僕は点ピーになりたい

脳幹 まこと

最後の日


 2026年1月も終わりに近づいてきた。

 後期の期末試験を終えた僕は、吸い寄せられるように、あの狭く、埃っぽい部室へと向かった。

 就職活動が本格化している。それが決して順調というわけでもないのだけど、「今日くらいはいいや」という甘ったれが捨てられず、僕は重い足取りでドアを開けた。誰かに会いたいわけでもない。

 ただ、冷たい風の吹く屋外や、情報の濁流が流れ込むスマホの画面から、物理的に身を隠したかっただけだ。


 そしたら先輩に会った。

 机に積まれた本を片付けるでもなく、お徳用のチョコを口に放り込んでいた。


「うっす」

「どうも。先輩、相変わらずぽっちゃりしてますね」

「愛嬌のある、ね」


 ​先輩は僕の一つ上。卒業研究の発表を目前に控え、内定もすでに取っている。この廃墟のような部室に彼女が来るのも、今日が最後かもしれない。



​「先輩はどんな会社に行くんですか?」

「まあ、ほどほどのところ。君もあんまり根を詰めない方がいいよ。どうせ世の中、なるようにしかなんないんだから」


 先輩はなんというか、マイペースな人だった。良くも悪くも適当で、他の人には打ち明けられないことも、すんなり受け止めてくれるというか、受け取ったふりをするというか。

 だから僕は先輩には色々と相談してきた。この人は黙って全部聞いた後、それから困ったように笑って「わかんない」と返すのがお約束でもあった。



​「このサークルも、僕の代で終わりです。二十年も続いてきたのに。すいません、僕の代で潰しちゃって」

「ま、しかたないよ。欲しがる人がいなきゃ、消える。それだけのことじゃん」

「先輩が最後の一人だったら、どう思います?」

「どうって、どうも思わない、かな」

「冷たいなあ」

「そう?」


 今年で二十年続いたこのサークルも、維持が困難として廃部となる。

 昔は部員も多く、部室もずっと広かったらしい。

 部室の棚にある、先輩達が読み継いできたボロボロの文庫本。僕はそれらをすべては読めなかったけれども、どれも面白いものばかりだった。これらはもう、誰の手にも触れられず、ただの紙の束として処分されることになる。


 本読み仲間が集まって課題図書をレビューしたり、教養を深めたり、図書館で本の読み方を講義したり、ビブリオバトルしたり、その様子をサイトに上げたり様々やっていたが、年々寂れてゆく一方だった。


 僕はどうしても「しかたない」で済ませられなかった。

 サークルの件にしてもそうだが、いろいろな点が「しかたない」で片づけられなかった。


「……僕が今までやってきたことって、ゴミみたいな時間だったんですかね?」


 堰を切ったように、口走っていた。


​「AIが全部答えを出してくれる時代になって、過程をすっ飛ばして効率だけが正義になった。本を読むなんて非効率なことは、バグみたいに排除される」


 先輩はチョコを噛む手を止め、困ったように僕を見た。


「なんか、どこを見ても答え合わせばっかりで。正解か不正解か。効率的か非効率か。僕という人間も、結局はその統計データの中の一点に過ぎないんだなって、就活してると痛感するんですよ」


 悲観的な気持ちが、喉元からドロリと溢れた。


「んー、どしたー?」


 止めたかった。けれども止まらずに僕は言う。


「……やっぱり日本って滅んじゃうんですかね?」

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