第10話
それは、どんな困難にも屈しない強さを表していました。若者は、薄い青色のシャツを着ていきました。右手には、一冊の本を持っています。
娘は、ずっと若者を見ていました。若者は、ひと月ほど前から毎日ここを同じ時間に通るようになっていたのでした。散策を楽しんでいるのです。
娘は若者のことを良く知っていました。というのは、若者は有名な作家だったからです。二十一歳の時に出した小説が、彼を一躍有名にし、一流の作家の仲間入りをさせました
若者の小説とカリスマ性のある彼の登場は、文学の好きな人達を熱狂させ、大喜びさせました。
けれども、 「一夜明けてみれば有名になっていた」 というバイロン卿の言葉を、皮肉まじりに彼がある本に書いたところ、「生意気だ」という声が同じ作家の仲間の間からあがりました。
若者は文学以外の普段のことでは、そんなに思い上がった考えを持っていませんでした。控(ひか)え目でさえありました。
けれども、こと文学のことについてはうるさく、自分の文才にかけては人から疎(うと)まれるほどの、絶対の自信を自分に持っていたのでした。
若者は自分の才能に見合った自負心(じふしん)を持っていたのですが、それを自惚(うぬぼ)れととる人も多かったのです。
「あの思いあがった小僧は虫が好かん」
とか、
「ありゃ、天才気取りの馬鹿者に過ぎんよ。十年もすれば忘れ去られるだろう」
とか互いに言い合っては、腹癒(はらい)せをしていました。
しかし、こうした言葉には若者の才能に対するひそかな恐れと嫉妬(しっと)がありました。
胸の内で恐れていたからこそ、そんなことは無い、けっしてそんなことは無いと、自分に言い聞かせずにはいられなかったのです。口にせずにはいられなかったのです。
若者は、どんな乱暴な言葉にも悪口にもひるまずに、自分の道を歩いて行きました。いつの世にもそうした人間はいるものだからです。
確かに今の彼の小説は、昔ほど読まれなくなりました。しかし、それは若者の才能が枯(か)れてしまったのではなく、作風が変わってきたので、人々がついていけなくなったからなのです。
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