第7話 休日 後編

『ぎゃおぉおおおおおお!!』

『いやぁああああああ!?』


 ホラー映画が始まり、約30分。

 スクリーン上ではゾンビと化した一般市民が、まだ正常な一般市民を襲うという光景が映し出されていた。


 ゾンビに噛みつかれたものは自我を失い、新たなゾンビとなって人々を襲い始める。いわゆるパンデミックってやつだな。


 しかし、演出やゾンビの造形などがかなりリアルに作り込まれているため、映画としてのクオリティは高いと感じる。

 特にゾンビに襲われているシーンなんかのリアリティは想像以上で、俺も少しビクッとなってしまった。


「ほわぁ……」


 しかし、七瀬はそんなシーンを見ても目を輝かせてスクリーンの光景に集中していた。

 全く怖がる素振りもなく、心の底から映画を楽しんでいる。そんな表情だった。


 そして、映画を見る前に購入していたポップコーンも既に底をついていた。

 割と血しぶきとか飛んでるのに、よく食べきる食欲があるよな。俺ですら若干、食欲がなくなるレベルなのに。

 

 ホラー耐性があるってのは知ってたけど、まさかここまでとは……。

 一方、ホラー耐性がない五十嵐はというと――。


「っ!?」


 大きな音が鳴るたびにビクッと身体を震わせ、悲鳴が上がるたびにビクッと身体を震わせ、血しぶきが上がればそれ以上にビクッと身体を震わせる。

 そんな状態だった。七瀬とはまさに対照的な反応である。


 しかしそんな状態にもかかわらず、スクリーンから視線を外さない限り彼女の意地を感じ取ることができる。

 怖いのなら無理をしてまで見る必要はないと思うんだけどな。


『ぐわぁああああ!!』

『いやぁあああああ!?』


 まさにその時スクリーン上ではゾンビが一般人の首元に噛みつき、そのまま噛みちぎられるというショッキングな映像が流れた。

 これまで以上に派手な血しぶきが上がり、噛みちぎられた一般人の顔が悲壮な顔に歪みながら地面にポトッと落ちる。

 どんな技術を使っているのか分からないが、なかなかにリアルな映像で俺も思わず「うわぁ……」と呟くほど。

 

 これ、五十嵐耐え切れないんじゃ?

 心配で視線を右隣に向けようとすると、


ぎゅっ!


「っ!?」


 俺の右手が何か温かく、そして柔らかい感触に包まれる。な、なんだこの今までに経験した事のない、温かみは!?

 こ、これは、まさか……。視線だけで右隣の様子をうかがう。


 すると、そこにはギュッと目を瞑り、プルプルと震える五十嵐の姿が。そして、彼女の左手はしっかりと俺の右手を握り締めていた。


(い、五十嵐が、俺の、俺の手を!?)


 恐らく無意識なのだろうが、彼女の手は俺の手をしっかりと握り締めている。

 いわゆる恋人繋ぎのような甘酸っぱいつなぎ方ではないが、俺にとってはさしたる問題ではない。

 五十嵐が俺の手を握っている。この事実こそ一番大事なことであった。


「…………」


 彼女にとってあまりにショッキングな映像だったのか、場面が切り替わっても変わらず目をギュッと瞑り、俺の手を握り締めている。


 五十嵐の手はすべすべで、そしてほんのり温かくいつまでも握っていてほしいと思うほど。野球をやっている影響で少し無骨な俺の手とは大違いだ。


(怖がっているところ悪いけど、俺にとっては役得すぎる……)


 まさか五十嵐の手を繋ぐ(握られてるだけとか言うな!)のが、まさか映画館になるなんて。

 この握られた右手は今日、洗わないでおこう。

 

 そして、手を握られたまま映画は進行していき、そのままエンディングとなった。


「うんうん、やっぱりホラー映画はこうじゃないと」


 隣で満足げにスタッフロールを見つめる七瀬。あなたがホラー映画を楽しめたようで何よりです。

 

「…………」


 しかし、俺の右隣の人は憔悴しきっていますよ?

