第7話 迷宮学者と残る謎

「アストラさん、二度と解体に参加しないで下さい」

「……はい」


 私が突き刺したのは偶然、心臓付近の大動脈だったらしい。ナイフを突き刺したことにより血が勢いよく吹き出し、私達はまるで頭からバケツ入りの血を被ったかのように赤く染まってしまった。


「欲しいのは魔素核でいいんですか?」

「うん。それ以外は……筋肉ぐらいかな。あ、あと皮も」


 丁度いい高さの石の椅子があったので座り、眼鏡を拭きながらローレンヌの解体を見学する。眼鏡に映るのは、焦げ茶色の髪を三つ編みにした女。相変わらずの私の風貌である。

 流石に黄金等級冒険者。常人の最高到達点と言われるだけあり、解体もさもその道の職人のようにスムーズだ。

 いくら知識を有していても、実践しなければそれは単なる知識に過ぎない。

 紙の上で知っただけの事が実際に役に立つとは限らない。実際にそれを見て、触れ、味わう。そうして知識という骨組みに経験という肉が付くことにより、それは初めて知恵となる。

 私が迷宮学において、フィールドワークを最重要視している理由でもある。


「なんで核ぅ?」

「魔素に最も触れてる部分だから。魔素による影響があったら、それを見分けることが出来るでしょ?」

「確かに、賢いねぇ」


 魔物には周囲の魔素を吸収し蓄え、魔力に変換する器官が存在する。これは魔素に適応している生物全般に言えることなので、勿論だが、人間にも存在する器官だ。

 ロンドールの異常が魔素によるものであり、ガナルザリアを正常値とするならば。魔素の影響を最も受けている核も、一般的なデータと照合するべきだろう。


「にしても」


 私は血でべったり濡れた手で頬を持ち上げようとしたがそれを避け、代わりに手の甲で押さえる。

 漏れ出るのは、この迷宮入って以来最も大きな溜息だ。


「まだ解剖は早かったかぁ……はぁ」

「そんなにしたかったのぉ? アストラっち、迷宮学の人じゃないの?」

「合ってる。でもね、姉弟子が生物学をやってる人でさぁ、あんな風にかっこよくやってみたかったなぁ、なんて思っちゃって……はぁ」

「充分カッコいいけどねぇ……」

「やめてよリュール、私なんてダサいだけだよ」

「……ねぇアストラっち、カクラの輝きってどんなだっけ」

大陸北方のデモニア迷宮の話読まなくてよい? 洞窟型の特殊迷宮で、洞窟内が発見から今に至る数百年もの間燃え続けているのが特徴だよ。周辺地質の調査から地下深くに天然ガスがあって、尚且つ地脈の接点にもなってるから炎が絶える事は無いって言われてるんだ。そこから付いた別名こそカクラの輝き。その神秘性から一時期は、地獄へと繋がっているなんて地元住民から信じられてたみたいだね。過去に二回調査記録があるんだけど、二つとも入って数十メートルで断念。にも拘わらず、過去二回の調査で五人以上の死者が出ている危険な場所だよ。オース・スモみたいに核の永続性原理の証拠になって来たこの迷宮だけど、これにエントロピー増大の法則を当てはめると面白くてさ。これに基づくとデモニアは迷宮内部でガスと魔素が疑似的な魔術を構築して常に魔素を消費し続けているから、常に迷宮内には超高濃度の魔素が垂れ流しになってるってことになるの。という事はデモニアはもう寿命が短い迷宮だって推測できるんだよ。でね――」

「やっぱダサいかも」

「なんでぇ!?」


 面白いのに……。

 そうこうしている内に解体が終わったらしい。血まみれの手を浄化の魔術で洗い、綺麗な手でローレンヌが素材を差し出してくれる。私はそれを一個ずつサンプルケースにしまう。

 残ったのは、解体されたクリスタリザードの死骸のみ。

 解体しない場合は、死骸から魔素を抜く必要があるが解体してしまえばその工程も不要だ。


「先へ進みましょう」


 ローレンヌの号令に、私達は再度出立の準備を整えた。


「アストラさん、あとどのくらいです?」

「ガナルザリアの過去データを参照すれば、後大体数百メートルってところかな。そこに地脈の漏出地点がある筈」


 岩石も、生体サンプルも採り終えた。あとは、最深部の魔素データを測定するのみ。

 装備の準備を終え、先へ進む。

 入り口付近が急な下り坂だったのに対し、この辺りは段々と緩やかになってきていて歩きやすい。魔物にも遭遇する事なく、私達は順調に足を進めていた。

 しばらく歩いていると、探知魔法を発動させたままのリュールが声を上げる。


「もうちょいかも」


 すんなりと最深部に辿り着いた。

 私は一連の測定器具を取り出し、魔素のデータを収集する。測定するべきデータは魔素の濃度、属性、流速等様々だ。


「ん?」


 違和感を抱き、思わず声が漏れる。

 怪訝な顔の私を不思議に思ったのか、二人が私の測定器具を覗き込んできた。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫ぅ?」

「いや、別に異常ではないんだけど……少し数値が低いかな」


 属性に関しては問題無い。土と水の属性が多い、洞窟型迷宮の殆どに共通する属性割合。

 だが、濃度と流速が少し低い。


「それいいのぉ?」

「地脈にも波があるからさ、まぁ有り得る話ではあるんだけど。その幅からもちょっと外れて低い気がする。……まぁ大丈夫、データは取ったし」

「なら帰りましょう。リュール、案内頼むぞ」

「へへっ、置いていくと思ってる? 任せてぇ」


 迷宮は勿論一本道ではない。行きに魔物がいなかったからって、帰りに魔物がいないとも限らない。とは言え魔物に遭遇する事無く私達は無事迷宮から生還し、貴重なサンプルを持ち帰る事が出来た。

 少し前までならば研究室に研究器具があったのだが、急遽入った宿屋にはそれらの器具は揃ってない。なのでこれらのサンプルをフレルコート賢者学院へ送り、サンプルのデータを送ってもらうのだ。


「んん……?」


 そうして、約二週間程度が経過した。

 フレルコートから返ってきたデータに私は首を傾げる。

 姉弟子からの手紙も挟まった書類には、送ったサンプルと帝国禁書庫のデータでさえも調べ上げた正確なデータがある。手紙に目を通すと私への応援と、それぞれの情報の出所、フレルコートの現状に関してが記されていた。


「へぇ……」


 私の勘は、やはり間違っていなかった。

 普段のガナルザリアが百から百五十の間を彷徨っているとするならば、今回計測したデータは七十程度。今までのデータと比べ、今回のデータは著しく低い。


「地脈異常? いや、他の迷宮で数値がおかしかったなんて報告は聞いてないし……」


 幾度も悩み、仮説を重ねる間に時間は過ぎていく。

 気付けば、ロンドールへ向かう日になっていた。

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