第3話 体力テスト
「今日の午前中は全クラス一斉の体力テストだからな~。各自、体育委員の指示に従って順番通り種目をこなすように」
朝のホームルーム。
担任が今日の諸連絡を話していき、最後に体力テストをしっかりこなすようにお達しが出たというわけだ。
基本的には体育の教師陣に一任する形となるため、俺たちの担任は担当外である。
しかし、担当クラスが忘れていると責任は担任教師に及ぶため、改めてアナウンスをしているというわけだった。
「はー君は運動神経いいし、楽しみにしてるんじゃない?」
話しかけてきたのは、昨日の席替えで隣となった七瀬姫奈。
おっとりとした雰囲気や女の子らしい仕草も相まって、非常に男子人気の高い女子生徒の一人だ。
俺は中学生の頃から見慣れているので今更どうこう思わないが、出会った当時はこんなに可愛い女子が存在するんだなと驚いたものである。
「普段の面倒な授業を受ける必要がなくなるから、よっぽどましだな~。身体を動かしてるだけで午前中が過ぎ去るとか、俺にとっては願ったり叶ったりだし」
「あ~、そんな不真面目なこと言ってると、また渚ちゃんに怒られるよ?」
「午後の授業中、眠ってるのが見えたらシャーペンを後ろから背中に突き刺すからね」
「なんて恐ろしいことを……というか、話聞いてたのかよ」
後ろの席から恐ろしいことを言い放ってきたのは、五十嵐渚。
俺の幼馴染であり、かつ好きな人でもある。
とある理由で俺は彼女に対して素直に慣れず、今のような憎まれ口をたたくのも日常茶飯事となっていた。
「あんたの声がでかいのよ」
「そんなに大きな声で話してたつもりはないんだけど。なぁ、七瀬?」
「渚ちゃんははー君が何を話してるか、気になってしょうがないんだよ!」
「ばばば、バカなこと言わないで頂戴!! わ、私は柊がいつ姫奈に対してセクハラじみたことを言わないか、監視していただけであって」
「俺がそんなセクハラじみたこと、七瀬にいうわけないだろ!?」
「ふんっ! どうだか! 男子高校生は総じてエロい目で女子高生を見てるって、テレビで言ってたわよ!」
「そんなテレビ番組、今すぐ見るのをやめろ!」
偏向報道にもほどがあるぞ。
昨今のメディアは腐っているとネットで話題だけど、まさかここまで腐食が進んでいるとは……。
「それだと、俺もエロい目で女子高生を見てるってことにならない?」
「翔君は別だから大丈夫よ」
「おい、どうして翔だけ特別扱いなんだよ?」
更に俺たちの会話に混ざってきたのは、これまた中学時代からの付き合いである白坂翔。
中学時代からイケメンで通っており、高校に入ってからもその人気は変わらず。
数多の女子から告白されているという噂だが、誰とも付き合っている様子はないプレイボーイ(使い方間違っているかも)。
俺が男としてほしいものをすべて持っている、いけ好かない友人の一人である。
「だって、翔君は柊と違っていやらしい雰囲気を感じないもの」
「おいおい、俺はどこからどう見ても紳士だろうが」
「隼人が紳士は無理があるんじゃない?」
「余計なことを言うな!」
しかし、俺のツッコミをうけて嬉しそうに笑っている姿を見ると憎むに憎めないんだよな……。
何をやっても許されるイケメンは、これだからずるい。
「こらこら、二人してはー君をいじめて~」
「あぁ、やっぱり俺の味方は七瀬しかいないんだ。ラブリーマイエンジェルななせたん」
「きもっ」
「真顔でドン引きしないで!?」
鳥肌がたったと言わんばかりに二の腕をさする五十嵐。
流石に今のは冗談なのでスルーしてほしかった。
「おーい、お前ら。ホームルーム終わったから体育館に移動するぞ」
そこで体育委員から声がかかり、俺たちは会話を切り上げ一同体育館に向かうのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「よぉーし。これで説明は以上だ。じゃあ、後はクラスごとに空いている競技から始めるように」
体育教師からの説明を聞き終えた俺たちのクラスは体育館ではなく、グラウンドへ向かう。
体育委員がまずは外でやるやつから片付けたいということで、外種目になったのだ。
外種目は50メートル走と、ハンドボール投げの2種目。