 映画を見る前と比較し、頬がげっそりとこけた気がする。スタッフロールを見つめる瞳もどこか虚ろで、光を失っていた。まるですべてを失った廃人のようだ。


(……それにしても、この手はいつまでこのままなんだろう?)


 スタッフロールも後半に差し掛かっているはずだが、一向に彼女が俺の手を離す気配がない。

 あの場面以降、俺と五十嵐の手は繋がれたままであり、そのままエンディングを迎えている。

 

 五十嵐の性格的に、怖い場面が終わったらすぐに手を離しそうなんだけど……。

 ただ、俺から指摘するわけにはいかないし、そもそも俺が手を離してほしいと思ってないから指摘するつもりもない。

 これで彼女から理不尽に怒られても一向に構うもんか。俺は今、この時を大切にしたいんだ!!


 心の中で中二病の俺が叫んでいると、スタッフロールが終わりを迎え、館内に明かりが灯る。


 すると、その瞬間、パッと勢いよく五十嵐が握り締めていた手を離した。

 どうやら映画が終わったことで我に返ったらしい。分かっちゃいたけど、そんなに勢いよく手を離さなくても……。

 まるで汚いものに触れ続けたみたいな反応じゃん。


 チラッと彼女の横顔を盗み見したが、特に変わった様子はない。むしろ、手を繋いでいた事実など、どこかへ忘れ去っているようだった。


(……はぁ。少し舞い上がってた俺がバカみたいだな)


