第406話 カッチョイイ名前
行商人のお兄さんたちと合流したボクたちは、ジオグランドとの国境に接する『ボーダータウン』へと向けて進んでいた。
空は青空良い天気。
あたりに響くのはお馬さんの足音と荷馬車の車輪が回る音だけという、なんとも長閑な旅路となっております。
つい先ほどまでダークゴブリンの群れを相手に戦闘していたなんて思えないほどの穏やかさだわ。
そうそう、いつまでもお兄さんたちでは呼び難いので名前を教えてもらっております。
それぞれアッシュ、インゴ、ヴァイというそうで、元々はシャンディラに近い村の出身で農家の三男や四男なので姓はないとのこと。
ネイトも姓を持っていないので『OAW』の世界、とりわけ『風卿エリア』ではそれが普通のことであるようだ。
同じく農村出身という設定にしてあるのに『ミミル』の姓を持つボクとしては「失敗しちゃったかな?」と思わないでもなかったけれど、そもそも正確な出身地自体を決めていないので今さらと言えば今さらな話のような気もする。
という訳で、なるようになるかと達観――もしくは放置とも言う――することにしたのでした。
ちなみに、お馬さんの名前はエクスカリオンという、なんともカッチョイイものだったことを追記しておくよ。
そんなこんなで自己紹介を終えた後は、どうしても初顔合わせとなったシャンディラでの出来事についての話になってしまう訳で。
「えーと、つまりアッシュさんはエッ君やリーヴを見て、ボクたちを護衛に誘えないかと思って話しかけてきたってこと?」
「ああ。腕の立つ迷宮探索者の中には、変わった魔物をテイムモンスターにしているやつらもいるから、てっきりリュカリュカちゃんもそういう迷宮に挑戦している冒険者なんだと思っていたんだ」
ボクとリーヴと同じく、エクスカリオンと並んで歩いていたアッシュさんが答えてくれた。
「うーん……。まったく聞く耳を持たなかったのは悪かったかも」
「いやいや、今から思えばあの声の掛け方はないぜ……」
「ああ。どう考えても若い女の子たちに絡もうとしていた、酔っ払いそのものだったよな……」
あの日は出発前の景気づけとして一杯やっていたところ、興が乗ってすっかり深酒になってしまったらしい。
「そういう訳であれは俺たちが全面的に悪かったんだ。だからリュカリュカちゃんたちが気にする必要は何もないってことさ」
本人たちがそう言っている以上、これ以上蒸し返すのは良くないかな。
見方を変えれば本当に反省しているのかと疑っているようにも思われてしまいそうだしね。
「そういえば、結局護衛は雇わずに出立しましたのね」
「冒険者だろう相手に迷惑をかけておいて、何喰わない顔で冒険者協会に出入りできるだけの度胸は俺たちにはないよ……」
荷台からのミルファの問い掛けに、御者台のインゴさんが深々とため息を吐きながら言う。
まあ、確かにどの面下げてっていう話だよね。
そんなことができるのは協会もしくは高等級冒険者にコネがある場合か、鉄面皮もかくやというほどの分厚いお顔の皮を持つアンド、とてつもなく神経が図太い人くらいなものだろう。
「それと、『ボーダータウン』を越えた先はそうもいかないんだが、シャンディラの公主様が治める区域内は比較的安全なんだよ。実際俺たちもこの区間は護衛なしで何度も行き来したことがあったから、今回も大丈夫だろうと高を括ってしまっていたんだ」
ヴァイさんの話の通りだとすると、二十体ものダークゴブリンに待ち伏せされてしまったのは、相当に運が悪かったということになるようだ。
「事前に集めた情報の中には、ダークゴブリンの群れがいるなんて話は一つもなかったんだがなあ……」
シャンディラの冒険者協会には立ち寄れなかったけれど、所属している商業組合の方にはしっかりと顔を出しており、魔物の出没状況などの情報も得ていたようだ。
「この辺りを住処にしているダークゴブリンはいなかったはずだから、どこかから流れてきたのかもしれない」
アッシュさんの呟きに、思わず顔をしかめてしまう。
VRゲーム初心者のボクは、いわゆるセオリーというものを知らない。そのため、そうした知識や経験不足を補うためにクンビーラに居た頃は、冒険者協会に置かれていた魔物や遺跡などに関する書物を読み漁っていたのだった。
その中に、普段いないはずの魔物が現れるようになる原因についても記されていた。
主な原因は二つで、一つは元の群れが大きくなり過ぎて分割されることによって発生するもので、もう一つは何者かによって住処から追い出されたために生じるものだ。
前者はいたって分かりやすい内容だけど、群れが巨大化するという前提上、前人未到の奥地や僻地でもない限りはその予兆などは察知しやすかったりするのだよね。
『風卿エリア』南部の中心都市でもあるシャンディラの商業組合が見逃していたとは考え難い。
また、巨大化した群れは危険性が高いため緊急討伐の対象などにもなる。
しかしながら、冒険者協会でそういう類の話は一切されていなかったし、依頼の中にもそれらしきものは張り出されてはいなかったはずだ。
以上のことから、一つ目の大きくなった群れが分割したため、という原因ではないと考えられます。
それでは、もう一つの原因の方はどうだろうか。
住処を追い出されるという形式上、どこででも、そしていつでも起こり得るものだと言えそうだ。しかも、追い出す相手もより強い魔物だけとは限らない。
「ねえ、アッシュさん。この近くでダークゴブリンの住処があるっていわれているのはどこになるの?」
もしかすればあの場所なのでは?という予想を立てながら尋ねてみると、返ってきた答えは予想通りのものだった。
「土卿王国との国境近辺だな。両国にまたがるように住処にしているそうだ。ジオグランド国内の街道が少し奥まった所にあるのは、検問を通らずに不法に出入国しているやつらを見つけ易くするのと同時に、ダークゴブリンからの被害を抑えるためでもあるって話だ」
検問所のある街道の近くは柵が建てられていて国境であることが良く分かるようになっているけれど、離れると草原や荒野となってしまい遮るものはなくなってしまう。
そのため密入国しようと思えばできなくはない、という有り様なのだそうだ。
そんな密入国者たちを刈り取ってくれるのであれば、権力者たちからすればダークゴブリンは必要悪という扱いになっているのかもしれない。などと考えるのは少々ひねくれ過ぎだろうかしらね?
いずれにせよ先ほど倒したダークゴブリンたちは、国境近辺に住んでいた連中の一部であるということになりそうだ。
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