持久走もあるのだが、俺たちの学校はシャトルランなのでそれは除外。
「うっし。A判定目指して本気出すか」
「気合入ってるね」
「頭が悪い俺が本気を出せるとしたら体育くらいしかないからな。頭の悪さを運動神経の良さで誤魔化すんだよ!」
「うん、それは誤魔化せないんじゃないかな」
翔と話をしながら、まずは50メートル走から測定することに。
「じゃあ次。柊と白坂」
番号とかは関係なく、好きな人と走ってもいいと言われたので、俺は翔とともにスタート位置へ着く。
「位置についてよーい……ドンッ!」
掛け声とともにビーッという音が響き、俺と翔は一斉にスタートを切る。
そして、その結果は――。
「はぁっ……いやー、やっぱり現役の運動部には敵わないね」
「はぁはぁ……その現役運動部に平然とついてこれる帰宅部のお前が一番ヤバいよ」
一応、現役運動部としての面目は保たれたが、結構ギリギリの勝負だった。
俺が6.5秒。翔が6.7秒と記録はほとんど変わらない。
むしろ、コンディション次第では俺が負けていたかも……。
イケメンで運動神経もいいとか、どこの主人公だよ。
「だけど中学で部活に入っていた時と比較すると、やっぱり身体はなまってるね」
「高校も部活を続けてたら、普通に俺も負けてたかもな」
乳酸の溜まった筋肉をほぐしつつ、俺たちは次の種目へ。今度はハンドボール投げだ。
こここそ、野球部の本領発揮……と言いたいところだが、俺この競技苦手なんだよな。
野球ボールより何倍も大きなハンドボールを投げるのはそこそこコツがいるし、変な投げ方になると汚しかねないし……。
だから去年もケガしない程度に少し抑えて投げた記憶がある。周りからは『おいおい、野球部なのにそんなもんかよ』とやじられたが、怪我するよりよっぽどましだ。
そもそも、抑えてなくてもそこまで遠くには飛ばない気がする。
「次、柊」
「あーい」
順番が来たため、近くにあったハンドボールを掴むと、投げていい範囲の中心へ。
「……うぉりゃ!」
8割程度の力で放り投げたボールは綺麗な放物線を描き、30メートルの手前にポトリと落ちる。
「柊、28メートル」
「了解」
そこそこの記録が出たので、残り1回は適当に投げよう。
次の1回を適当に投げ終え記録を確認した俺たちのクラスは、残りの種目を行うべく体育館へ向かう。
「おっ、あれ姫奈ちゃんと渚ちゃんじゃない?」
隣を歩く翔の声につられて、視線を向けるとそこには反復横跳びを行う二人の姿が。
「おぉ……」
思わず言葉にならない声が俺の口から漏れる。
しかし、これは彼女たちの運動神経の良さを見て漏れた驚嘆の吐息ではない。
反復横跳びをするたびに、ぶるんぶるんと揺れる、とある一部を見ての吐息である。
効果音だけで健全な男の子の諸君なら気付いてくれるだろうが……皆まで言う必要はないだろう。
ちなみに、主に男子からの視線を集めているのは七瀬の方である。
五十嵐も別に小さい方ではないのだが、七瀬の方が大きいため自然と男子の視線はそちらに集まるというわけだった。
彼女がぴょんぴょんと跳ねるたびに、ぽよんぽよんと揺れる二つの双丘は、思春期真っ盛りの男子高校生にはあまりに刺激が強く――。
「隼人、見すぎ見すぎ」
「……はっ!」
あまりの魔力に、取り込まれつつあった俺の意識を翔が強制的に引き戻す。
あ、危ない危ない。これ以上見続けていたら二人にいやらしい視線を送っていたことがバレるところだった。
ちなみに俺は七瀬に視線を移しつつ、後ろにいる五十嵐へも視線を向けるといった中々に器用なことをしていた。
全員が七瀬に気をとられている隙に、俺だけが運動をする五十嵐を堪能すると言ったファインプレー。
野球部でセカンドのレギュラーを任されているだけあって、視野の広さには自信があるからな。
しっかし、五十嵐はその見た目や名前から運動神経がよさそうに見えるが、むしろ悪い方である。
昔から真面目に頑張るのだが運動神経だけは向上せず、部活も吹奏楽部。
学校で全員参加のリレーや大縄跳びがあるたびに、憂鬱そうな顔をしてたっけ。
そんな五十嵐たちは笛の音と共に計測を終えており、記録を確認している。表情を見るに、男子どもから送られていたいやらしい視線には気付いていないようだ。
