第03話 解錠師シアラは眠りたい(2)

 わたしも初めて見る、叔母さんの遺品……。

 それは、光沢のある白と深青で彩られた、四つ足の陶製の小箱。

 正面には、金粉で施された文様に囲まれた鍵穴。

 背面には、真っ白い小さな鍵が一つ、フックに掛けられてる。


「……エルーゼ」


「は……はいっ」


「おまえ……金は持ってるか?」


「金って……。お金のことですか?」


「釣り鐘の話をする状況に見えるか? ここは解錠院で、おまえが持ってきたのは鍵と錠。俺が報酬を貰ってこの箱を開けるのが、自然な流れだろうが」


 ……なるほど。

 けれど、急にお金って言われても……。


「え、ええと……。叔母さんが当面の生活費を遺してくれたので、幾ばくかは……」


「幾ばくかじゃダメだ。噤みの解錠は特殊技能だから、最低一〇〇万は貰う」


「ひゃっ……一〇〇万円んんんんっ!?」


「……大きな声出すな」


「小声を出せる状況に見えますぅ!?」


「ふうーっ……」


 な……なにその、これ見よがしな大きな溜め息とうなだれっ!?

 溜め息つきたいのはこっちです!


「……おまえみたいな、いかにも田舎から出てきたばかりの小娘が、噤みの解錠代を持っていないのは明白。相場を言っておいただけだ」


「むっ……! 出てきたばかりじゃありませんっ! もう五時間経ってます!」


「……田舎娘臭さは、酒と違って数時間じゃ抜けんぞ。ん……そのライトブラウンの頭髪は、生え際に色の差異がないから染髪なしの地毛。ウェービーなのも生まれついてで、眉と肩を目安に自前でカット。理容店とは無縁で維持費ゼロ。よそ行きのサマードレスはところどころ黄ばみと虫食いの補修があって、まずお下がり。ローファーも傷が目立つから同様。小箱を入れてた編み籠は籐製ラタンの手作りで査定の価値なし。外見的な資産価値はほぼゼロ。年に一回村を出るか出ないかの、典型的な田舎娘……だな?」


 ううっ……当たってる!

 見た目の値踏みだけじゃなく、年一のとこまで見透かされたっ!

 見透かされたけど……「はいそうです」なんてすなおに言いませんっ!

 ふんっ!


「ま……金の話は、開けたあとでいい。ジョゼットさん絡みだしな」


「あの……。シアラさんは、叔母さんとどういう関係なんですか?」


「聞いてないのか?」


「はい。そもそも、噤みの錠って……なんですか? あと……」


「質問は一つずつ! 優先順位プライオリティーが高い順にっ!」


 ……ひいっ!

 シアラさん顔の印象まんま、性格キツそうっ!

 男のくせに妙に色白で、冷たそうな印象だし……。

 それとも単に、寝起きで機嫌悪いのかな……。

 あるいは……その両方。


「わ、わかりました。じゃあ……一番の疑問ですっ。どうしてシアラさんの仕事場は、こんなに汚いんですか?」


「……純朴そうでいて、なかなかいい性格してるな」


「そんな、純朴だなんて……。アハッ……」


「都合のいい言葉だけを通すフィルターも、両耳に備えているか。噤みの錠は、それと似たようなものだ」


「……えっ?」


「噤みの錠。それを解くには物理の鍵のほかに、合言葉が必要。すなわち二重ロック。噤みの施錠や解錠を生業なりわいとするのが、俺たち解錠師。ジョゼットさんは、その技術をともに学んだ姉弟子。ほかに質問は?」


「部屋のネズミは、飼っているんですか?」


「生き物は飼わない主義だ。話が理解できなかったのなら、正直にそう言え」


「……はい。ちんぷんかんぷんでした……エヘヘ」


「はぁ……。さっさと解錠して追い返そう。さて、物理の鍵の形状は……っと。ふんふん……」


 物理の鍵……。

 シアラさんがいまフックから外した、わたしたちが普段使ってる鍵ね、きっと。

 で、噤みの錠を開けるには、それとは別に合言葉が必要……かぁ。

 うーん……合言葉、合言葉……。

 叔母さんからは聞いてないし、遺書にも書かれてなかったし。

 そもそも噤みの錠というのも、たったいま聞いたばかりだから……。

 つまり……。


「……合言葉を探り当てるのも、シアラさんのお仕事なんですね?」


「そういうことだ。まあ、普通の鍵の解錠もしてるがな。噤みを一件こなせば一年は寝て暮らせるから、普通の鍵の仕事は気が向いたときだけだ」


「遊んで暮らせる……じゃなくて、寝て暮らせる……ですか」


「睡眠以上の娯楽はない。俺にとっては」


「それで看板をあんなに目立たなくしてて、接客態度も最悪なんですね」


「……否定はしない」

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