第8章 崩御 ④
「
〈まだ先です。南……街はずれになりますので…〉
大陽が誰にともなくたずねると、サシャが答えた。
そこに、グァナクの背でゆられていたフィンが、目を閉じたまま、
〈…。ひとめで、わかりますよ…〉
〈ぼてぼてだもんね。やわらかい生地も嫌いじゃないけど、あれは、やりすぎよ〉
トゥウェースが我知り顔で告げたので、大陽が、彼女の方を見る。
「君も知ってるの?」
〈さっき、来たもの。中には、入っていないけど〉
〈そういえば…。トゥウェさま、あの時は、何をすねていたのです?〉
〈すねてなんかいないわ!
わたしは、タイヨウと、……後ろから来る奴を置いてきていたの!
あまり待たせちゃ悪いでしょう?〉
トゥウェースがフィンに投げたのは、例によって、天の邪鬼ないいわけだったが、
しばらく、行動を共にしているので、否定はしないまでも。
どちらかというと、休憩ついでに飲み水の確保することが目的で足を止めていたのだ。
きっと、その子は、待とうと待つまいと、ついて来たければ、現われるのだから…。
〈でも、そこまで来ておいて…〉
思うところでもあるのか、フィンは、こりずに追求していた。
〈気のせいじゃないの?
おまえが思うほど近くまで、行ってないもの〉
〈ぼくが……あなたの位置を読みたがえることなんて、それこそ、ありえません…〉
〈どうかしら? わからないわよ〉
〈この土地だろうと、ありえません。
合流した時も、おもしろくなさそうな顔していましたし…。方々と、うまくいってなかったんじゃないですか?
だから、ぼくにまで、やつあたりして…〉
〈やつあたりなんかじゃないわ〉
〈じゃあ、嫉妬ですか?〉
〈はきちがえたこと言わないでよ!
ちょっと、…おもしろくなかっただけだもの…〉
〈やっぱり、何かあるんだ…〉
〈うるさいなぁ。わたしをまきこまないで、勝手に思いこんでいなさい〉
〈ぼくは、ただ、トゥウェさまのお力に…〉
〈あたまでっかちなだけの、でくのぼうに、何ができるっていうのよ〉
〈それは、ないです〉
〈わたしが、何かしてほしいって言った?
してほしいことがあったら言うから、黙ってなさい!〉
〈うう…、考えておきます〉
〈考えるだけじゃなく、そうしなさい!
まったく…。優柔不断なんだから〉
〈ぼくは、正直なだけです。
そのときになって、どう判断するかわからないのに口約束などして、しばられるなんて、ナンセンス。
どんな状況にもあてはまりそうな約束は、しないにかぎります。
この場合は、ぼかしておいて、臨機応変に…〉
〈うざいわよ?〉
〈う~…〉
(…。ふたりともおかしな方向に融通が利かなそうだな…)
会話に聞き耳をたてていた大陽が、道連れとなった彼らの性向をそれとなく分析している。
ウエスノウの日輪のかたわら。
小走りするグァナクの背中にあって、後方を仰ぎ見れば、実体の四分の一ほどになって見えるテールの姿――(
星の子のふりをしていても、中身は日輪(自称)。
迅速に行動することもできるようなのに、しようとしない。
それでも、一定の間隔を保って、ついて来られるあたりは、さすがというべきか…。
似たような速度で移動しているのだろう。
多少、離れているとはいえ、自分以外の誰も、その事実に気づかない現実が不気味である。
ゆいいつ、疑念を抱きそうな南の月輪は、近場に主人がいるのと負傷しているのとで、そちらまで気が回らないようだ。
もしかしたら、関心事に視点が偏りがちな傾向が強そうなトゥウェースやサシャと同じで、テールという存在が分析対象から外れてるのかも知れない。
こっちで巡り会った人間の性質はそれとしても…。
肉体的な困難と周囲の誤解に目をつぶれば、まぁ、順調な旅と言えるかもしれなかった。
といって、その四本足の移動手段を自分のものとして確保したわけではない。
いまの時点では借り物に過ぎず、先は長そうだ。
些細な事情はさておいて。
一次的なものであろうと以前に比べれば、いまは行程の能率が格段に向上していた。
街(相変わらず、布でできた壁が点々とちらばっているような様相で、閑散としたものだが…)のなかをぬけると、大きな石がごろごろした平地にでた。
さらに先の野原に出ると、ぽてっとした感じの装飾の人工物が目にはいる。
小さな泉の手前――…
ただっぴろい野原に置かれた巨人の
ふよんふよんと、シュー生地のようにふくらんだ、黄緑色の薄絹にぐるりと包まれているような物体。
まさかと思った大陽だが、他二名と一頭の脚は、その方角に向いていて、ゆく手にそれらしい人工物は、ほかに見あたらない。
一歩ふみだすごとに近づく物体(目標?)は、メルヘンチックというにも、微妙にずれを感じるものだった。
重ねるごとに、二ミリほど裾あがりになるぴらぴらの生地は、ヴェールのように薄く、下の生地が透けて見えてしまうのだが、二枚や三枚ではない。
ゆうに三、四〇枚は重ねられていそうな、生地のオブジェと化している。
その奥にあるだろう建物の基礎構造が想像できない。
おそらく、
壁代わりの輪郭に厚みがあり、そんなものがなくても自立しそうなので、事実存在しているのか、
自身の目と感覚を疑いたくなるようなしろものだ。
生地の厚みにいいように埋もれ、弾けそうではあるが、三分の一ほどの高さのところを、細めの錦帯のような布地で、きちっと抑え留められており、
その上部の透けて見える生地の二、三枚内側や、外側などに、銀色と漆黒の金属板の装飾が、レリーフのように張りつけられている。
きり紙を思わせる、板状の細工が表しているのは、植物や魚や人、鳥など…。身近なものだ。
板ばかりでもなく、ストラップのようにぶら下がる飾りも、ちらほら存在する。
装飾過多なだけといってしまえばそれまでだが、大陽が、ようやく見なれた、天井のない質朴な家屋とは、趣を異にしていた。
下になっている生地が透けて見えて、淡いピンク色ものぞいているが、全体的に、いろどりはおとなしめ。
派手とか可憐というのともちょっと
色味といい、状態といい…。
モデルが逆さのサニーレタスということもないだろうが…。
一部を抑えられていることによって、フリルの裾が、大陽の胸の高さまで広がり、ボリューム過剰なドレスのようにたなびいている。
まさに、ふわんふわん、ほわんほわんだ。
ぽかんと口を開いた大陽がゆびさすと、サシャが、落ち着いたものごしで答えた。
〈わたしどもがお世話になっているヒタキさんのお宅です〉
(メルヘン…て、ゆーか。
オカルトっぽいところをなくした、ベジタブル嗜好の占い小屋って感じだ…)
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