第5話 帰り道
「よしっ、今日の練習はここまで! ゴールデンウイークは練習試合も予定されている。夏の大会までもう時間もないからな。各自、気合を入れて練習するように。ただし、怪我には気を付けろよ。少しでも違和感を感じたら報告するように。以上!」
『はいっ! お疲れ様でした!!』
練習が終了し、帽子をとって顧問である先生に向かって練習終了の挨拶をする。
4月も最終週に突入し、もう少しすれば世間でいう所のゴールデンウィークに突入する、そんな日だった。
世間一般では10連休などといった言葉も聞こえてくるが、学生だと暦通りの休みとなるため、あってもせいぜい5連休くらいである。
また、部活動をしている俺にとってゴールデンウイークとは、勉強をする必要がなくなる代わりに、部活動の時間が増えるといった認識しかなかった。
部活が嫌いな人にとってはよろしくない休みかもしれないが、俺は勉強が嫌いなのでゴールデンウイーク万歳である。
眠くて退屈な授業を受けるより、きつくても時間の進みが早い部活動の方がよっぽどましだからな。
それに先ほど顧問の先生が言った通り、練習試合も多く組まれているので余計に時間の過ぎ去るのは早いだろう。
ちなみに、帰宅部である翔と七瀬は全て休みなので、一番休みで得をしているのは帰宅部なのかもしれない。いや、きっとそうに違いない。
というわけで、練習を終えた俺たちは着替える為部室へ向かう。
いちいち着替えるのも面倒なのだが、流石にこんな泥だらけの練習着のまま帰宅すると、学外からあらぬ苦情を受けかねないので仕方がない。
野球部の部室は野郎しかいないので汚いことこの上ないが、1年も経ってしまえば慣れてしまった。
1年生で初めて部室に入った時は余りの汚さに恐れおののいたものも、もはや懐かしい思い出である。
そんなこんなでいつも通りの制服へ着替えたのち、俺は帰り道が一緒の友人に声をかける。
「おーい、大山。さっさと帰ろうぜ」
「すまん、今日俺は彼女と一緒に帰るから、柊とは一緒に帰れないんだ!」
「あー、そうか彼女と帰るのか。なら仕方ない……って、彼女!?」
「理想的なノリツッコミ、ありがとう」
信じていた友達にいつの間にか彼女ができていた件について。誰でもいいからこのタイトルでラノベを書いてくれ。
友人からのまさかの告白に、軽く絶望する俺。
「は? 彼女ってお前、いつの間に……」
「すまないな。先週、告白されちまって。これだからモテる野球部は辛いぜ」
辛いと言いながら、どこか誇らしげな大山。
得意げに鼻の頭を掻くその姿を見て、頭を引っ叩いてやろうかと思ったけど、彼女のいない俺がみじめになるだけなのでやめた。
「てめぇ! いつの間に彼女なんて!」
「許さねぇぞ!!」
「こいつを部室から出すな!!」
「ぶっ〇してやる!!」
「や、やめろ!! 嫉妬が醜いぞ!!」
それに、わざわざ俺が彼を仕留めなくても、周りの奴ら(先輩後輩含む)が代わりに得意げな大山をボコボコにしてくれるだろう。
まあ、こんなむさくるしい空間で彼女がいる報告をする方が間違っている。
野球部はモテるというのは都市伝説で、俺の見立てだと多分サッカー部の方がよっぽどモテる。
俺たちの野球部は坊主強制じゃないけど、やっぱり爽やかさではサッカー部とか、バスケ部には勝てないからな。
これで甲子園に出ているエースや4番なら話は違うんだけど。
