第20話
こんなにも優(すぐ)れた作品を、埋もれさせたままにしておくのは、あまりに惜しいと思ったのです。
それに、自分の手で知られざる傑作を世に送り出せるとしたならば、これに勝る喜びはありません。
作家の熱っぽい口調に、N夫人も娘も、次第に引き込まれていきました。
二人共、作家の勘違いを、どうしたものかと思いながら、もはや訂正するには遅過ぎるように思いました。
作家は、二人がなかなか返事をしないのをみて、ついには、これはまぎれもなく天才の作品だ、天才を埋もれさせておくのは、罪悪でさえある、と言いました。
その言葉を聞いて、N夫人も、何も言わないでいることはできないと思いました。悪い話ではありませんでした。それどころではありませんでした。
天から金貨が降って来たようなものです。思いもかけない幸運でした。N夫人は、詩とか小説とかを、あまり読む人ではありませんでした。
ですから、娘が色々と書いているのを知ってはいましたが、そんな大それた才能の持ち主だとは、一度も思ったことがありませんでした。
娘が詩や小説を書くことを、単なる趣味とか気晴らしくらいにしか、考えていませんでした。
作品を書くことによって、少しでも娘の毎日が楽しいものになれば、こんなにいいことは無いというふうにしか考えていませんでした。
それがどうやら、若者の話を信じるとすると、とても素晴らしい才能の持ち主らしいのです。N夫人には、反対すべき何の理由もありませんでした。
それで、娘の考えを聞いてみることにしました。
娘は、小さな声で、「ええ、私、良くってよ」と、N夫人に答えました。
それから、おもむろに作家のほうを見ると、さらに小さな声で、「ありがとうございます。私、とっても嬉しく思いますわ」と、眩しそうにしながら答えました。
作家は、大変喜びました。有頂天になっていました。
いきなり立ち上がると、「これは、凄いことになった」とか、「忙(いそが)しくなるぞ」とか言いながら、部屋の中をウロウロと歩き回り始めました。
娘は、自分の作品が世に出ることも、もちろん嬉しかったのですが、そのことで興奮して喜んでいる作家の姿を見ることも、それに劣らないほど嬉しかったのでした。
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