海と約束・弐
「……人間です」
観察していた
「切、オレだ」
「……
こくこくと、海丈と呼ばれた青年は頷く。僕は切に視線を移した。
「知り合いなのか、切?」
「嗚呼。だが、彼は人間だ……寿命が」
切を知っている人間は、百年前、切が鬼の村に行ったきり、会えていないし、死んでいる筈だ。青年は何者なのか、考えた僕を他所に、海丈は切に詰め寄り、その細い手首を掴んだ。そして、軽々と横抱きにする。
「……っ」
「切、逃げるぞ!」
海丈は鳥居の方へ走り出した。はっとして、僕は叫ぶ。
「! 駄目だ、それは駄目だ……!」
「煩い! 怪物風情が、切に触るな!」
僕の必死の呼びかけに、海丈は問答無用で切を運ぶ。
だが、
鳥居を潜ると、火花が鳴った。切だけが鳥居に弾かれた様に、内側に弾け飛ぶ。そのまま海丈は、鳥居の外側の階段へ転がり落ちる。
「切……!」
僕は直ぐさま切に駆け寄り、容態を伺った。切の服と肌が軽く焼けている。意識が朦朧としている彼を、來嘉は抱きしめた。
「……切が付けている”鈴”。あれは、道具を拘束する為の道具」
焔が舞う。僕は再び切を見つめた。すると、頬に痩せた手が触れる。切が目を覚まし、僕を見つめていた。
「切……」
「大丈夫だ、來嘉」
切はよろけながら立ち上がり、鳥居の先を見ようとした。咄嗟に僕は彼の肩を抱く。
「海丈は……」
切が呟く。その名前に、僕の胸は痛んだ。鳥居の先は、石造りの下り階段になっている。落ちたら人間なら死亡するだろう。
「……彼は、何者なんだ?」
「いってて、オレは人間だっての」
階段から海丈が登ってきた。頭を抑え、痛そうにしながらも、平気そうに鳥居を潜る。僕は驚いて海丈を睨みつけた。
「嘘だ。人間が切を知る筈がない」
「オレは切を知ってる。一緒に暮らしてた事があるし」
「何……」
「オレはずっと切を探してた」
海丈は真っ直ぐな瞳で切を見る。眩しい顔だ。嫉妬に溺れそうになるほど、輝いて。彼は瞳と同じ真っ直ぐした声で、切に言った。
「帰ろう、切」
…
「……それは出来ない」
切の応えに海丈はむっとする。
「なんで、なんでだ、切……!」
「海丈に会えた。それは嬉しい。だが、俺は今の生活が楽しい」
海丈が初めて僕を見る。その瞳には、憎悪すら宿っていた。
「認めない……! 切は、切はオレのものだ!」
その言葉に、僕もむっとしたのだ。
「認めないのは僕だ。切は僕の大切な人だ」
「お前なんかが切の隣にいたら駄目なんだよ!」
「何の根拠がある?」
「お、落ち着いてくれ、二人とも……」
切が少し困ったように言う。そのやり取りを眺めていた波墨は、ため息をそっと吐いた。
「また、厄介な事になりそうですね……」
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