第6話 休日 前編

「兄さん兄さん」

「何だい、我が妹よ」


 世間でいう所のGW最終日。

 ソファで寝転んでテレビを見ていた俺に、妹である柊美月が声をかけてくる。


 高校生活2度目のGWのほとんどは野球部の練習に潰れており、最終日だけ休みとなっていた。

 俺は練習好きだからいいけど、顧問の先生もよく付き合ってくれるよ。残業代や休日出勤手当だってそこまで多く貰えるわけじゃないだろうに。

 ほんと、好きだから付き合ってくれてるんだろうな。頭が下がるばっかりだ。


「私の代わりに買い物へ行ってきてほしいのです」

「えっと、前日まで野球部の練習漬けでようやく休みが取れた俺に、わざわざ買い物へ行けと?」

「はい、その通りです」

「なんたる鬼畜!!」


 いつものポーカーフェイスを崩すことなく、兄をこき使おうとしてくる妹。

 鬼畜の極みすぎて、もはや可愛いまである。


「私としてはせっかくの休みに午前中からダラダラとソファで寝ているより、妹の買い物を代わりに行ってきてくれた方がはるかに有意義だと思います」

「絶妙に否定しずらい理論を展開してくるのはやめてくれ」


 妹の言う通り、このままダラダラと家でGW最後の休みを過ごすよりは、妹の買い物であれ外に出たほうが賢明な判断なのかもしれない。

 可愛い妹の言うことだ、きっと間違いないだろう(錯乱)。


「……しゃーない。お兄ちゃんが妹の為に一肌脱いであげるとしますか」

「ちょろい」

「えっ? 今ちょろいって?」

「お兄ちゃん大好き、ヤッター」

「何だ聞き間違いか」


 ちょろいと言われたような気がするが、うちの妹に限ってそんなこと言わないはずだ。

 なんてたって可愛いだけじゃなく性格もいいからな。腹黒いことを言うなんて、神様に誓ってあるはずがない。


「それで、俺はどこに行って、何を買ってきたらいいんだ?」

「少し前に新しいショッピングモールができたでしょ? その中に入っている、高校生女子御用達のお店でとあるお菓子を買ってきてほしいのです」


 美月が見せてきたスマホの画面には、お目当てと思われるやたらピンク色が強調されたお菓子の画像が。

 ……こう言っちゃなんだが、本当にこんなのが欲しいのか? これ買うくらいなら、その辺のコンビニで適当に定番のお菓子を買ったほうがましに思う。

 しかし、もしかすると今どきの女子中学生にはこんなのが流行っているかもしれない。

 女子中学生の感覚というのは俺にとって到底理解できそうにないが、否定しないのも大事だろう。


「買ってくるのはいいけど、このお店って俺みたいな男も入れるの?」

「大の大人ならヤバいかもだけど、兄さんなら大丈夫。ぴちぴちの高校生なんだし」

「ぴちぴちって、その言葉は主に女性に対して使うんじゃ?」

「気にしない気にしない。ほら、早くしないと売り切れちゃうと思うから準備して」

「どうして行かない妹に主導権を握られているのか」


 俺の疑問も空しく、あっという間に外行きの格好に着がえさせられる俺。

 コーディネイトはもちろん、妹である美月だ。俺の頭にはお洒落という概念が存在しないので、美月に格好を整えてもらわないとえらいことになる。

 多分、ジャージとかでこのキャピキャピしたお店に突入していただろう。


「ほい、じゃあ行ってらっしゃーい」

「行ってきます」


 そして、美月に促されるまま目的のショッピングモールへ向かうのだった。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 とあるメッセージ。


『渚ちゃん。兄さんは出発したから、後は頑張って』

『う、うん……』

『報酬はハーゲンダッツで、よろしく』

『うぐっ……し、仕方ないわね』


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 



 


「取り敢えず到着したけど……人が凄いな」


 家から自転車を走らせること約15分。

 目的地であるショッピングモールの入り口で思わず独り言をつぶやく。

 それほどまでに、ショッピングモール内は人で溢れかえっていた。


 家族連れ、カップル、友達……などなど、それぞれの人たちがそれぞれの目的の為にごった返している状況。

 部活以外で家を出ない俺にとって、この人ごみは中々に高難易度のダンジョンである。


 しかし、このままボーっとしていては妹が求めるお菓子も買えなくなってしまうので、ひるむことなく突入しなければ。

 覚悟を決めて俺が中に入ろうとしているまさにその瞬間。


「あ、あらっ、柊じゃない! こんなところで珍しい」

「そ、その声は!?」


 聞き慣れた声が後ろから聞こえてきた俺は、思わず身構える。

 学校ではよく聞いてるけど、まさかこんなところでお前の声を聴くことになるとはな……。


「い、五十嵐……お前だったのか」

「なんで強敵と遭遇したときのような反応なのよ!?」

「やっほー、はー君」


 声の主はもちろん、五十嵐。そして、彼女の後ろからひょっこりと顔を出したのは、親友でもある七瀬。

 どうしてこの二人がこの混雑するショッピングモールに?


