第14話

「どうしてそんなふうに隠そうとするの? 別に恥ずかしいことではないじゃありませんか。それどころか素晴らしいことよ。ええ、ええ、人を愛することは素晴らしいことだわ」


「でも、でも…」

娘はとても内気でしたので、そういうことを人に話すのが恥ずかしく思えました。


N夫人も下劣(げれつ)な好奇心の持ち主ではありませんでしたので、娘が言いたくないのであれば、無理に聞こうとはしませんでした。


そうなると今度は娘のほうが、何か話さずにはいられない気持ちになりました。N夫人も娘があの作家をずっと尊敬し、その書くものを愛していることを知っていました。


だいたい、若者が引っ越して来たのを娘に教えたのは、N夫人だったのです。二人は手を取り合って喜びました。家の前を作家が通るのを発見した時にも、N夫人は一緒にいました。


だからN夫人には、おおよその見当はついていたのです。N夫人にはこの恋が、あんまりうまくいくようには思われませんでしたが、口に出しては何も言いませんでした。


娘がこんなに晴れやかな様子をしているのを見るのは、初めてだったからです。どうしてその夢を壊して悲しませることができるでしょう?


もし作家が彼女に見向きもしなかったなら、もっと娘は悲しい思いをするかもしれません。けれどひと時(とき)でも長く、娘に幸せな気持ちでいて欲しいとN夫人は願っていたので、何も言うことができなかったのです。


今、娘のいる庭先の方へと、だんだん作家が近づいて来ました。娘の手は震えていました。かげろうのような華奢(きゃしゃ)で白く美しいその手には、一枚の便箋が握られています。


便箋には一遍の詩が認(したた)められていました。娘の胸の内を書きあらわした詩です。今日の日のために幾晩か推敲したものでした。


娘はその便箋を若者に投げて寄越(よこ)そうとしていたのでした。娘は身構えました。胸が激しく打ちつけます。


「やっぱり、やめようかしら? そのほうが良いのではないかしら?」 こういうときに必要な勇気がなかなか出て来ないで、娘は迷いました。


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