第3話 演劇部のために
結論から言えば、ひどい出来だった。
さすがの梨恵といえど、姫役は重荷だったらしく、小さなミスが何度も起きた。主力の綾香がいなくなったことで手伝ってくれている友人たちの動揺も大きかった。
そして私も普段であれば2役の声を当てることは難しくないのだが、今回に限っては、王子と姫という主役級の2つも演じなければならず、時々間違った声色で話してしまうこともあった。
そんな気まずい雰囲気が流れたため、今日のところは解散することにした。あのまま無理に練習したところで意味はなかっただろう。
私は家に帰ってからも台本を読み続けた。どうすれば、王子役・姫役の声を使い分けることができるか。
そんなとき、私の携帯に1つのメールが届いた。
『今、電話してもいい?』
綾香からだった。今日のことを聞きたいのだなと思った私は、『いいよ』とだけ返信すると、すぐに電話が鳴った。
『今日はごめんね、琴葉』
一言目は謝罪の言葉だった。
「響も言ってたでしょ、もう謝らないでって」
『そうだけど、あたしのせいで入賞できなくなったら……』
心配しなくていい。そう言えたらどれだけ楽だったか、私は綾香の言葉に返す言葉が見つからなかった。
『私の代役、見つけられてないよね?』
誤魔化すこともできる。だけど、明日綾香が部活に来れば分かってしまうことだ。私は事実をすべて話すことにした。
「やっぱり、綾香にしか姫役が出来なかったんだよ」
どう考えても他に適任がいなかった。だから綾香が怪我をして出れないことはどれだけ痛手であるか全員が分かっていた。
『ううん、違うんだよ』
「違うって?」
『他のみんなが姫役を出来ない理由はあたしの演技が良かったからじゃないんだよ』
「どういうこと?」
『響と琴葉、2人の演技力が突出しているから一緒に演じていると自分の演技力の無さに自身を失っちゃうんだ……』
でも、それは2人で一人前ってことじゃない……。1人で1役を演じてる綾香の方が凄いはずだ。
『今、綾香の方が演技が上手なのにって考えてるでしょ』
「なんでわかったの?」
『これでも付き合いは長いんだよ、まぁ、琴葉は私より響との相性の方がよさそうだけどね』
綾香は自分で言っておきながら少しやきもちを焼いているような気がした。
『ねえ、もし私の代役が決まってないなら、お願いしたい人がいるんだけど良いかな?』
突然、綾香はそんなことを言い出した。私としても綾香の代役が務まる人が見つかっていないから、綾香から推薦できる人がいるのならその提案を受け入れたい。
「大丈夫だよ。まだ誰かに決まったわけじゃないから」
『そっか、じゃあお願いしようかな』
綾香はある人物の名前を口にする。演劇部全員が誰一人として検討しようとしなかった人物の名を。
『琴葉、あたしの代わり、頼んだよ』
私はその瞬間時が止まったように感じた。
「え、なんで⁉ 私には無理だよ」
『入賞目指すんでしょ、だったらもう琴葉にしか、姫役は務まらない』
「入賞はしたいけど、私長い時間立ってられないよ」
『だったら、姫を体の弱い役に変更すればいい』
「演技なんてしたことがないんだよ」
『今まで私たちの演技見てきたでしょ? それにセリフは問題なく覚えてるでしょ?』
確かに、誰かが喉を傷めたとかで声が出なくなったときのためにセリフは全部覚えていた。最悪の場合、舞台袖から代わりに私がセリフを言うことができるように。
『だから、琴葉お願い! 演劇部のために姫役を私の代わりに演じて』
「でも私は……」
ここで私が受け入れなければ綾香は余計に自分を追い込んでしまうだろう。でも、私が演じたからといって上手くいくとは限らない。
「少し考える時間が欲しい」
私はそう綾香に告げた。綾香は『分かった』とだけ言って電話を切った。
「私が姫役をね……」
正直に言えば、荷が重い。途中で倒れてしまうかもしれない。そう考えると、素直に綾香の提案を受け入れることはできない。
だけど、このままでは入賞なんて夢で終わってしまう。だったら、多少の賭けに出るべきなのか。私の中で葛藤が生じる。
「どうすればいいかな……」
弱弱しい声が口から零れた。そんな時、ふと私の視界に一枚の写真が目に入った。
それは机に飾っている大事な写真。演劇部を設立した時のもの。
「演劇部は響が誘ってくれたんだよね……」
私は初めて響と話したときのことを思い出していた。
*
「ねえ、私と一緒に演劇部作らない?」
そう声を掛けてきたのは響だった。響のことは入学式初日の自己紹介で名前を知っているだけの関係で今まで話したことは一度もなかった。
「どうして私に?」
何故私に声を掛けてきたのか分からなかった。
