第8章 崩御 ③


「ぐあなこ?」


〈…グァナクです〉


 訂正したフィンが、不景気な顔をして呼吸を整えていると、次いでテールが簡単な情報を提示した。


「分類するなら、偶蹄ぐうてい類。ラクダ科です。

 乗用・運搬用として育てる以外に、毛質や穏やかな風貌を好まれて、趣味で飼っている者がまれにいる。

 なへんであれば、高地や乾燥地で、似たものをよくみかけますね。

 ささやかながらコブがありますし、グアナコそれよりは、大型でしょう?

 その種類に近いものですが、そのものではない」


 頭部は黒褐色。体高が大陽の肩くらいあって、白地に赤茶色が混ざり込んだ背中の毛は、いくぶん、油脂を含んでいそうな感じだ。


 もふもふしている。


「競争馬や羚羊れいようほど速くはありませんが、丈夫タフで健脚です」


 よそ見していると、先端がめくれた大きな耳が視界を掠めたので、大陽は数歩、後ろに逃げた。


 牛をいくらかスマートにした鹿のような頭部が間近に迫って遠ざかる。

 頭を擦りつけられそうになったようだ。


 人なれしているみたいだが、もしかしたら、戯れや籠手試しに攻撃されたのかも知れない…

 ――大陽は、気をひき締めた。


 能を隠しているテールを除けば、他の二人の機動性は高く…。

 その生きものの活用が叶えば、移動速度が上がるのは間違いないだろう。


 終点も定かではない旅だし、一昨日、肋骨を折ったばかりのフィンは、グァナクの背を借りても、ひとりで姿勢を維持するのは難しいのだという。


 大陽としても、徒歩で、長い距離をゆくのは辛いので……

 少しまえにはサシャが占めていたその位置を、これ幸いと彼がゆずり受けることにした。


 南の月輪――フィンは、発熱しているようで、赤い顔をして、元気がない。

 ここで野宿する気がないなら、早々に移動して、休ませてやるべきだろう。


 大陽としては、少しでも前に進みたい場面だったし、南の陽の宮が同道をゆずらなければ、月もゆずらない。

 不充分ながら、その健康面のサポートが適うウエスノウの日輪に甘えることで、数々の不備がおぎなわれ、ぎりぎり無茶を通せる経過場面だ。


 誰よりも危うい状態にある南の月輪のことを思いやるなら、ここで足を止めて、数日留まるという選択肢もあったのだが…。

 いま、この場に、積極的にそれを選ぶ者はいなかった。


 体高が高めなので、少し手こずったが、鞍が固定されているコブの前あたりにまたがる。

 そうして、重傷の南の月輪を背後に座らせた(じっさい、フィンに手を貸して乗せたのはサシャだが…)大陽は、馴染みない動物の上で身じろぎした。


 予測に反し、かたくなかったコブが、ぶにぶにしている。

 来たとき、サシャはそのへんで、気楽な感じに足を崩して乗っていたが、彼の場合はそうもいかないようだ。


「安定、悪いな…。どこに足、かければいい?」


〈(鞍が)一人用なので…。フィン、やはり、あぶみがなくては辛いですか?〉


 サシャの言葉をうけて、やっと鞍に座っているフィンがわずかに口を開いた。

 彼が声を発するより先に、〝怪我人、優先しろよ〟という反意を抱えた大陽が姿勢を正す。


「いい。なんとかなるだろ。

 辛いなら俺に寄りかかって、ちゃんと捕まってろ。

 それで、手綱がないけど、どうやって、言うこときかせるんだ?」


〈意図すれば、進みます〉


「思えば進むって…?」


 眉をよせた大陽は、少し思案した。

 その行動を示唆したサシャに、再確認の再度問い質したげな目を向ける。


〈調教された子ですから、従順です。

 ぎょしにくいようなら、手で触れるとよいようですよ?

 思いが近くなる〉


 乗っている動物の背に手を置いてみた大陽が、半ばまなざしを伏せてその対象を見すえた。

 コブから前足…後ろ首から頭、顔…前足のひずめ、またこぶ……。



 進め。

 歩け。

 踏み出せ、

 行け、


 進んで下さい、

 お願いします…

 前進…など、



 時には、口に出してみながら念じたが、その生きものは歩もうとしなかった。

 おそらく、ここでいう、日とか陽とかいう活力を用いて意思の疎通を図るのだろう。


「俺、そのたぐいの力、ないんだ。ほかに方法ないか?」


 サシャがよく理解できないというような視線を返す。


 彼女が用いたエネルギーを無にした彼に、力がないとは思わなかったのだろう。


〈動かせないんじゃ、しょうがないわね。

 フィンも手綱がなきゃ、無理だし…三人、乗れないこともないだろうけど、窮屈よ?

  タイヨウ、あきらめたら? 歩くしかないかもよ? 

 サシャその人とフィン、先に行かせて、わたしたちで後から行く?〉


 トゥウェースがとりなしていると、遠巻きにようすを見ていたテールが解決策を口にした。


サシャおまえが導けばいい」


 まだ、正体を明かす気はないらしく、その身は、いまも白銀のきらめきの中にある。


〈そうしよう。星の子、君はどうする?〉


 グァナクを先導することを承諾したウエスノウの日輪が、テールに目を向けた。


〈わたしが運ぶべきか?〉


 情が感じられる穏和なもの言いで、下に見ているふうでもなかったが、テールを個ではなく、《星の子》として、十把一絡げに認識しているのだろう。

 サシャが彼へ向ける態度や言葉選びに、大陽やトウェースに向けられるような敬意はなかった。


「目的地は知っている。いずれ追いつく」


〈そうか…〉


「悪いな。俺がつき合うべきなんだろうけど、けっこう、足にきててさ…」


「泣き言か?」


 さほど気にしてるふうもなく、テールへ言葉を投げた大陽が、むっと眉間に皺を刻む。


 その男について来れるだけの能があることを知っていたから、親身に成らぬまでも気遣ったのに、なめた態度で揶揄やゆされたのだ。


「じゃねぇよっ…! ひねくれやがって。

 ばらされたくなかったら、その性格矯正きょうせいしろ」


「頑固さと奇特さでは、敵う気がしない」


「俺、おまえほど、ひどくないぞ!」


「自覚がないだけだ。

 放棄するには時期尚早じきしょうそう…――その気にさえなれば、間にあうだろうに…」


「何の話だよ…」


 そんな彼らを横目に見たのは、自前のまんまるの光の中にあって、ぶんと両腕を後ろに反らし、気のままにストレッチしていたトゥウェースだ。


〈タイヨー、喧嘩ケンカしてるの? そんなのほっときなさいよぉ〉


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