運動部だからモテるという時代はとうの昔に過ぎ去ったらしい。
「……さて、今日は一人で帰るか」
彼を除くと一緒に帰る方向の奴がいないため、俺はボコボコにされる大山をしり目にさっさと部室の外へ。
俺が大山を助ける義理もないし、きっとしばらくしたら解放してくれるだろう。果たして、その時にも彼女が変わらず待ってくれているかは知らないが。
しかし、帰り道が暇になっちまったな。学校から俺の家まで地味に30分くらいかかるんだけど……。
「あっ……」
「えっ?」
と、そこで校舎内からよく見知った顔が出てきて思わず声が漏れる。
「……五十嵐か。なんだ、そっちも部活終わりか?」
「そうよ。見たらわかるでしょ」
丁度、部活終了時間が被った五十嵐が歩いてきたのだった。普段はこんな時間まで練習を行っているイメージがないので珍しい。
いや、思い返すと去年のこの時期もコンクールや応援練習で遅くなってたっけ。
校舎から出てきた彼女は、吹奏楽部に所属していた。
中学時代から吹奏楽部に所属している五十嵐は、高校生になってからも吹奏楽を継続しており、先輩や後輩からもかなり慕われている……と七瀬は言っていた。
まあ、俺とのかかわり以外は人当たりもいいし、真面目だし、慕われるのもある意味当然だろう。その愛想の数パーセントでも俺に対して向けてくれると嬉しんだけど。
神様はいつも悪戯である。
「柊は一人なの? 寂しいわね」
「うるせぇ。いつも一緒に帰ってたやつに彼女ができて、一緒に帰れないんだと」
「あぁ、大山君?」
「そうそう。まあ、無事に部室を出てこれるか怪しいけどな」
「部室で何が行われているのよ……」
呆れたようにため息をつく五十嵐。
というか、俺と帰り道が一緒の大山の名前、よく覚えてたな。
普段はあんまり帰り道で顔会わせることもないのに。
「寂しいって言ってるけど、そっちも一人じゃん」
「私もまあ……あんたと同じ理由よ」
「えっ! 山下さんに彼氏出来たの?」
「みたい。深く聞いてないから誰と付き合ったのかは知らないけど」
多分、大山だろ。タイミング的にも。
くそ、大山のやつ。山下さんを捕まえるなんて……羨ましすぎるだろ!
いや、俺には五十嵐がいるからいいんだけどね!
「というわけだから。じゃあね」
「あぁ、じゃあな」
そういって校門へ向かい、同じ方向へと歩き始める俺達。
「ちょっと! 何ついて来てるのよ! ストーカーなの!?」
「こっちのセリフだ! そもそも、家自体が隣なんだから仕方ないだろ!」
俺たちは幼馴染と言ったが、実は家も隣だったりする。
だからこそ、幼稚園から一緒で仲もよかった……過去形で悲しくなる。
小さい頃はよくお互いの家を行き来して一緒に遊んでたっけ。
五十嵐のお母さんとはたまに会うけど、いつもほんわかしていて五十嵐とは大違いだった。恐らく、性格は父親似なのだろう。
ちなみに、顔はお母さんそっくり。彼女のお母さんはかなり美人なので、顔に関しては色濃く受け継いだ感じだ。
「……こればっかりは仕方ないわね。だけど、一緒に帰れるからって変な気を起こさないでよね!」
「こっちのセリフだ!」
変な気を起こさないのは無理な話なので、その気持ちを隠しつつ俺は五十嵐と共に帰り道を歩いていく。
ちなみに、妹とは引き続き仲良くしてるみたいだから、羨ましいったらない。
後で妹にはどんな感じで五十嵐と仲良くしているか、問い詰めないと。上納金はハーゲンダッツで十分だろうか?
