生きていたら、の話だけど…クーデターの後誰も見ていないという話だし…)

 この国へ家族を頼って密かに逃げ延びていれば、居てもおかしくはない。

 そして。

(もしかしたら、フォックス公爵家出身なのかも?)

 隣国の王族に見初められる…警備が厳重になる夜会に出席できるのは一部の貴族だけだ。

 自分と親しいエリオット家やグリーン家ではそんな話は聞いたことがないから、残る一つはフォックス家だけ。

 そう考え始めると尊大なダイアナの態度にも納得がいくし、王妃付きのメイドだというのに作業が雑だったのも頷ける。性格が非常にねちっこく毒殺が得意なのも、いかにも魔女らしい。


「…というのが、今わかってもどうしようもないのだけど…」


 他の人達が気が付かないのも、悪女ルシーダが既に亡くなっている、という認識があるからなのか。

 まさかいまだに生きていて、70歳前後の老婆が若作りして世界を手に入れようと暗躍しているとは、誰も思わないだろう。

「…死んだら神様に苦言を言いましょうか。邪神の顕現なんて、最悪な出来事は阻止してもらわないと」

 自分に出来る最後の仕事だ。

 アメリアは決心し…その日から数えて二日後の夜にとうとうその日が来た。

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