第05話 解錠師シアラは眠りたい(4)

「あの……シアラさん? 『おかあさん』……ってそれ、どういう意味ですか?」


「意味は鍵が開いたら考えろ。逆に開かなければ、考える必要はない」


「で、ですけど……」


 おかあさん──。

 叔母さんがわたしに、合言葉として口にしてほしい言葉なの?

 叔母さんは、本当のおかあさんになりたかったって、こと?

 わたしにおかあさん……って、呼んでほしかったって、こと?


「……エルーゼ。繰り返しだが、意味を考えるのは開いたらでいい。深読みしたら、開かなかったときに難儀だぞ」


「あ……はい。ですね……」


 ……うん。

 合言葉、別の言葉ってこともある。

 いまは頭空っぽにして、きれいに発音することだけ考えよう。

 いったん深呼吸して、口と肺の中の空気、きれいにして……。

 すううううぅ…………よしっ!


「お・か・あ・さ・ん」


 ──ガチャッ!


「開いたぞ」


「は……はいっ! わたしが試したとき、全然入らなかった鍵が、しっかり根元まで……。合言葉……噤みの錠! すごいですっ!」


「俺の仕事はここまで。閉じられた扉を開けるのは、依頼主の権利、ないし義務」


「こんな大掛かりな鍵で、閉じられた箱の中身……。確認するのちょっと……ううん、すっごく緊張します……。ごくっ……」


「ここに厚かましく入ってきた田舎娘とは、別人みたいにしおらしいな。フフッ」


「あ、あの……。開ける前に、シアラさんが考えてた、ほかの合言葉の候補……。伺っても、いいですか?」


「おかあさま、かあさん、かあさま……辺りか。おかあちゃんや母上は、俺が知ってるジョゼットさんのイメージに合わなくてな」


「あはっ……全部それ系。ありがとう……ございます。ぐすっ……」


 叔母さん、わたしのこと、そんなに愛してくれてたんだ……。

 生きてる間に言えなくて……呼べなくて……ごめんなさい。

 それじゃあ……開けるね、


 ──カタッ……。


 震える両手の指先で、ゆっくりと、けれどしっかりと、箱の蓋を持ち上げる。

 蓋の隙間から、赤みが漏れてきて……。

 やがて赤一面の、箱の内側がお披露目──。


「これって……。指輪……」


 真っ赤なクッションの中央に、一つ置かれた指輪……。

 大きな赤い宝石が埋め込まれた、シルバーリング……。

 なんだか、とっても高価たかそう。

 でも叔母さ……おかあさんは、こんな高価な装飾品、持ってるイメージない……。


「ルビーだ。それも、いっさい混じりけのない真紅の逸品、『ピュア・ブラッド』。サイズと市場の在庫次第では、億に達することもある最高級品」


「これが、ルビー……。わたし本物の宝石、生まれて初めて見ました……」


「あーもー……そこじゃない、この田舎娘がっ! 『ピュア・ブラッド』に反応しろっ!」


「はい……?」


 ピュア・ブラッド……。

 えっと、意味は……純血?

 いっさい混じりけのない……純血……。

 おかあ……さん……っ!?


「も……もしかしてっ!? 叔母さんは、叔母さんじゃなくって……。わたしの本当の……おかあさんっ!?」


「断定は早計。確定するための情報が少なすぎる」


「で、でも……!」


「真実を知りたいなら、これから情報を集めていけばいい。その指輪を換金すれば、有能な探偵百人は雇える。もちろん、俺への解錠代を差し引いたあとでな?」


「えっ……? あっ……そうですね。シアラさんの解錠の代金、払わないと……ですね」


 なんてこと、わたし一瞬にして大金持ちに──。

 だけどこれ、おかあさんの形見……。

 せっかく遺してくれたものを、すぐに換金なんて……。

 でもいま、これ以外にわたしに金目のものは……。


「あっ……あの、シアラさんっ! わたしを代金分、ここで働か──」


「いらん」


 あうっ!

 言葉被せて拒否られたぁ……。


「フフッ。指輪を換金するのがイヤなら、こっちの小箱で払ってくれてもいいが?」


「えっ……?」


「この陶製の小箱、年代物のファザミやきでな。アンティーク業者に流したらニ〇〇万は固い。それでどうだ?」


「あ、は……はいっ! それでお願いしますっ!」


「商談成立。実はな、箱が俺への謝礼だってすぐにわかった。だったら中にあるのは、さらに高価な物。この箱のサイズなら宝石……って見当もな」


「はああぁ……そうでしたか。あ、でも……箱より中身が高価なら、こうして……こう!」


 頭の上から床へと、両手を振り下ろすジェスチャー。

 シアラさんへと向けて。


「解錠師に依頼せずとも、箱を壊してもいいんですよね? これ陶器ですから、床に叩きつければ簡単に割れますし」


「……ほう? そこに気が回るか」


「普通、鍵が開かないなら箱を壊そう……って考えません? わたしここへ入るときも、ドア蹴破ったほうが早そうって思いましたし」


「なんだ……ただの脳筋か」


「むっ……!」


「噤みの錠は、入れ物を壊されないよう、入れ物事体を高価にしておくことがしばしばあってな。中にさらに高価な物があると察しがついても、人間なかなか、金目のものは壊せないもんだ。振動対策技法アンチ・チルトが施されている場合もあるしな」


「アンチ……チルト?」


「専門用語、気にするな。で、それほどの富をエルーゼへ遺すってことは、親子同等の愛情があった……と、察しがつく。そこで合言葉が『おかあさん』系だと考えた」


「アハハッ……。まるでシアラさんが、有能な探偵さんですね」

「知識と経験を生かし、施錠者の意図や想いを読み解く……。それが解錠師の仕事。そう言えば聞こえはいいが、要は頭でっかちな呪い師、だ」


 解錠師……秘められた想いを紐解く職人。

 なんてすばらしい職業っ!

 わたし……このお仕事やってみたいっ!

 きっと、おかあさんが引き合わせてくれた……天職なのよっ!


「あの……シアラさんっ! どうかわたしを弟子に──」


「いらん」


 あうううぅ……!

 また被せてきたああぁ!

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