 映画の終了と共に俺の思考も現実に引き戻され、五十嵐に聞こえないようため息をつく。

 やっぱり現実はそう甘くはないようだ。まあ、いい経験ができたということで心に刻んでおこう。


 他の人が動き出したと同時に俺たち三人も映画館の外へ。

 丁度、映画を見終わった時間がお昼時だったので、そのままフードコートへ向かう。


「姫奈のせいで酷い目にあったじゃない!」


 各自、お昼ご飯を注文し席に着いたところで、開口一番五十嵐が叫ぶ。

 ドンッと結構強めに机を叩いたので周りの人から何事かと注目されたが、お構いなしである。

 ただし、彼女の気持ちも分からないでもない。苦手なホラー系の映画に無理やり付き合わされ、トラウマになりかけたのだ。

 俺だって当事者だったら似たような反応になったかもな。


「でも結構面白くなかった?」

「怖すぎて内容なんてさっぱりだったわよ!」


 呑気にそばを啜りながら答える七瀬に、再び五十嵐から一喝が入る。

 しかし、七瀬本人はあまり反省した様子はない。それを見て五十嵐も怒ることを諦めたのは、「はぁ……」と深めにため息をつく。 


「全く……次誘われても絶対に見ないからね」

「そうはいっても、なんだかんだ渚ちゃんは次も付き合ってくれるんだよね?」

「フリじゃないわよ!」

「まあまあ、その辺にしとけって。五十嵐も、早く食べないと冷めるぞ」

「……むぅ」


 納得した様子はなかったが、俺の指摘通り飯が冷めてもと思ったのか、注文した某ファストフードのチーズバーガーにかじりつく。

 食欲はないかと思ったが、ビビり過ぎて逆にお腹が減ったらしい。ちなみに俺はかつ丼。うまいよね、かつ丼。


「それで、この後はどうするんだ?」


 それぞれ昼ご飯を食べ終えたところで俺から二人に尋ねる。

 このままお店に向かってもいいし、なんならゲーセンで遊んでもいいかな。何でもこのショッピングモール内にあるゲーセンは、日本でも有数の広さを誇るらしい。

 定番のクレーンゲームから、音ゲーやその他ゲームも多数そろえており、一日では遊びきれないほどであると噂だ。


「じゃあ、ゲームセンターに行こうよ! 何でも、ここのゲームセンターは日本で一番クレーンゲームの数が多いみたいだし」

「そんなにクレーンゲームがあっても、遊びきれないでしょ?」

「ちっちっち。分かってないな~、渚ちゃんは。数はロマンなんだよ! そう、私たちはクレーンゲームをやりに行くんじゃなくて、ロマンの塊を見に行くようなものなだよ!」

「私、姫奈の言っていることが何一つ理解できないんだけど……」


 七瀬のとんでも理論に、五十嵐が頭を抱えている。そして、救いを求めるように俺に視線を向けてきた。

 五十嵐の方から助けを求めてくるなんて。珍しいこともあるもんだ。これはさっきのゾンビ映画がよっぽど堪えたとみる。


「確かに数はロマンだよな。俺も分かるぞ」

「さっすが、はー君!」

「裏切り者!!」


 すまないな、五十嵐。男はどうしても大きいものや数の多いものにロマンを感じずにはいられないんだ。

 裏切る形になってしまい、大変申し訳なくは思っているが許してほしい。


 というわけで、俺たちは次の目的地であるゲームセンターへ。


「お~、ここがゲームセンターか」

「……確かに滅茶苦茶広いわね」

「目の前、クレーンゲームしかないんだけど」


 3人そろって目の前に広がる圧倒的な光景に、目を奪われる。

 

 日本有数の広さとの触れ込み通り、無茶苦茶に広い。それは入り口から中を覗いただけでもよく分かった。

 そして、目の前には大小様々なクレーンゲームがこれでもかと敷き詰められていた。

 景品もお菓子からアニメなどのフィギュア、よく分からないキーホルダーなど色々で、目的の筐体を見つけるまでにも時間がかかりそうである。


「ねぇねぇ、これやってみようよ! う〇い棒を乱獲できそうだよ!」


 ゆっくり自分のやりたいものを探そうと思ったら、一目散に七瀬が目の前の筐体にかけていく。

 どうやら今日の七瀬は相当テンションが高いらしい。学校だともう少し落ち着いてるから、少しだけ新鮮だ。


「う〇い棒って、別にコンビニとかでも買えるんだし、もっと別のやつの方が良いんじゃない?」

「渚ちゃん、ゲームセンターで獲得できるう〇い棒は、そんじょそこらのう〇い棒とはわけが違うんだよ?」

「……柊。姫奈を何とかしなさい」

「自分の手に負えないからって、俺に丸投げすんな」


 先ほどのロマンが分からない五十嵐じゃ、七瀬の言ったことは理解できないだろうな。

 とれるかとれないか分からない、そのギリギリの狭間でとれた時の快感。これはコンビニなどで買った時には得られないものだ。

 だからこそ、クレーンゲームというある意味合理的ではない娯楽がずっと残り続けているのだろう。


「よしっ、やってみるね!」


 対応を丸投げされている間に七瀬は100円を投じて、クレーンゲームを操作し始めていた。


「むむっ……このあたりか?」


 慎重に場所を見極めている七瀬。恐らく雑にやっても1~2本は間違いなく撮れるだろうが、100円を投入したからには10本前後は獲得したいところだ。


「よし……ここだぁ!」


 将棋の王手並みに気合を入れてボタンを押す。

 閉校移動していたアームはその場所で一時停止し、う〇い棒の山めがけて今度は垂直に進んでいく。

 そのまま勢いよくうまい棒の山へ突撃し、


がらがらがら


「やったー!」

「っ!?」

「おぉ!」


 勢いよくう〇い棒の山が崩れ、目測でも10本以上のう〇い棒が穴の中へ。

 七瀬が両手を上げ、そして俺たちに向かってピースサインを向ける。


「……まさか、本当にこんなとれるなんて」


 う〇い棒を回収する七瀬を、五十嵐が半分呆れ、半分感心したように見下ろす。

 俺もとれるとは思ったけど、こんなにとれると考えていなかったからびっくりしている。

 中学時代から七瀬は運のよい印象があったが、その認識はやはり間違っていなかったようだ。いや、運が良いというよりはチャンスを掴むのがうまいとでもいうべきだろう。

 やっぱり何事においてもある程度の勢いって大事なんだな。


 その後はう〇い棒以外のお菓子がとれるクレーンゲームにチャレンジしたり、ハマっていたアニメのフィギュアをとろうとして撃沈したり、3人でレースゲームや音ゲーを楽しんだりと、圧倒間に2時間ほどが経過していた。