「おっ、どうして私たちがここにいるのかって顔してるね?」

「なっ……よく人の顔見ただけで考えてることが分かるな」

「名探偵姫奈さんですから!」


 ドヤ顔でよく分からないことを言う七瀬はさておき、二人がここにいる理由を尋ねる。


「どうして二人はここにいるんだ?」

「それはね、はー君の妹であるみつきちゃ……んぐぐっ!?」

「た、たまたまよ。たまたま!」


 何かを言いかけた七瀬の口を大慌てで塞ぐ五十嵐。


「今、妹がどうのこうのって聞こえた気がするんだけど?」

「気のせいよ、気のせい! たまたま友人が、たまたまショッピングモールにいることも多いでしょ。それと同じで、私たちもたまたまよ」

「うーん、そうなのか?」

「たまたま! だからね?」

「はい、その通りですね」


 いつも以上のすごみで睨まれ、頷くしかない俺。何に対して焦っているのか知らないが、そのすごみは女子高生が出しちゃいけない気がする。

 あと、そろそろ七瀬の口から手を離してあげてほしい。顔が真っ青を通り越して紫色になってるから。


「あっ、だけど丁度良かったかもな」

「何が丁度いいのよ?」

「実は、妹からこの店で、このお菓子を買って来いって言われてな。俺一人じゃ入店しずらい雰囲気で、ちょっと困ってたんだよ」


 美月から送ってもらった画像を見せつつ、二人に話す。二人と一緒であれば俺も幾分か入りやすくなる。

 女子高生御用達のようなお店に、現役女子高校生と一緒に入るのであれば全く違和感はなくなるからな。

 五十嵐はともかく、七瀬に頼み込めば少しだけ時間を貰えるだろう。これでも学校内で翔を除けば一番仲の良い友達であるわけだし。


「あ、アー、偶然ね。ワタシタチモソノオミセニイコウトオモッテタノヨ」


 そしてこれも神様のいたずらか。なんと、五十嵐たちもちょうどそのお店に行こうと思っていたみたいだ。

 偶然も偶然。俺にとってはまさに理想通りの展開。

 一つ気になるとすれば、何故か五十嵐の言葉が全て片言になったくらいか。


「マジか! それなら俺と一緒に付き合ってくれないか?」

「つ、つつ、付き合う!? ちょっと、こんな公然の場で告白なんてしないでよ!」

「そういった意味の付き合うじゃねーよ! 買い物に付き合ってほしいの意味だ!」


 俺だってこんな公然の場で告白するような度胸はねーよ!


「あ、あぁ、そう……」

「あれ? 渚ちゃん、ちょっとがっかりしてない?」

「してない!!」


 二人で何やらコソコソ話しているが俺には聞こえてこない。お、俺の悪口とか言ってないよね?


「はー君のお願いだけど、私はおっけーだよ~。美月ちゃんからお願いされたお菓子、私たちも買おうと思ってたから」

「姫奈の言う通りよ。だから、仕方がないけど、あんたの買い物に付き合ってあげるわ」

「ありがとう。そう言ってくれて滅茶苦茶助かったよ」


 俺はホッと胸をなでおろす。これなら目的のお菓子もすぐに手に入るだろう。

 それを持ってさっさと美月の元に届ければ、今日のミッションはコンプリートだ。


「それじゃあ、お店に向かってれっつごー!」


 ほんわかした七瀬の掛け声とともに俺たちは目的のお店に向かうのだった。

 

