海と約束・参


取り敢えず言い合いを落ち着かせた僕達は、海丈うみたけを僕の屋敷に招き入れた。警戒の為、だ。せつが茶を用意してやって来る。机に向かい合う僕と海丈は、互いに睨みを利かせていた。


「……海丈殿。あなたは人間で、切の知り合いだと言いました」


冷静に波墨はずみが問う。それに海丈は、至極当然とばかりに頷いた。


「そう何度も言ってるだろ?」

「では、何故そんなに”長生き”なのですか?」


海丈は頭を搔く。まさか「知らない」と嘘を吐く事はないだろう。彼は一息吐くと、悪びれもせず言った。


「”人魚”を食ったんだ」

「……は」


人魚を食った。僕は頭の中で海丈の科白を反芻する。人魚を食べると不老不死になる。長生きの件といい、階段から落ちて無事な件といい、当てはまる事ばかりだ。

だが、何故、あの誇り高き海の怪異が食べられたのか。


「人魚……」


不思議そうな顔をする切に対して、海丈の表情が明るくなる。


「切。この土地の果てに人魚がいたんだよ」

「……おい」


焔が舞う。僕が圧を掛けると、波墨の咳払いが聞こえた。気難しい顔をして、波墨は口を開く。


「海丈殿は、人魚を食べたと」

「だから、そう言ってるだろ」

「……それは禁忌ですよ」


厳しい瞳で波墨が言う。だが海丈は、真っ直ぐとした光のような瞳で見つめる。


「知ってる。オレは、人魚と約束したんだ」

「約束?」

「嗚呼、約束だ」



「あなたは、寂しいのね」

「寂しい……切に会いたい」

「なら、私を食べて」


「その代わり、約束よ?」


「私は、色んな世界を旅したいの」


「私を食べたあなたが、世界を見て?」



「オレは、切と一緒に人魚との約束を叶える。こんな閉じ篭った所にいる場合じゃないんだ」


眩しい言葉だ。真っ直ぐな科白だ。捻くれた僕や波墨のようではなく、真っ直ぐな切に似たんだと、僕は悟った。落ち着いた僕は、海丈を見つめて冷静に口を開く。


「君の意見は判った。だが、切の意思を尊重するべきだ」


僕と海丈は同時に切を見た。切は静かに座って話を聞いていた。彼はいつもの無表情で、でも真っ直ぐに言う。


「俺は今の暮らしがいい。來嘉らいかと一緒にいたい」

「……そんな、切」

「本当に此処の生活は楽しい。だから海丈、お前も此処で暮らしてみるといい」

「切?」


話が怪しい方向へと進んでいる気がする。


「旅はそれからでも、人魚とやらにも怒られまい。鬼の村は化け物も人間も大歓迎だからな」

「切……?」


僕が切に呼びかけるも、切はお構いなしだった。切が海丈を歓迎している。その事に僕の胸は再び痛んだ。海丈は切の言葉に目を輝かせ、その気になっているようだ。僕はちらりと波墨を見る。彼はやれやれと言った様子で、溜息を洩らした。


「海丈殿は鬼の村で”保護”するべきでしょう。存在が余りにも罪過ぎる」


僕が半眼になって波墨を見るが、波墨は波墨で開き直って涼しい顔をしている。最終的に僕は溜息を吐いた。


「仕方がない……」

「切と一緒にいれるのか……!?」


海丈が喜んでいる。切に触れようとする海丈の前に遮り、僕は彼を睨んだ。すると海丈も僕を睨む。

波墨の言った通り、厄介な事になりそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

焔、散る。 あはの のちまき @mado63_ize

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