第19話

居間に着くと、N夫人は作家にソファに座るよう勧(すす)め、コーヒーとお菓子を用意しました。それから、自分もソファに腰をおろしました。

「この子は生まれつき足が悪いのです。重荷を背負わされて、生まれて来たんですよ。でも、今では、こうしたことも一つの個性ととらえる方向にあるようですね」


N夫人がそう言うと、作家は真顔(まがお)で、「ええ、そうですね」と頷(うなず)きました。

娘はというと、何も言わないで、俯(うつむ)いたままでいました。作家はどう答えたらいいのか、あまりよくわかりませんでした。


それで、コーヒーをちょっと飲み、娘のほうをちらと見た後で、おもむろに切り出しました。


「僕は、さっき偶然彼女の詩を目にした時、胸の震えを抑えることが出来ませんでした。彼女の詩が、あまりにも美しく、完成されていて、素晴らしいものだったからです。


彼女は、天成の詩人です。非常に優(すぐ)れた才能の持ち主です。こんなに才能に恵まれた人は、滅多(めった)にいるものではありません。あなたは…」


と、そこで作家は娘のほうを向くと、

「詩の他にも何か書いているのですか?良かったら、今までに書いたものを全部見せて下さいませんか?」 と言いました。


娘は顔を上げて、眩(まぶ)しそうに作家のほうを見ながら、よく耳を澄まさなければ聞こえないような小さな声で、「私、小説も書いているんです」と言いました。


顔は、ずっと朝焼けのように上気(じょうき)したままでした。目は、夢を見ているようなふうでした。

何か熱っぽいような感じで作家を見ながら、「今持って来ますわ」と付け足すと、立ち上がって原稿を取りに行きました。


しばらくして娘が原稿を持って来ると、作家は素早くそれに目を通しました。目を通すにつれ、作家の目は輝きを帯び、頬(ほお)は紅潮し、全身が喜びに打ち震えているという感じになりました。


それがやがて、何か度肝(どぎも)を抜かれているというような感じに変わっていきました


「この原稿を僕に預けてもらえませんか?けっして、悪いようにはしません。いえ、間違いなく出版に漕(こ)ぎ着けてみせます。どうでしょうか?」


作家は、かなり興奮気味にそう言いました。何か断(ことわ)られるのを、恐れているようにさえ見えました。いえ、実際そうなのでした。


彼は、詩を、小説を、文学を、芸術を、限り無く深い愛情で愛していました。

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