第8章 崩御 ②


 ――大陽の正体…――


 存在としてのあり方を見ぬこうという試みが、実行されようとしていた。


 迷いながらも腹を決めた大陽が、左の膝をかかえ、右膝いっぽうを外向きに寝かせた状態に座りなおすと、ウエスノウの日輪が作業にとりかかる。


 ともなく、彼と向きあう位置にいるサシャの白金の輝きが、うすぅくひきのばされ、前方へ進みだした。

 直線的な動きだが、微風にただようシャボン玉のように緩慢な流れだ。


 すぐに目標に届きそうで、届かない。

 着実に接近してくる日輪の活力がのばされ、明確には隙間ともいえない濃度の差異が生じて、きらきらひらめいている。


 大陽としては、目の前にせまったスコールが、自分のところに届くのを待ちかまえているような気分だった。


 近づいてくる粒子のひとつぶひとつぶを微細に見わけ認識できるような、妙な感覚もおぼえていた。

 知らないものの強みか、テールが言ったとおりで、その光に対する怖れはない。

 火傷したくない思いはあるので、その警戒心だけが強く保たれる。


 サシャからのびて、大陽に届こうとしている活力。

 地表すれすれをまっすぐ進むベール状の光…。

 その霧状の輝きは、最短距離にあった大陽のつま先に触れ、さらに膝をおさえている彼の手の指にまでおよんだ。


 ともなく、その光を操作していたウエスノウの日輪――サシャは、花のつぼみがほころぶような笑顔をみせた。


(…。…この方は…――)


 はた目には、光が大陽のところにおよんだけで、何も起きていないようにも見える。

 しかし、そうあること。

 これという反応がないように見えて、そうではない。そんな事実から導き出される、答えもあった。


 そう。

 何も起きていないわけではないのだ。


 サシャがあやつり、さしのべた光の触手は、一定の高さと方向性を保ち、確実に流れだしているのに、大陽の体で死角になる部分…。


 ゆるく、抱えられている左足のふくらはぎの向こう面や、そこから進行方向上に位置する大腿の一部、腕の向こう側の面、影が落ちるはずの喉元、背中などに、およぶことはなかった。


 辿りついた活力は、他に流れだすこともなく、大陽に触れたところで、すっぱり、途切れる。


 彼に接触すると、その形容を照らし曝しだすこともなく、なくなってしまうようだった。


 それでいながら、陰影はどこにも生まれない。


 光が届く前と変わらない状態で…。


 薄闇の中、視界にこれと確認するのに支障ないていどには、明確に見てとれるのに、その肌の色、金色の頭髪も含め、着衣を含めた色彩が、克明に照らし出されることもない――大陽自身の心構えの違いなのか、それは、いまだけのことで…。


 これまでは、影が形成されないまでも(それが、星の子を模したもの光源であろうと)、光を受けた面が明るくさらし出されるくらいの現象ことはあったのに、いまは、それも起きていなかった。


 この邦土、地上にあって、顕見し、自適な関わりを見せながら、基礎の部分は、何物にも干渉されない、左右されない確かさを感じさせる存在感。


 わずかに遅れて、その異様さに気づいたトゥウェースは、開いてしまった口を、はっと、両手でおおいかくした。


 フィンの銀色っぽくみえる青い瞳が、じっと、注意深く物事の動静を見守っている。


 テールは、ちらと見ただけで、興味を失ったのか…。退屈そうにしていた。


 大陽とサシャ。

 ふたりの間に渡された白金の光線。日輪の恩恵が、もの音、ひとつたてずに消えてゆく。

 霧が火の熱気に気化するよりもひそやかに。


 しかし、確実に…。


〈タイヨウ、あなた、陽の宮だわっ!〉


 トゥウェースが叫んだ。


 何が起きているという自覚もなく座っていた大陽が、ぎょっと身じろぎする。

 彼が持ちあげた手の動きにあわせて、そこにあった光が、さっくりと、くりぬかれた。


 これ以上は、無意味――結果が見えたと判断したサシャが、用いた活力をひき寄せ、その試みをうちきった。


 大陽がいる方向に伸びていた光線が、瞬時に行使したもののもとへとたち戻り、集約される。

 なけなしのエネルギーの貯蓄を、へらすのを避けたのだ。


〈それ以外は考えられないもの! そうでしょう?〉


 トゥウェースが同意をもとめて、そこに居合わせたものの視線をからめとってゆく。


 銀色の沙幕がかかっているような青い瞳――五感と経験、かき集めた知識と直感が頼りの南の月、フィンは、ちらと彼女の方を見たが、まだ答えをだせずに大陽に視点を戻した。

 思案している。


 いっぽうには、他に向けられていて、トゥウェースの言葉など、聞いてもいないような金色の目がある。


 そして、こくりと、トゥウェースの言葉に賛同し、うなずくサシャの青い双眸。


 さらには、驚きととまどい……困惑をあらわして、おおきく見ひらかれている大陽のセピア色の虹彩に庇われた黒があった。


 そこで、すで、エネルギーを行使するのをやめていたサシャが、大陽の前に、こうべをたれる。


〈ぜひ、ウエスノウの陽都へ、お越しください…〉


 思いなおし、どこか、おかしいのだろうかと…、自分の体を確認しようとしていた大陽が、その言葉に、むっと、動きをとめて向きなおった。


「なんで、そうなるんだよ…」


 サシャがその問いに答えるより先に、トゥウェースが勢いよく、しゃべりだす。


〈あなたのところの陽とは、かぎらないわ。

 イーシュラだって、もう、一〇年くらい、隠れていたわよね?

