第2話 波乱

 その知らせは突然だった……


「どうしたの……その足」


 松葉杖をついた綾香の姿を見て、私たちは言葉を失った。


「ごめん、こんな大事な時に……」


 綾香から話を聞けば、駅で誰かとぶつかった拍子に階段から落ちてしまったらしい。


「わざと怪我をした訳じゃないんだから自分を責めちゃダメだよ」


 今にも泣きそうな顔をする綾香を見て私は咄嗟にフォローした。


「ううん、ボーっとしていたあたしが悪いの」


 どうやらここ最近夜更かしを繰り返していたらしく、疲れが溜まっていたらしい。


 夜更かしをしてしまった原因はおそらく、劇の練習をしていたに違いないとここにいる誰もが思っていた。


 だからこそ、誰も綾香を責めることはできない。演劇部のために綾香には無理をさせてしまっていたのだから。


 ちゃんとあの時にもっと気遣ってやるべきだったと私は後悔した。


「それで劇に出ることは無理そうなの?」


 どう見ても演技をできるような足には思えない。


「うん……、絶対安静だって医者から言われたちゃった……。本当にごめん、みんな……」


 綾香はそう言って泣き出してしまった。自分のせいで劇を台無しにしてしまうと責めてしまっている。


 「謝らないでいいよ」、本当はそう声を掛けたい。だけど声を掛けることが出来なかった。大会まではもう3日を切っている。今から代役を立てることはほぼ不可能に近かったから……


 それを分かっているからこそ責任を感じてしまっている。だからそんな安易な慰めは余計に綾香を苦しめることになる。


 だから、ここで掛けるべき言葉は――――


「心配しなくて、大丈夫だよ。絶対に劇を成功させるから!」


 私がまさに言おうとしていた言葉を言ったのは響だった。


「響ちゃん……」

「今日まで綾香が頑張ってくれたのはみんな知ってる。それに、練習でもあんなに上手く演じてくれたんだから、ここにいる誰かが代役をやってもお手本になってる」


 響の言葉に、今まで沈黙を貫いていた友人たちが次々に声を掛け始めた。


「そうだよ、綾香ちゃんは頑張ってた」

「うん、今度は私たちが頑張る番だよ」

「みんな……」

「だから、綾香は怪我をしたことは気にしなくていい、代役は何とかなるから、まずは自分のことを心配して」


 その言葉を聞いた綾香は涙を引っ込めた。


「うん、劇に出れなくなったけど、他になにかできることはないか考えてみる!」


 そう言い残して、綾香はこの場から去っていった。この後も病院に行かなければならないとのことらしい。


 綾香が見えなくなったことを確認した後、響は口を開いた。


「綾香の手前、ああは言ったけど……状況は相当まずいね」

「だね、今から代役なんて立てるのは正直厳しいだろうし……」


 状況が深刻であることはもちろん、響や梨恵も分かっている。


「ちなみに聞くけど、姫役、この中で務められそうな人いる?」


 ダメ元で響はこの場にいる全員に問いかけた。もちろん誰も手を挙げることはない。


「ボクが出来ればよかったんだけどね……」

「真彩は照明の仕事があるからね。どちらかと言えば照明がいなくなる方が状況は余計に厳しくなるし」


 入賞を目指すのであれば、照明に手を抜くことはできない。真彩を演者に回すという方法は取れないのだ。


「梨恵はできそうにない?」


 私が声を当てていたとはいえ、今まで数多くの役をこなしていた梨恵ならなんとかしてくれる。そう思ったが、梨恵は首を横に振った。


「ごめん、私にはヒロイン級の演技はできない。やろうと思えばできないことはないけど、入賞を狙うならなおさら……」


 姫役を務めるのは重荷だ。だから誰一人としてやりたいと手を挙げる人はいなかった。この場に集まってくれた友人たちもさすがに無理だと断られてしまった。


「今から、セリフだけでなく動作まで覚えるのには時間がなさすぎる」


 だけど、これ以上考えたところで何も始まらない。そう考えたのか、梨恵が手を挙げた。


「とりあえず、時間がない。今日はウチが姫役をやる。元々の役には誰かにやってもらうとして、琴葉、ウチのセリフ読むことできる?」

「うん、それはできるけど……梨恵は大丈夫なの?」


 確かに今一番有効的な手段ではある。


「最悪の場合はこれで行くしかないと思う。今日のところはこれでやってみるけど、誰か引き受けられる人はいないか1日考えてきてほしい」


 誰も手を挙げなければこの体制で行くしかない。そんな覚悟が梨恵の目から感じられる。


「分かった、時間もない。とりあえず一回やってみよう」


 私たちは一度、劇を通しでやってみることにした。

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