かげりゆく日本
去年に僕は成人式を迎えた。若者を元気づけるように「皆さんの力で日本を再生しましょう」と市長は壇上で胸を張った。僕がどんな気分でその公演を聴いていたか彼は分かっていただろうか。
落第生のテスト計画を聞かされている気分だった。一夜漬けで何とかなる、ヘマをしても誰かのせいにすればいい、成績が下がってもその時はその時だ……
その年——2025年には多くの懸念があった。もののズバリ「2025年問題」なんて用語があったくらいだ。
そして
日経平均は5万円の大台を突破した。新聞は「失われた30年の終焉」と書き立てた。日本初の女性総理が誕生し、万博も映画も大盛り上がりだった。けれども、足元を見れば出生数は70万人を割り込み、10人に3人が65歳以上という「超高齢化社会」が音もなく完成していた。
都会や観光地と呼ばれる場所から一歩でも出れば、あっという間にあぜ道と老朽化した施設が立ち並ぶような状態だ。
数字だけが着飾って踊り、中身はボロボロに朽ち果てている。お偉いさん方は耳ざわりのいい言葉を並べるけれど、誰も本当の責任を取ろうとはしない。問題が起きれば「想定外だった」と逃げ、誰かを叩いて溜飲を下げる。
そんな大人が、僕らに「未来を作れ」と宣うのだ。
いや、実際のところ、失望は去年だけの話ではなかった。
誰が悪い、何が悪い、なんで、どうして、どうすれば。
そんな言葉がクルクルと頭を回る。考えたくないと何度も思った。
僕はその良し悪しを決められなくて、ただ「勘弁してほしい」とだけ思っていた。
僕は、この寂れたサークルから「学びの輪」を広めたかった。
本を読み、議論し、自分の頭で考えること。それこそが、今の日本を救う唯一の道だと信じていた。
イマヌエル・カントは「啓蒙とは、人間が自分の未成年状態から抜け出ることである」と述べた。
自分の理性を他人の指導なしに使う勇気を持つこと。成年になること。僕は新入生に、その「勇気」を説いて回った。
タイパやAIの要約に頼らず、泥臭く言葉と向き合おうと。
けれど、返ってきたのは、あの決定的な一言だった。
「……
その瞬間、僕の中で何かが音を立てて折れた。
「難しくない」ことを懇切丁寧に説明した後で、それを言うのか。
いいや、彼らにとっては「難しい」かどうかなんてどうでもいい。要するにそれを自分でやることが面倒なだけなのだ。
だから「なんか」という言葉で、考えることそのものを拒絶する。
親にお金を出してもらい、大学に来ているくせに、あらゆる選択から「なんか」という膜を張って逃げ続ける。これからも、ずっとそうするだろう。
そしていざ社会が傾けば、被害者面をして政治や時代のせいにする。
悪いのは大人達だけではなかった。
「先輩。結局、みんな未成年のままいたいんですよ。誰かに正解を決めてもらって、自分は責任のない場所でぬくぬくとしていたい……そんな人々が大半の未来に、希望なんて持てますか?」
ちょっとカッとなって声を荒らげる僕を、先輩は相変わらずのマイペースさで見つめていた。
ふーむ、と考えるしぐさをした後、いつもの苦笑いを浮かべた。
「……わっかんない」
「後輩からの最後の相談なんで、もうちょっと真剣に考えてほしいんですけど」
「日本滅ぶね、って答えてほしいの? そうして欲しそうに見えるんだけど」
「それは――」
そうかもしれない。だから、
「僕、こんな未来に希望なんて持てないですよ」
ぶっちゃけた。けれども、その手は先輩の予想通りだったらしい。
「君が希望を持てる時代かどうかなんて、知ったこっちゃないんだよ」
先輩は、手の中のチョコを眺めながら、冷めた声で続けた。
「そうやって被害者ぶるの、私は好きじゃない」
「僕のどこが
「君も、『なんか』という言葉で断った子も、結局は同じ座標にいるんだよ。自分が傷つかないための防壁を張ってるって意味ではね」
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