二人にバレていないようで一安心である。問題にならないうちにさっさと俺たちも残りの種目に取り組まないと。
その後は体育館の種目を一通り測定し終え、残すはシャトルランのみとなった。
既にシャトルランを終えた別クラスの男子が至る所で伸びている。
最初はそこまで頑張るつもりがないシャトルランだけど、なんだかんだ言いながら頑張っちゃうんだよね。
「ふぅ~。色々計測し終えて最後に残ったのがこれは、中々しんどいな」
「だけど、良い感じに身体は温まってるから逆にいいんじゃない?」
「確かに、捉え方によってはメリットでもあるのか」
「ちなみに、今日の目標は?」
「最後の一人まで残って、男女から拍手を貰う!」
「回数じゃないんだね」
と、あっという間に俺たちの番となり、スタート地点の白線上に横一線で並ぶ。
そして、一部の人からするとトラウマになりかねない音楽と共に、20メートルをいったりきたりする耐久戦が始まった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「お疲れ~、隼人。大活躍だったね」
「は、はひゅ……」
「流石にまだ喋れないか」
体育館の隅に倒れ込んだ俺を見て苦笑いを浮かべる翔。
まともに話すことができないが許してほしい。直前までシャトルランを計、140回繰り返したのだ。
限界近くまで走り続け、直後すぐに喋ることの出来る人間の方が狂っている。
ちなみに、俺一人だけ残ったわけではなく、何故か卓球部で異常に体力のあるやつとのデッドヒートになり、別の意味で歓声は貰っていた。
くそ、あいつさえいなければ会場の視線と歓声を一人占めできたのに……。
結果としては同時にリタイアとなったため、引き分けに終わっていた。
「はぁ、はぁ……、さ、流石に……つかれた」
「おっ、少し復活したみたいだね」
「ほ、本当は、10点が取れる、はぁ……ところで、やめようと……はぁ、思ったんだけど」
「あそこまで張り合われちゃうと終わるに終われないのは分かるよ」
翔は丁度100回でやめており、ある程度余力が残っているらしい。
流石の運動神経である。
「はー君、お疲れ~」
「…………」
突如、俺の頭上に影ができたかと思ったら、笑顔の七瀬が眼前一杯に広がった。
視線の端には申し訳程度に、五十嵐の表情もうかがうことができる。こちらはいつもの仏頂面だが。
「な、七瀬か……どうした?」
「さっきまで頑張ってたはー君を労いにきたんだよ。ね~、渚ちゃん?」
「わ、私は、疲れ果てた柊を笑いにきただけだから」
ふんっ、とそっぽを向く五十嵐。
こんな死に体の俺を見に来てほしくはない……とはいえ、話しかけに来てくれたのは普通に嬉しいので複雑である。
「やっぱり、はー君の運動神経は流石だね。私たちは40回もできなかったし」
「確かに、柊は運動神経だけは良いもんね」
「あ、ありがとう……」
「隼人、一部バカにされてるよ?」
でも運動神経の良さを認めてくれたのは確かだから、ポジティブに受け取っておこう。
「……はい」
「……えっ?」
いきなりペットボトルの水を五十嵐から差し出され困惑する俺。
な、なんだ? このペットボトルを受け取れって意味なのか?
意味が分からないと言った様子で逡巡している俺に、しびれを切らしたのか五十嵐は頬にグイッとペットボトルを押し付けてくる。
「あ、あんたにあげるって言ってるの! 私が買ったけど飲まなかったから。ありがたく思いなさい!」
「も~、渚ちゃん。素直じゃないんだから」
「へ、へへ、変なこと言わないで! ほら、もう行くわよ」
「あ~、待ってよ」
押し付けるだけ押し付けると、足早に俺の傍から離れていく二人。
俺は寝転がったまま、視線だけ二人が去っていったほうに向ける。
「良かったね。それ、貰えて」
「……これは家に飾って家宝にしよう」
「腐るから、普通に飲んだほうが良いと思うよ」
結局、その水はありがたくいただきました。
ちなみに、五十嵐が俺に水を差し入れてくれた理由は謎のままである。
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