「ところで、今日は珍しく練習時間が長かったんだな」
「コンクールもあるからね。あと、一応野球部の夏の大会も近いわけだし」
野球部の応援は他の学校と同じく、吹奏楽部が担当している。
夏の厳しい日差しの中、応援と称して楽器を演奏するのはかなり大変である。特に最近は夏の暑さがうなぎ登りな分、余計に。
しかし、吹奏楽部と生徒、野球部OBなどの声援があるのは正直ありがたかった。
誰からの応援もなく打席に立つより、応援があったほうが百万倍の力が出るというものである。
一般生徒の応援はベスト8からなので、全校生徒の応援を受けるにはある程度勝ち進む必要がある。つまり、一般の生徒からしてみるとある程度勝ち進んでくれないと、応援に来てもらえないということだ。
ただ、吹奏楽部は1回戦から応援歌の演奏という立場で観戦してくれるから、一番プレーを見てもらいたい人が一度も見ることなく敗退することはないんだけど。
一応、今年の野球部の目標としてはベスト8以上。もちろん、夢は大きく甲子園と言いたいところだが、まずは現実的なところということで監督が設定した。
3回勝てば目標に達するが、その3回が非常に難しい。その証拠に昨年は今年以上に強いと言われていた中、2回戦敗退だったし。
昨年の夏はベンチにも入っていなかったため、スタンドから先輩たちの戦いを観戦しているだけだった。
しかし、今年は何事もなければレギュラーとしてグラウンドに立てそうなので、また違う心持ちだ。
甲子園を目指せるかといえば難しいところだが、野球はゲームセットまで何が起こるか分からないスポーツである。だからこそ、最後まで泥臭く頑張るつもりだった。
五十嵐の前でエラーをしない様に、気を引き締めて守らないと。
「……どうなの?」
「えっ? 何が?」
夏の大会に向けて想いを馳せていたところ、脈絡のない五十嵐の言葉で意識が現実に戻ってくる。
どうなのって、聞かれても何に対してどうなのかよく分からない。
俺がキョトンと首を傾げていると、少しだけ顔を赤くした五十嵐が続ける。
「も、もうっ! 察しが悪いわね。大会に向けた体調とかって意味よ」
あぁ、そういう意味か。普段、そんな事聞かれること少ないから察するができなかった。
「まあ、現状だけで言えば体調は問題ないかな。本番まであと一か月くらいだけど、身体は思いのほか動いてくれてるし」
「今年はレギュラーで出るのよね?」
「ケガやスランプがなければよっぽど。……あれ? 俺がレギュラーで出れるかもって話したっけ?」
「っ!? ち、違うわよ! 姫奈から聞いたの! あの子、おしゃべりだから!」
顔の前で手をぶんぶんと振り、七瀬から聞いたとアピールする五十嵐。
言われてみれば、七瀬は隣の席に座ってるし何かの拍子で話したかもしれない。
「そうなんだ。ところで今年も七瀬は初めから野球部の試合を見に来るのか?」
「え、えぇ。そう言ってたわよ。姫奈は柊がレギュラーで出れるかもって聞いたから、楽しみにしてるみたい」
「それなら余計に夏の大会までにしっかりコンディションを整えないと。せっかく見に来てもらってベンチだと七瀬もがっかりするだろうからな」
レギュラーを取ることが全てじゃないけど、やっぱり好きな人と友達にはいいところ見せたいじゃん?
「張り切り過ぎて怪我しないようにね。直前で怪我なんてしたら、カッコ悪いわよ」
「うっ……そこら辺は何とか調整します」
「……私だってあんたのプレー、楽しみにしてるから」
「ん? 何か言ったか?」
「別に。エラーしない様にせいぜい頑張って」
「おい、わざわざ緊張するようなこと言うなよ!」
「緊張しいなのは相変わらずなの、いつまで経っても変わらないのね」
「うるせぇ」
「……ふふっ」
俺からのツッコミに、僅かだが五十嵐が頬笑みを浮かべる。
何というか、いたずらに成功した子供みたいな、久しぶりに俺へ向けられた笑顔だった。
「そっちこそ、コンクールとか応援歌とかの練習は順調なのかよ?」
「甘く見ないで。何年吹奏楽部にいると思ってるのよ? 練習もバッチリよ」
「そう言ってて、本番でミスっても知らないぞ?」
「あなたと違って詰めは甘くないから安心してちょうだい」
「んだとコラ!?」
「はいはい、前見ないと転ぶわよ~」
なんだか久しぶりに昔の雰囲気で帰り道を五十嵐と帰った、そんな気がした。
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