「国語の授業で教科書を読んだでしょ、その時綺麗な声だな~って思ったんだ」
「それだけ?」
「それだけだけど」
他に理由が必要? みたいな顔をして首を傾げていた。
「私体が弱いから、演技なんて出来っこないよ」
本当は私も演劇というものには興味を持っていた。小さい頃にお母さんに舞台に連れて行ってもらった時から憧れていた。
だけど同時に、体の弱い私には無理だなって諦めていた。
「ううん、舞台には立たなくていいよ」
「それって、照明とか裏方仕事をしろってこと?」
「違う違う、私がお願いしたいのは、私の代わりにセリフを言ってほしいんだ」
最初は何を言っているのか本当に分からなかった。響が言うには、昔から人前に立つと緊張で声が出なくなってしまうらしい。だけど、演者の夢を諦められなった時に、私の声に心を奪われたらしい。
「私の動きとあなたの声で一緒に1つの役を作り上げる。どうやってみない?」
その話を聞いて私は素直に面白そうと感じた。舞台に立つことはできなくても、私の力を活かすことはできるんだとそう思ったからだ。
「うん、私やってみたい」
「ありがとう!」
響は私のことを抱きしめてきた。了承されたことがよっぽど嬉しかったのだろう。
「私の名前は響、今日からよろしくね」
*
ふと目を覚ました。どうやらいつの間にか眠ってしまったらしい。
「それにしても懐かしい夢を見たなぁ~」
響に誘われてから私たちは部員集めをした。中学時代からの友人である綾香を誘い、真彩と梨恵は勧誘ポスターに見てやってきた。
この5人が演劇部の創設メンバー。まだ半年も経っていないが私の大切な居場所だ。
なら、これからもこの場所が大事な場所であり続けるために、演劇部のために私ができることは一つしかない。
私は綾香に短いメッセージを送った後、私は響に電話を掛けた。
『どうしたの? こんな朝早くから電話を掛けてきて』
「響、私決めた。お姫様役、綾香の代わりに私がやる」
*
「え、本気で言ってるの?」
翌日、私がみんなの前で姫役をやると宣言すると、響と綾香を除くこの場にいる全員が驚いた反応をした。
「冗談でこんなことを言わないよ」
生半可な覚悟で決意した覚えは私にはない。
「でも体の方は本当に大丈夫なの?」
「それはやってみないと分からない。でも、本気で入賞を目指すのなら多少の賭けに私は出たい!」
何もせずに入賞を逃すぐらいなら自分の力を信じてやってみたい。
「確かに入賞目指すなら琴葉ちゃんにやってもらった方がいいのかも」
「うん、今から下手に代役を立てるより絶対良いと思う」
私の姫役に賛同する声がちらほらと聞こえ始める。
「分かった。琴葉がやる気なら反対なんて意味ないね。でも無理はしちゃだめだからな」
「もちろん」
私の体を心配していた真彩だったが、私の気持ちを汲んでくれた。
「琴葉がやってたナレーションはあたしが引き受けるよ」
綾香は自分なりにできることを探し、私の代わりにナレーションをやることに決めた。これなら、動かずとも劇に関わることができるしね。
「でも琴葉が姫役をやるなら……響の王子役の声はどうするの?」
誰かがそんなことを言った。誰も声には出さなかったが、たぶん全員が思っていたことだろう。
「それは私が自分でセリフを言うだけの話だよ」
ここまで一言も発しなかった響が口を開いた。
「響、本当にできるの?」
梨恵は申し訳なさそうに響に聞いた。
「朝早くにね、琴葉から連絡が来たんだ。それで、私のセリフは録音でやろうって提案された」
私が舞台に立つ以上、響のセリフを代わりに言うことはできない。だから、録音したセリフをタイミングよく流すことを提案した。
「だけど、私は断った」
でも響には『お願い、私にやらせて』って言われた。
「琴葉が頑張るのに私だけ頑張らないなんてできない。だから、自分のセリフは私がちゃんと演じたい」
その言葉を聞いて私は響のことを信じることにした。
「みんなそれでもいいかな……」
響が心配そうに周りの様子を窺う。
「いいんじゃない。ウチも響ならできると思うよ」
「どうせいつかは、響が自分でセリフをやるって言う日がくると思ってた。まぁ、予想よりもずっと早かったけど」
梨恵と真彩がそんなことを言う。
「2人ともありがとう」
響は2人を抱きしめた。
「おい、抱き着けばいいってもんじゃないんだぞ」
「そうだよ、感謝の気持ちは本番で返してよね」
響に抱き着かれたことで照れ臭そうにしている2人。何はともあれ、これで役職は決まった。あとは本番に向けて頑張るだけ。
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