第9話 魔女とお酒④

 時刻は23時15分。テーブルには空になった瓶がいくつも並んでいた。

 仕事の付き合いで行ったキャバクラでも見かけたことのある酒の瓶もあり、私は正直が会計の値段を知るのが怖くなってきている。

 ・・・・・・あれ、ウィスキーでも高級で有名なものだし、それにあの花柄の瓶はお花と呼ばれる1本7万~12万するやつだろ? 

 そんな風に名の知れた酒の瓶がいくつも空になり、並んでいるのだ。途中で金額を数えるのが怖くなり、私は真顔で飲み続ける彼女を見据える。

「木村さん、そろそろどうだろうか? お開きにしないか?」

 やんわりと提案するが、木村さんは応じることはない。

 飲み会が始まり、仕事の話。休日の話。普段職場で話さないことも話しつつも、木村さんは本題についてはまだ触れてこなかった。探りを入れるが、上手く別の話題になってしまう。

 営業畑で生活してきた身としては悔しいが、木村さんの話術は私よりも優れていると認めざるをえない。

「いいえ、まだ飲みましょう。お会計はどうとでなりますので」

 ぐいっとワイングラスを煽り、舌で唇を舐めた木村さんは手を挙げる。

 すると音も立てずにマスターがやってくるのだ。

「今日は随分と羽振りがいいな」

「はい。今日は課長代理も一緒なので。誰かと一緒に飲むお酒も悪くないものです」

「金払いがいい客は好きだ・・・・・・とっておきの酒を出してやろう」

 涼しげな表情でマスターがテーブルの上に瓶を置く。これ以上の酒の追加は流石に看過できないと思ったのだが、私はその瓶のラベルに目を奪われて制するのが遅れてしまう。

 ポン。親指で封を開けたマスターはグラスに酒を注いでく。

 思わず息を飲む。その酒の色は蠱惑的で、細かな気泡が浮かんでは消えて、また現れる様は見ていると吸い込まれそうになってくる。

 普通のシャンパンとか酒ではない。極めつけはあのラベル。営業職で外国語はそれなりに精通しているが、そもそもの文体が違うのだ。

「課長代理」

「っ」

 溶け込むような声だった。見れば店内には私と木村さんとマスターの店主しかいない。飲み会を始めた当初はいた客も帰ってしまったらしい。

 顔を上げれば木村さんは注がれた酒ではなく、私をじっと見ていた。

「課長代理はどちら側の人間なのでしょうか?」

「どちら側、というのは?」

「普通か、異常かのどちらか、という意味です」

 私は黙って、彼女の言葉を考える。他人の空似とは思っていた。彼女からもそう言った素振りはなかった。だから考えないようにしていた。

 あの魔女の居酒屋で出会った幻想狩りの女性は今、目の前にいる。

 問題はどうして、私に接触して、こうして問うてきているのか、という点だ。

 木村さんはグラスを握り、揺らす。気のせいか、揺れる液面を見ていると店内自体が揺れているような錯覚に陥ってくる。

「私は普通のサラリーマンだよ、君も知ってるだろう?」

「・・・・・・」

 ただ木村さんにとって求めている結果が返ってこなかったのだろう。小さく眉間に皺がより、悔しげに唇を噛む。

「強固な魔法耐性ですね。普通は今ので落ちているんですけど・・・・・・流石は大魔女と言ったところですか」

「落ちている?」

「しかも自覚なし。ということは勝手に付与されたということですね。課長代理、随分と性格の悪い魔女に好かれているみたいですね」

「・・・・・・魔女というのはあの居酒屋のことかな?」

 木村さんが隠さないのであれば、私も隠す必要がないだろう。

「正直、他人の空似とは思っていたんだがね。ただそれにしても好かれている、か」

「普通は魔女とか、魔法耐性とか言われたら頭のおかしい人なのかなって疑うと思いますよ?」

「私だって普通はそう思うさ。ただあいにくと自らの目で見たものは信じるようにしているんだ」

「・・・・・・そうでしたね。入社初日に言っていました。営業は口で真実を語る。その真実を見抜く目は濁らせてはいけない。いい言葉だと思います」

「やめてくれ。気恥ずかしい」

「いい言葉だ。実にいい」

 マスターも遠巻きに言ってきて、尻が落ち着かなくなる。

 すると木村さんは口元に手を当て、咳払いする。

「課長代理の名言を思い出したところで、本題に入りましょう。課長代理、少し協力してほしいことがあるんです」

 木村さんは静かに語り始めた。


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