第04話 解錠師シアラは眠りたい(3)
「んー。物理の鍵は……素直なピンシリンダー。タンブラーの数から見て、合言葉は四から六文字……か」
……なに言ってるんだろうこの人。
タンブラーって、飲み物の容器のことじゃ……ないよね。
「……エルーゼ。ジョゼットさんはおまえにとって、どんな人だった?」
「えっ? そ、そうですね……。普段は優しくて……。でも怒るときは、ガッツリ怒る人でした」
「ふーん。ほかには?」
「あと、すごく物知りで……。学校の先生より頭良かったかも。学校で解けなかった問題も、家で叔母さんに教えてもらったら、スラスラ解けたことも多かったです」
そう、叔母さんはものを教えるのがとても上手だった。
シアラさんは叔母さんのことを姉弟子って言ってたけれど、元々だれかを指導する立場だったのなら、それも納得。
だけど解錠師のお仕事のこと、一度も話してくれなかったな……。
「……ふんふん。それから?」
「ええっと……。お料理は、ちょっと下手……だったかな。味覚音痴っていうか。いまだから言えますけど……」
「ジョゼットさんの料理、薄味だったろ?」
「あ……はい」
「そこは相変わらずか。じゃあ、おまえと暮らすようになったきっかけは?」
うう……。
この人、プライベートに土足で踏みこんでくるよぉ……。
だけど一〇〇万円分のお仕事やってもらってるから、我慢我慢……。
「……わたし、孤児だったんです。小さくてよく覚えてないんですけど、鉄道の事故で両親と死別して……。親戚たらい回しのあと、孤児院に入れられて……」
「…………」
いまとなっては両親のこと、そして孤児だったころのことは、上手く思い出せない。
親戚のたらい回しや孤児院での暮らし、断片的には覚えてるけれど、そこに出てくる風景や記憶がどこでだれだったかまでは、もう。
ただ、ときどき──。
視界が真っ赤に染まって、つんざく悲鳴が耳の奥で鳴って、体がふわっと地面の中へ溶けていってしまいそうな感覚が生じること……ある。
あれって……いったいなんなんだろう。
「わたしの存在をあとで知った、離れて暮らしてたお父さんの妹……叔母さんが、わたしをほうぼう探し回って、引き取りにきてくれました」
「……ジョゼットさんは十年ほど鍵の修行に打ち込んでいたから、その間の出来事だったのかもな」
「そうだったんですか。叔母さん、解錠師のことなんて、わたしに一言も話してくれなかったです」
「人には人の事情があるってことだ。よし……いまので合言葉の候補、いくつか浮かんだ。解錠に移る」
「叔母さんの近況や最期は……いいんですか?」
小箱を手に取って観察していたシアラさん。
それをそっと卓上に戻して、ゆっくりと瞳を伏せる──。
「この噤みの施錠には、ジョゼットさん特有の癖がある」
「…………」
「合言葉の施しは
「そうなんですか……」
「それにおまえも、初対面相手に話すのは辛いだろう」
あ……。
一応気遣いとかできるんだ、この人……。
「解錠の前に、自分の手で一度鍵を差してみろ。噤みの錠は、合言葉がないと鍵が進まない。それをまずは自分の手で試せ。ほら」
「あ、どうも……」
手渡される、白い鍵……。
小箱のフックに備え付けで、材質もデザインも一緒。
普通に考えれば、すなおに鍵穴に入るよね……。
えっと……えいっ──。
──カッ……カッ……。
あ、あれっ……?
鍵が……先っぽ入ったところでつかえて、全然進まない。
どう……して?
「……な、入らないだろう? 絵本に出てくる魔法使いが、呪文を唱えなきゃいけないのと同じ。これが噤みの錠」
「はあああぁ~。こういう不思議な仕掛け、あるんですねぇ」
「専門家の俺でも、お目にかかるのは年に数回……ってところだがな」
魔法の
叔母さん、あなたはいったい……だ何者ったの?
何者だったかを知ってほしいから、わたしをシアラさんへと使わせたの……?
「物理の鍵は俺が回す。合言葉はエルーゼが言え。これから合言葉の候補を、いくつか挙げる」
「わたしでいいんですか?」
「……というかこの錠、声紋認証が施されている。おまえ以外では開けられない」
「声紋……認証?」
「ジョゼットさんの得意技。声紋は、指紋の声バージョンみたいなものでな。状況的に、おまえの声による合言葉しか受け付けないだろう」
指紋……だれ一つ同じ模様がない、指先の文様。
声にもそんな特徴があったんだ。
そして叔母さん……。
わたしの声を、鍵に……。
体が弱る、ずっと前から──。
「じゃあ、合言葉候補の一つ目。一音一音、はっきり発声しろよ」
「は、はい……。ごくっ……」
「お・か・あ・さ・ん」
「えっ……?」
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