「あっ、ヤバい! 遊びに夢中で今日の目的忘れてた!」


 スマホで時間を確認していた七瀬が驚いたような声を上げる。

 俺も彼女に倣って時間を確認すると、既に午後の3時を回っており、時間を忘れて遊び過ぎてしまったようだ。


「目的のお菓子ってまだ売ってるのか?」

「多分大丈夫だと思うけど……心配だからダッシュで向かおう!」

「あっ、ちょっと姫奈! う〇い棒落としてるわよ!!」


 ぽろぽろと七瀬の鞄から落ちるう〇い棒を二人で拾いつつ、今日の目的地であるお店へとダッシュで向かう俺達。

 今さら急いだところで変わらないと思うけど、七瀬本人に聞こえていないので仕方がない。

 というか、足早いな。少なくともここまで運動神経は良くなかったはずだけど……意味は違うかもしれないが火事場の馬鹿力が働いているのかも。


 そして、そのまま走り続けること約5分


「着いた!」

「はぁはぁはぁ……姫奈、足早すぎ」

「ここが目的の場所か」


 俺たちは迷うことなく無事、目的地に到着していた。

 美月から見せてもらった画像そのまま、よく言えばカラフル、悪く言えば目に悪そうな色で統一された内装は、確かに今どきを追い続ける女子中高生にとってはポップで、刺激的に映るだろう。


「思ってた倍、男が入りにくい場所だな」

「まあ、確かにそうかも。現に、ほとんど男の子いないしね」

 

 入り口から見える店内は限定されているが、パッと見る限り七瀬の言った通り男の陰は全く見えない。見えるのは今どきの格好に身を包んだ女の子だけである。

 中に入ればカップルの一組や二組、いるかもしれないけど、男にとって入りにくい内装というのは変わりなかった。


「まあまあ、今日は私たちがついてるから安心して!」

「こんなのサクッと済ませれば大丈夫よ」

「おっ、渚ちゃん。無事復活したみたいだね!」

「誰のせいでグロッキーになってたと思ってるのよ!?」

「まあまあ。ほら、無くならないうちに早く行こっ!」

「あっ、ちょっと待ちなさい!」

「お、置いて行かないでくれ……」


 コントのようなやり取りを繰り広げる二人を追いかけるように俺も店内へ。

 店内は入り口以上にポップな装飾となっており、男は俺を含めても2名しかいなかった。

 これは二人と一緒にきて正解だったな。五十嵐たちがいなかったら、俺はこの肩身の狭い空間でお菓子を探すことになっていたと思うとゾッとする。


「えーっと、目的のお菓子はどこだろ?」

「……あっ、これじゃない?」


 五十嵐が手に取ったお菓子は確かに美月が所望していたものと同じだった。

 売り切れも覚悟してた分、あっさり見つかって少し拍子抜けである。


「人数分以上残ってるから、私たちでバトルロワイアルをする必要もないね」

「シレっと、とんでもないことを言わないでくれ」


 どうして、たかがお菓子の為に俺たちは殺し合いをしなければならないんだ。


「よし、3人分確保! これで私たちも含めてミッションコンプリート!」

「ほんと、助かったよ。二人ともありがとう」

「ま、まあ、たまたま目的地が一緒でよかったわね」


 五十嵐の言う通りだ。それに目的のモノを買うだけでなく、五十嵐たちと遊べて俺からしてみれば一石二鳥である。

 まさかGW最終日にこんなご褒美が待っていただなんて。野球部の練習を頑張ったかいがあったな。


「じゃあ早速お会計に……」

「あっ、ちょっと待って。色々買い物に付き合って貰ったから、何かお礼をさせてくれよ」

「えっ、いいの? 何でも?」

「で、できれば1,000円以内で……」


 たまたまとはいえ、色々と付き合ってもらったんだ。

 お小遣いは野球漬けで貯まる一方だったから、多少の余裕はある。……ただし、現実的な範囲でお願いします(懇願)。


「うそうそ、冗談だよ。というか、別に気を遣わなくてもいいのに」

「そうよ。目的は一緒だったんだから」

「俺の気持ちの問題だから気にしないでくれ」

「そこまで言うなら、お言葉に甘えようかな。丁度、おいしそうなお菓子があったんだよね~」


 ふらふらとお菓子コーナーへ歩いていく七瀬。一方、五十嵐はまだ少しだけ渋っているようだった。


「ほら、五十嵐も遠慮するなって」

「だ、だって……」

「普段の言動の方が百倍遠慮してないんだから、これくらい気にすんなよ」

「失礼ね!」

「俺は事実を言っただけだ」


 しかし、そこまで言ったことで吹っ切れたのか、五十嵐も好きなモノを探しに店内へ。

 

