第一章 解錠師シアラは眠りたい

解錠師・シアラ。その男、想定外の曲者で──

第02話 解錠師シアラは眠りたい(1)

「……えっと。シアラ・シュダスキー解錠院かいじょういん……ここだわ。このカフェの二階ね」


 開かなくなったドアや金庫を開ける専門職、解錠師かいじょうし……かぁ。

 やっぱり都会には、いろんなお仕事あるんだなぁ。

 わたしの村には、農業と畜産業と、あと林業と……。


「……っていうか、看板ちっさ!」


 この解錠院の看板、ポストカードくらいの大きさだし、白地に黒の文字だけだし。

 叔母さんが遺してくれた地図なかったら、絶対見落としてたっ!

 このシアラっていう人……商売する気あるの?

 まぁとりあえず、院がある二階へ。


 ──みしっ……みしっ……みしっ……。


 うう……。

 この板張りの階段、イヤな音するなぁ。

 踏み抜けそうなのも怖いけれど、一段上がるごとに「痩せろ」って言われてるようで、すっごい耳障り。

 叔母さん亡くした悲しみで、三キロ痩せましたよーだ。

 二キロ、リバウンドしたけれど。


 ──コンコン……コンコン!


「……ごめんくださーい!」


 階段の突き当りにある木製のドアを、指の背中でノック。

 そのドアにはネームプレートないし、呼び鈴もドアノッカーもない。

 木材ところどころ腐ってて、わたしの細い脚でも蹴破れそう。

 でもここに来るまで、もっと脚細い子いっぱい見たなー。

 村じゃスタイルいいほうだって思ってたけれど、世間知らずだったかも……。

 ……………………。

 ……っていうか、無反応。

 ドアの向こう、人の気配……ないような?

 まさか……留守ぅ……お休みぃ?

 そっ……そんなぁ!

 片道五時間かけて、ここまで来たのにぃ!

 帰る家だってもうないのにぃ!


「すみませーん! シアラ・シュダスキーさーん! いらっしゃいませんかーっ!?」


 ──ガチャガチャガチャ……ギッ!


 あっ、このドア……鍵かかってない!

 鍵の専門家が、鍵もかけずに留守にするとは思えないし……中にいる?

 それとも、一階のカフェで休憩中?

 いずれにせよ、いまさら出直すわけにもいかないし。

 帰ってくるまで……中で待たせてもらおっと。


「失礼しまーす……。入りますよー……」


 ──ガチャ……バタン。


 うわ……室内暗い。

 窓の分厚いカーテン、全部閉まってる……。

 机に本棚……っぽいのがいくつも並んでるようだけれど、いずれも本か物が積み上げられてるっぽくて、なにがなにやら……。

 それに部屋の中……カビくさい。

 あとなんだろ……さびの匂い?

 さびの匂いって、血の匂いに似てるっていうけど……。

 後者も十分ありえそうなシチュエーションで、ちょっと怖い。


 ──チュッ……キキキッ!


「きゃあっ!? ネズミっ!」


 部屋の隅に、丸々太ったドス黒いネズミいたっ!

 わたしんちの周りにいた、ちっこい野ネズミと違って全然かわいくないっ!

 うううぅ……。

 この暗がりの中で待つのは、さすがにちょっとぉ……。

 窓……開けさせてもらおっと。


 ──シャッ!


 壁に並んでる両開きの窓を一つだけ、カーテン開ける。

 春の柔らかな日差しが部屋の中へと入ってきて、革製のソファーの存在を浮かび上がらせた──。


 ──もそもそっ……もぞっ……。


「えっ……?」


 ソファーの上で……なにか動いてるっ!?

 茶色いソファーの上で……黒っぽい……大きななにかがっ!

 ……って、こっちに這ってくるぅ!


「キャアアアアーッ!」


「……ンあ? 客……か?」


「きょっ……巨大ネズミーっ!」


「……だれが巨大ネズミだ。他人ひとさまの職場を、勝手にウロチョロしてるおまえがネズミだろうに……。ふあああぁ……」


 ……えっ、あれっ?

 ネズミじゃなくて、にん……げん?

 黒い毛布にくるまった……黒い髪の……男の……人?

 も、もしかして……。


「もしかして……。シアラ・シュダスキーさん……ですか?」


「もしかしなくても、シアラ・シュダスキーだ。表の看板、見なかったか?」


「み、見ましたよ……。小さくて見づらかったですけど……」


 ええええーっ!?

 シアラさんって……男の人ぉ!?

 名前の響きから、てっきり女の人だとぉ……。

 それに、叔母さんよりもずっと若い。

 叔母さんとは、どういう関係なんだろ……この人。


「……で、おまえは客か?」


「あ……えっと。わたし、エルーゼ・ファールスと言いますっ! 叔母からシアラさんへ、荷物を届けるよう言われてましてっ! これですっ!」


 これでとりあえずは、叔母さんの遺言守れた~。

 シアラさんに、この荷物を届けなさい……って。

 そのときまで包み紙を開けるなって、遺言書に書かれてたから、なにが入っているかはわたしも知らないけれど……。


「……なにしてる、包みを広げろ」


「はい?」


「俺への届け物とやら、早く見せろ」


「そ、そうですねっ。じゃあこちらの埃だらけのテーブル、お借りしますっ!」


 ……うわ。

 シアラさん、めっちゃ睨みつけてきてる。

 ただでさえツリ目のキツい顔つきなのに……睨むと凶悪!

 荷物見せてさっさと退散……って、そうもいかない。

 この人は、わたしの街での暮らしに手を貸してくれる、いわば後見人……のはず、よね……叔母さん?


「……なにをちまちま広げてる。貸せ」


「あっ……!?」


 ──バリバリバリバリッ!


「ぎゃあああっ!? それ叔母さんの遺品なんですよぉ! 乱暴に扱わないでくださいぃ!」


「……名前」


「はい?」


「名前、言え」


「えっと……。エルーゼ・ファールスです」


「おまえの名前はもう聞いた。叔母のほう。なにファールス?」


「……あっ。シアラさん、やっぱり叔母さんの知り合いなんですか?」


「質問に質問を返すな。おまえの叔母は、ジョゼット・ファールス……だな? 唇の下に赤っぽいホクロがある、それと同じ髪色の女」


「は……はいっ! そのとおりですっ!」


「道理で中から『つぐみの錠』が出てくるわけだ。ごていねいに、まじない漏れ防止の特殊な油紙に包んでまでしてな」


「噤みの……錠?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る