 ……向かうはずだったんだけどな。


「えっと、七瀬さん?」

「ん? どうかしたの?」

「どうして俺たちは映画のチケットを買っているのでしょうか?」

「そりゃ、映画を見るからに決まってるじゃん!」

「えっ? 目的のお店に行くんじゃないの?」


 どういうわけか、ショッピングモール最上階にある映画館に足を運んでいた俺達。

 というか、七瀬についてきたらいつの間にか映画館にいたというわけだ。


「お店に行くだけじゃあっという間に終わっちゃうでしょ? 今日はGW最終日なんだし、とことん楽しまないと!」

「そういうものか?」

「そういうものだよ! 渚ちゃんもいいよね?」

「ま、まあ、姫奈の言う通り。私もどうせ今日は暇だったし」


 七瀬の言う通り、休みの最終日だからこそ遊びつくさないと損というわけか。

 五十嵐も特にこの後は暇みたいだし、俺は言わずもがな。

 二人が暇ならば俺に断る理由は特にない。


「二人がいいなら俺も大丈夫だよ」

「よしっ! じゃあ決定だね!」

「ところでどんな映画を見るんだ?」

「もちろん、ホラー映画!」

「もちろんという言葉から、ホラー映画という言葉に繋がるの、初めて聞いたよ」


 てっきり、現在大ヒット上映中の恋愛映画を見るもんだと思ってた。

 そういや、七瀬って昔からホラー系の映画やゲームとか好きだったっけ。

 ……あれ? だけど五十嵐は――。


「ど、どど、どうしてホラーなのよ!?」


 だよね。昔からホラー系、全部苦手だよね。

 というか、七瀬も五十嵐のホラー嫌い知っていたはずだから、これは確信犯である。


「だって、このホラー映画、前からずっと見たかったし」

「だからって、柊が一緒の時に見なくてもいいでしょ!」

「どうしても見たくて……はー君もいいよね?」

「まあ、俺は良いけど」

「裏切ったわね!?」


 涙目で俺の首元を掴んできて、前後にぐわんぐわんと揺らしてくる五十嵐。

 脳みそが震えるのでやめてほしい。

 

 ……しかし、五十嵐がホラー映画で怯える姿が見たかったことも確かなので、若干の罪悪感だ。


「というか、もうチケット買っちゃったから後戻りできないよ」

「今すぐに払い戻ししましょう!」

『10時から上映のゾンビパニックを見られるお客様。入場開始です』

「あっ、ちょうど入場時間みたいだね」

「姫奈、あんた図ったわね?」


 もの凄い形相で詰め寄るも、七瀬はどこ吹く風である。

 恐らく、映画館にくると決めていた時から彼女の策略は始まっていたのだろう。

 それに気付けなかった五十嵐の敗北だ。


「じゃあポップコーンと飲み物を買ってから、中に入ろっか」

「うぅ……姫奈、一生恨むから」


 ぶつぶつ怨念のように呟く五十嵐を引きずるように俺たちは入場ゲートをくぐる。


「えっと、席は……あっ、ここだ」


 七瀬がチケットにかかれている座席番号と席番号を照らし合わせる。

 位置としては本当にど真ん中の特等席。周りを見てもあまり人が入っていない様子から、ほとんどの人は件の恋愛映画に流れているのだろう。

 ホラー映画を見る俺たちは、完全に世間の一般的な流れからはずれていると言わざるを得ない。まあ、七瀬が独断でほとんど決めたんだけど。


「じゃあはー君が真ん中ね」

「えっ? 別に俺は端でいいんだけど」

「そんなこと言わずに。ほら、両手に花だよ?」

「それ、自分で言うことじゃないだろ」


 しかし、彼女の言う通り五十嵐と七瀬を従えているこの状況は、両手に花と言っても差し支えないだろう。

 今日だって、映画館まで一緒に歩いている間、かなりの視線を感じたし。

 二人は慣れているのか特に気にした様子はなかったけど、俺は気が気じゃなかった。


 結局、俺が真ん中であるのは変わらず。左に七瀬、右に五十嵐という席順となった。


「いやー、楽しみだね~」

「…………」


 左右の様子も対照的だ。

 片や楽し気にスクリーンを見つめ、片や真っ青な顔をして俯いている。

 さっきは怯える姿が見たいとか言ったけど、ちょっとだけ可哀想だったかな。


「五十嵐。もし怖かったら俺の右手、握ってもいいからな」

「……そんな事するくらいなら、私は舌を噛んで絶命するわ」


 カッコいいところを見せられるかもと調子のいいことを言ったが、逆効果だったらしい。

 彼女は恥を晒すくらいなら死を選択する。まるで、戦国時代の武将のようだ。


「じゃあ私は怖くなったらはー君の腕に抱き付いちゃおっかな?」

「七瀬はホラー大好きだから怖がったりしないだろ」

「あっ、バレてた?」


 可愛らしくちろっと舌を出す七瀬。あざとい……あざといんだけど、可愛い。

 やっぱり可愛いって正義だな。

 

「…………」

「痛い痛い痛い!? おい! いきなり何すんだ!?」


 七瀬を可愛いと思っていたまさにその瞬間、右手に痛みという名の衝撃が走る。

 慌てて視線を向けると既に五十嵐は手を離しており、現行犯で逮捕できなかった。


「おい! 手を握れってのは握り潰せって意味じゃないぞ!」

「あら、ごめんなさい。そこに丁度握り潰せそうな右手があったからつい」

「ホラー映画よりホラーなことを言わないでくれ……」

「ふんっ!」


 どうして機嫌が悪くなっているかは分からないが、ホラー映画を見ることによって少しはしおらしくなってくれるだろう。


「あっ、そろそろ始まるみたいだよ」

 

 と、ちょうど映画が始まるタイミングとなったので俺はスクリーンに視線を移すのだった。

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