海と約束・参
取り敢えず言い合いを落ち着かせた僕達は、
「……海丈殿。あなたは人間で、切の知り合いだと言いました」
冷静に
「そう何度も言ってるだろ?」
「では、何故そんなに”長生き”なのですか?」
海丈は頭を搔く。まさか「知らない」と嘘を吐く事はないだろう。彼は一息吐くと、悪びれもせず言った。
「”人魚”を食ったんだ」
「……は」
人魚を食った。僕は頭の中で海丈の科白を反芻する。人魚を食べると不老不死になる。長生きの件といい、階段から落ちて無事な件といい、当てはまる事ばかりだ。
だが、何故、あの誇り高き海の怪異が食べられたのか。
「人魚……」
不思議そうな顔をする切に対して、海丈の表情が明るくなる。
「切。この土地の果てに人魚がいたんだよ」
「……おい」
焔が舞う。僕が圧を掛けると、波墨の咳払いが聞こえた。気難しい顔をして、波墨は口を開く。
「海丈殿は、人魚を食べたと」
「だから、そう言ってるだろ」
「……それは禁忌ですよ」
厳しい瞳で波墨が言う。だが海丈は、真っ直ぐとした光のような瞳で見つめる。
「知ってる。オレは、人魚と約束したんだ」
「約束?」
「嗚呼、約束だ」
…
「あなたは、寂しいのね」
「寂しい……切に会いたい」
「なら、私を食べて」
「その代わり、約束よ?」
「私は、色んな世界を旅したいの」
「私を食べたあなたが、世界を見て?」
…
「オレは、切と一緒に人魚との約束を叶える。こんな閉じ篭った所にいる場合じゃないんだ」
眩しい言葉だ。真っ直ぐな科白だ。捻くれた僕や波墨のようではなく、真っ直ぐな切に似たんだと、僕は悟った。落ち着いた僕は、海丈を見つめて冷静に口を開く。
「君の意見は判った。だが、切の意思を尊重するべきだ」
僕と海丈は同時に切を見た。切は静かに座って話を聞いていた。彼はいつもの無表情で、でも真っ直ぐに言う。
「俺は今の暮らしがいい。
「……そんな、切」
「本当に此処の生活は楽しい。だから海丈、お前も此処で暮らしてみるといい」
「切?」
話が怪しい方向へと進んでいる気がする。
「旅はそれからでも、人魚とやらにも怒られまい。鬼の村は化け物も人間も大歓迎だからな」
「切……?」
僕が切に呼びかけるも、切はお構いなしだった。切が海丈を歓迎している。その事に僕の胸は再び痛んだ。海丈は切の言葉に目を輝かせ、その気になっているようだ。僕はちらりと波墨を見る。彼はやれやれと言った様子で、溜息を洩らした。
「海丈殿は鬼の村で”保護”するべきでしょう。存在が余りにも罪過ぎる」
僕が半眼になって波墨を見るが、波墨は波墨で開き直って涼しい顔をしている。最終的に僕は溜息を吐いた。
「仕方がない……」
「切と一緒にいれるのか……!?」
海丈が喜んでいる。切に触れようとする海丈の前に遮り、僕は彼を睨んだ。すると海丈も僕を睨む。
波墨の言った通り、厄介な事になりそうだ。
焔、散る。 あはの のちまき @mado63_ize
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