「はー君、私はこれ!」

「おぉ、早いな……って、なにこれ?」

「七色のポテトチップス!」

「……俺は別にいいけど、美味しいのかこれ?」

「わかんない!」


 それでいいのかと思ったが、七瀬が満足そうなので良しとしよう。

 しかし、どんな味がするのやら。もしかすると、バズらせるために売り出しているのかもしれない。


「まあいいや。じゃあ、残りは五十嵐か」


 彼女が向かった方向に歩いていくと、ある一点を見つめる五十嵐の姿が目に入る。

 視線の先には最近流行りのキャラクターキーホルダーが。


「なんだ、それが欲しいのか?」

「ひゃっ!?」


 余程集中していたのか、声をかけると甲高い声を上げる五十嵐。


「ちょ、ちょっと、急に声をかけてこないでよ! びっくりしたじゃない!」

「わ、悪い。まさかそんなに集中しているとは思わなかったから。それで、五十嵐はそれが欲しいのか?」

「えっ? い、いや、その……」


 分かりやすく五十嵐の視線がキーホルダーと俺の間を右往左往し始める。

 これはもう答えを言っているようなものだろう。


「これだな」

「あっ……」

「よし、じゃあ会計を済ませるか。行こうぜ」

「……あ、ありがと」

「おう」


 ちょっと気恥ずかしくなった俺は彼女から視線を逸らす。

 ここでもう少しカッコつけられたらよかったのだが、それができていれば今頃五十嵐との仲は元通りに戻っていたことだろう。


 そうして、七瀬と合流後会計を済ませて俺たちはお店を後にする。

 ちなみに俺がキーホルダーを持っていると分かった瞬間、五十嵐が死ぬほど七瀬にいじられていた。

 内容までは聞こえてこなかったけど、五十嵐の顔が真っ赤に染まっていたのだけは分かった。一体、何を言われていたのやら。


「うーん、今日は楽しかったね~」


 ショッピングモールから出た七瀬が大きく伸びをする。

 彼女の言う通り、なんだかんだ充実した一日だったな。こんなに遊んだのも久し振りな気がする。今度は翔も誘って4人で遊びたいな。


「ありがとな。今日は買い物に付き合ってもらって」

「それはこっちのセリフだよ。むしろこっちが色々連れまわしちゃったし」

「それはそうか」

「も~。そこは気にしてないよって言ってたらカッコよかったのに」


 ぷくっと不満げに頬を膨らませる七瀬。

 しまった。俺がモテるにはまだまだ女心の理解が足りないらしい。女心とは複雑怪奇である。


「でも、楽しかったからオッケーだよ! ねっ、渚ちゃん?」

「ま、まあね。柊にしてはいいエスコートだったと思うわよ」

「またそういうこと言う~」

「いいって。俺も慣れてるから。そんじゃ、また明日学校で」

「うん! またねはー君!」

「じゃ、じゃあね」


 二人と別れた俺は自転車を走らせ、妹が帰りを待つ自宅へと向かうのだった。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 自宅にて。


「……うーん、このお菓子。やっぱり微妙だね」

「じゃあなんでこいつを所望したんだよ?」

「怖いもの見たさに頼んじゃいました」 

「ちょっと俺も一口……うん、確かに微妙だ」

「でしょ?」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 とあるやり取り。


「ねぇねぇ」

「な、なによ?」

「私知ってるよ。映画館で渚ちゃんがはー君の手をギュッと握ったこと」

「っ!? あ、あれは仕方なく。仕方なくよ!」

「でも~、怖い場面が終わってた後も手を握ってたのは、どう説明するのかな?」

「……ば、バカなこと言ってないで早く帰るわよ!」

「あっ、逃げられちゃった」

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幼馴染な俺たちは素直になりたい @renzowait

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