 生身の陽の宮というのも、聞いたことないけど…〉


〈トゥウェさま。東の陽の交代からは、五年と六ヶ月…くらいです。

 ぼくの時間感覚が確かじゃないので、確かともいえませんがそれくらいで…。……それに、あちらの方は、正確には、邦土を踏まないだけで…――〉


〈細かいことはいいのっ! どうせ、暦なんて、いいかげんなんだから〉


 南のふたりをよそに、サシャは真摯なまなざしを大陽にそそいで、指摘した。


〈あなたがいずれかの陽の宮だからです。

 先の交代から、一三八年あまり…。ウエスノウでは、あらわれるはずの陽の宮が、姿をおみせにならない…。

 もれ届く陽の光もあれば、日月ひづきも産まれている。いらしゃることは確かなのです…。

 タイヨウどの。ウエスノウにおられたおぼえはありませんか?〉



(おぼえなんて、あるはずないじゃないか…)



 勝手なことをしゃべりだした者達を、大陽は、三人まとめて視線で威嚇した。ついでに、隣に居る男にも示威の一瞥を投げる。


「おまえら、勘違いしてるぞ! 俺は、陽の宮なんかじゃぁ…」


〈では、なにものだというのです?〉


 フィンが、きらりと、神秘的な瞳を光らせた。

 拒絶した理由に、なっとくできるものを示せとでもいうように。


〈ぼくが知るかぎりでは…、向けられた活力を受けいれ満たされたら星の子。

 他所の日輪がもちだした光でも、反射してしまうようなら月輪。

 間接的に自分のものにしてしまうか、受けつけまいと反発するようなら、センシュウと地元の光以外をこばむ日輪…〉


 話しているフィンの傍らでトゥウェースが、〈そうよ〉と相槌をうった。


〈あなたは、受けいれて輝きだすことも、自身の余力とすることも、反射することもなく…、日輪の活力を打ち消してしまったのでしょうか?

 ぼくには、そう見えました…。

 そのようなことを可能とするものがあるとしたら、陽の宮以外にありません。

 輝かぬものだろうと、生身だろうと…――日輪の上をゆくものであることは確かです。

 あなたは、自覚があって否定されているのですか? それとも、自覚もなく…?〉


「…だって、違うだろう…」


 大陽は、ぽつりと文句をたれた。

 自分の中にくすぶる考えを、明かす気にもなれずに。


〈タイヨウどの…〉


 ことの成り行きを懸念してか、サシャが、心配そうに大陽のようすをうかがっている。


 無関係なら、どうしてこんな世界にころがりこんだのか…。

 大陽も考えないことはない。


 それでも、わずかなりとも行き来があるという。

 めったには無くても、事故が起こらないわけではないというし、自分はその結果、今ここにあるのだと理解して、この状況を受け容れてきた。


 自分に、ここの人間にはない耐性があるとしたら、それはきっと、大陽が太陽をめぐる惑星の生物で、天候のいいときは、毎日のように日光をあびるような環境で育ったからだろう。


 それこそ、南の月輪が知ることではないのだ。


 異なる世界の者だから、ここの常規から外れていても、全然おかしくなどない。


「テール。おまえ、こうなるとわかっていて、勧めたのか?」


 大陽が責めの視線を投げると、テールは、しめやかに答えた。


おそれる必要のない光を見て避けて歩くのも、見ていておもしろかったが、おかしなものだ。

 行動の幅をせまくする。

 なにが変わったと言うほどのことでもない。

 どうあろうと、あなたがどこへ行き、どう動くか、結論を下すのは、あなたなのだし…」


 思いかえしてみれば…。

 はじめに大陽を《陽の宮》ではないかと言ったのは、その男だ。


おそれをおぼえなかったのは、それが、どんなものか、知っていたからだろう」


 肯定的な疑問符。

 わかっていたような物言いだが、しかし、そんなわけはない――大陽は反意を覚えた。


 試みを無事に終えた今だから、正しさを主張できるのだ。

 勘違いしていようと、結果が同じだっただけのことで…。


 その男の考えも、他とさほど変わらない。


 しょせんテールも、この土地のシステムにのって生きている……ここの人間ということなのだ。



(結局、頼れるのは、自分だけか……。…)



 大陽は、難解な顔をして、ひたいに右手をおしつけた。

 のびて、うっとうしくなってきた金色の前髪も部分的にいっしょに、おさえつけ、危うくなった冷静さを維持しようと自らを律する。


「とにかく、ここの都に行ってみる…」


 ノウシュラの《陽の宮》に会っても、さして得るものはないかも知れない――そう覚悟しながら、大陽が不満顔で宣言すると、テールがおもむろに提案した。


「いくらか西へ反れるが、五番街に寄らないか?」


「五番街?」


「直線的に進むと、しばらく街も道もなくなる。

 はじめから予定に入れていた。

 体を休めるのに、適当なポイントだろう…。衣類も発注してある」


「服…」


 他者を閉めだしがちなテールの発言は把握できなくても、大陽が発した言葉から、察せられる部分があったのだろう。

 大陽が漠然と今後の方向性を思案していると、ウエスノウの日輪、サシャが控えめに提案した。


〈…五番二分街ごばんにぶんがいの郊外に、わたしどもがお世話になったヒタキさんのお宅があります。

 うかがってみるのはいかがでしょう?〉

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