最終話 最高の相棒

 いよいよ演劇大会が始まる。私たちの出番はくじ引きの結果、12組中最後の出番となった。どのグループの演劇もとても凄かった。拍手が裏にいる私たちのところまで聞こえてくるほどに。


 だけど、何故だろうか自然と負ける気がしなかった。私たちなら勝てるそんな自信が私の中にはあった。


「今日まで私たちは頑張ってきた。その成果を出し切るよ!」


 私たちは円陣を組み、響の言葉で気合を入れた。


『まもなく、本日最後の劇が始まります。題名は「新たな世界へ」』


 会場アナウンスとともに、私たちは準備へと入った。ここまできたら、あとは演じ切るだけだ。


『むかしむかし、あるところに1人のお姫様が住んでいました。お姫様は体が弱く、お城から一歩も出れずに何年も過ごしていました』


 綾香のナレーションから私たちの劇が始まった。


『ある日、お姫様は窓の方から誰かの助けが呼ぶ声が聞こえ、窓を開けるとそこには隣国の王子が木にしがみついているではありませんか』


「何をしているのよ、あなたは?」

「いやぁ、猫は助けれたんだけど、今度は自分が下りれなくなちゃった」

「今、助けるわ。私の手に捕まりなさい」


 私は手を伸ばし、王子をこちらへと引っ張る。


「ったく、あなたは昔からちっとも変わらないのね」

「いつまでも子供の気分でいられるなんてできることじゃないよ」

「なに自慢げに言っているのよ」


『2人はいつものように、他愛もない話をしています。この2人は言わば幼馴染のような関係で小さい頃から何度も交流があります』


「それで今日は何しに来たの?」

「縁談が来たから逃げてきた」

「これで何度目なの? いいかげんお父様に怒られるんじゃない?」

「会ったこともない人と結婚なんて出来ないからさ」

「気持ちは分からなくもないけど、私と違ってあなたは忙しいんだから、私に構っている時間はもったいないわよ」


 「いや、好きな人に会うことに時間は関係あるのかな」っと王子は小さくつぶやいた。


「何か言った?」

「ううん、別に」


『どうやら王子の気持ちはお姫様には伝わっていないようです』



 ここまでは問題なく進行している。私の体調も万全で、響も緊張はしていたものの、問題なく声を出すことができている。



「姫様、そろそろお食事の時間です」

「はい、分かったわ。じゃあ、あなたは気をつけて帰りなさいね」


 お城にいるメイド梨恵が昼食を部屋に運んでくる。メイドが出ていくとともに、王子も一緒に部屋から出て行った。


「いつもありがとうございます。姫様を気にかけていただいて」

「いえ、僕が好きでやっていることですから」


『実はお姫様がお城に引きこもっている本当の理由は体が弱いことではありませんでした。小さい頃は本当に体の弱さからお城から出れていませんでしたが、今は別の理由でお城に引きこもっているのです』


「もう3年も経つのですか……」

「はい、姫様の母君が亡くられてから明日で3年が経ちます」


『自分を溺愛してくれていた母を亡くしたことで、お姫様は部屋に3年も閉じこもっています』


「それと、ご主人様があなたとお話ししたいと言っておられるのですが」


『好きな人の父ということもあり、王子は頷いて王様のいる部屋へと向かいました』


「お母様に会いたい。どうしてお母様は私を置いていなくなってしまったのですか……」


 私は写真を大事に抱え泣く演技をする。


「ごほっごほっ」


 演技とは思えない私の様子に観客席がざわめくのが分かる。なんてリアルなんだ。そんな風に思っている人もいるだろう。


 ただ、これは演技ではなく本当に体の限界が来てしまっているのだ。基本ベッドに座っている時間が長いとはいえ、ここ2,3日でかなり消耗をしてしまったらしい。


 正直に言えば、最後まで持つか怪しい。舞台は20分行われるが、まだ半分しか経っていない。ここで倒れれば劇は台無しにしてしまう。


(どうにか、最後までもって)


 私は祈るしかなかった。


     *


 場面が変わり、翌日の夕方となった。姫を演じる私はボーっと外の景色を眺めていた。すると昨日と同じく、窓の方から声が聞こえてくる。誰かなんて考えるまでもない。そんな顔を表現しながら窓を開ける。


「一緒に星を見に行こう」


 王子が夜の散歩に誘ってくる。


「何を言っているの? 私はこの城から出たくないのだけれど」

「王様には話は通してるから、行くよ」

「どういうこと?」


 その言葉と共にメイドが部屋に入ってきて荷物を渡される。中には星を見るための道具が一式入っていた。


「完全にお父様の差し金ね」


『お姫様は知る由もありませんが、王子は昨晩王様からお姫様を外に連れ出してほしいと頼んでいました』


「まあ、いいわお母様と同じ場所で終わるのもいいかもしれないですね」


 そう言って私は小瓶を一つメイドに気づかれないように荷物の中へとしまった。



 (あと少し、あと少しで終わる。どうかこのまま持ってほしい。)決して辛さを誰にも悟られないように私は気丈に振る舞う。



「わあ、綺麗ですね。どうです来てよかったでしょう」


 星空の下、王子は私に向かって笑顔で話しかける。


「確かに綺麗ね」

「(この場所か。私のお母様が命を落とした場所は)」


 あらかじめ録音しておいた音声を心の中の声として表現し、私は静かに小瓶を取り出す。


「今日は連れて来てくれてありがとうね。今までありがとう」


 私は小瓶の中身を飲もうとした。大量に摂取すれば命を落とすと言われる薬を。


『ポチャ』

「え、」


 私の手にあったはずの小瓶が湖へと沈んでいく。


「なんで」

「なんでって、あなたが死ぬ気だから止めただけですよ」

「なんで私が死のうとしているって分かったの?」

「何年の付き合いだと思ってるんですか。私があなたのこと分からないはずがないでしょ」

「死なせてよ。ここでお母様と同じように死なせてよ」


(胸が苦しい。早く、早く劇を終わらせなければ)

