「アーラ、ここに居たんだね」

　不意に呼びかけられて、声がしたほうを見ると、フリューゲルが近づいてきていた。

「また下界を見ていたんだね。そんなに下界が気になるの？」

「そんなつもりじゃ……」

　フリューゲルに指摘されるまで気がつかなかったけれど、私はまた下界を見ていたようだ。

　別に、下界を見ることがいけないというわけではない。ただ、Noel（ノエル）たちはそんなに頻繁に下界を見たりしないってだけ。

　私は指摘されたことがなんだか気恥ずかしくて、思わずぶっきらぼうに話を逸らした。

「それで？　何？　用事？」

「え？　あぁ、そうだった。もうすぐ開花の時間だよ。早くお祝いに行こうよ」

「そっか。もう、そんな時間なのね」

　庭園（ガーデン）に唯一聳（そび）え立つ大樹、『リン・カ・ネーション』。

　大樹は一年中蕾をつけていて、一日に1つ、ベルの形に似た白い大きな花を咲かせる。Noelは、このベルの花から生まれてくるのだ。

　そして、今日も開花の時間を迎えた。

　今日生まれたのは、少女だった。下界の年齢でいえば、十代くらいだろうか。

　ベルの花から生れ落ちるNoelの大きさは決まっていない。下界の人のように、みんなが赤ん坊の経験をするというわけではない。赤ん坊であったり子どもであったり、成人であったり老人であったり。生まれるときの姿は様々。

　Noelの中にはその後下界の人と同じように体が成長し、見た目を変えていく者もいる。同じNoelとして生まれても、私たちには規格というものがない。

　だからなのか、Noelたちはお互いに意識し合ったり干渉し合うことがほとんどない。そんな淡白な私たちNoelだが、唯一、新たな仲間を迎え入れる時だけは静かで穏やかな喜びを感じていたりする。

　開花の時間は、いつでも静かで穏やかな喜びが大樹の周りを包んでいる。けれど、私のときは少し違ったようだ。

　なぜなら、一日に1つだけ花を咲かせるはずの大樹に、2つの花が咲いたのだ。

　そして生まれたのが赤ん坊の私と、私の隣に立つフリューゲルだった。私たちは、いわば双子Noel。

　同じ日に二人以上のNoelが生まれることはほとんどない。さらに、二人ともが赤ん坊の姿で誕生したことなどこれまでなかった。そのため、開花を見守っていた先輩Noelたちもその時ばかりは珍しく騒（ざわ）めいたと、聞かされたことがある。

　そんな私たちも、誕生以降は周りを騒然とさせるようなことは何もしていない。白と青の世界は日々穏やかに時が流れていた。