盛り上がり見せる場面で私の限界も近づいてきた。


「それは無理な相談です」


(誰も私の様子に気づいている人はいないはず……このまま騙しきれるか)


「これ以上、私は苦しみたくはないわ」


 そう言って私が王子の手を振りほどき、逃げようとした瞬間体が浮くのが分かった。


 こういう危ない目に遭うとき時間がゆっくりに感じてしまうのは何故だろうか。あ~あ、結局最後の最後で台無しになっちゃうのか。上手くいくと思ったんだけどな。

 私が今転びかけているのは決して演技ではない。とうとう体の限界が来てしまったらしい。


 あとでみんなも自分たちのことを責めちゃうんだろうな。気づいてやれなかったって。優しい性格の持ち主ばかりだから。


 私はそんな後悔をしながらその場に倒れた。


(あれ、そんなに痛くない)


 床に倒れたはずなのに、柔らかい感触がした。目を開けてみれば、私の体は2本の腕で支えられていた。


「響……」


 周りには聞こえないくらいの声が静かに漏れた。


 なんだ、響にはバレてたのか。リハーサルよりも演技をする距離が近いと思っていたが、私がいつ倒れても反応できるようにしてくれていたのだろう。


 ただ、このままどうする。私が怪我をして劇は中止になるという最悪の事態は避けれたけれど、もはや台本通りには進まない。本来であれば走って追いかけるシーンだったからだ。


 アドリブでやるしかない。だけど、やっとの思いでセリフを言うことができている響にアドリブを要求するのは困難だ。私は響に代わって、声を出そうとした瞬間――


「わ、私があなたの足の代わりになります」


(えっ……)


「体の弱いあなたに代わって、私は足になります。心が折れてしまったのなら、立ち直るまであなたに寄り添い続けます」



 響がアドリブを……

 どうやら、私も響のことを最後まで信じていなかったみたい。本当に凄いよ響。やればできるじゃん。



「じゃあ、これからも一緒に居続けてくれる?」


 私は響の手を握る。


「はい、もちろん。あなたが嫌というまで、この手は放しません」

「じゃあ、一生に話すことができないわね」


 私たちは笑い合った。


 残すところもあと少し、最後にあのセリフを言えば幕が閉じる。


 さあ、ラストだよ響。期待の目を響に向けるが、響の目は泳いでいた。


(せっかく、感心したのになぁ~)


 肝心なセリフをここ一番で飛んでしまったらしい。まあ、響らしいといえばらしいけど。


 私は響の袖を軽く引っ張りアイコンタクトをする。これは私たちの武器であり、絆の象徴だ。


 響も私が何をしたいのか正確に汲み取り私に合わせる。私は観客席から口元が見えないように隠す。


「あなたに会えて、私は新しい世界を見ることが出来ました。今度は私の番です」


 私は響の声色に似せて、響は私のセリフに合わせて口パクを。


「私があなたを新しい世界に連れて行きます」


 そのセリフと共に響は私の手を引いた。


 そのタイミングに合わせて幕が閉じられた。そして、私たちはドサッとその場に崩れ落ちる。


 凄い達成感だった。だけど、その喜びよりも響に言いたいことがあった。


「「名演技だったよ、相棒!」」


 周りには聞こえない声で私たちは互いの拳を合わせた。



    *


 ――――10年後


「音葉さん、そろそろ出番でーす」

「はーい」


 私は音葉という名で今は女優として活躍している。10年前の演劇大会を機に私は少しずつ体が動かせるようになってきた。


 あの大会で優勝できたことは大きな転機だった。翌年から部員数も増え、今では演劇の名門校として有名となっている。


 真彩は照明スタッフとなり多くの舞台の裏方として、綾香は私たちが所属していた演劇部の外部顧問として、梨恵は才能の原石の子たちの演技指導者として日々活躍し続けている。


 私の方も順調だった。ドラマや映画など様々なものに出演した。基本的には体が弱い役をやることが多いけどね。


 そして、今日は2人の刑事の物語だ。


「じゃあ、行きますか」


 もう1人の刑事はもちろん決まっている。


「よし、今日も頑張るか、相棒」


 何年たっても響はちっとも変わらない。私と一緒に映画を撮影出来て嬉しそうな様子。


「そうだね、最高の作品にしちゃおう!」


 私の相棒は響だ。それは何年たっても変わらない。私たちはこれからも一緒に歩んでいく。

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【短編】あなたの隣に立てるように 宮鳥雨 @miyatoriame

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