第8話 魔女とお酒③
「いらっしゃい。奥、開いてるよ」
飲み屋街に立ち並ぶ雑居ビルの三階。そこが木村さんの目的地だった。
【ゼロの食卓】という金メッキで刻印されたドアを開け、出迎えてくれたのは身長が二メートルもあろうかというスキンヘッドの大男だった。
「江口さん、ありがとう。いつものお願いします」
「了解」
まさに常連客と店主の会話だ。私自身はそういった行きつけのお店はないからこういったやりとりは少し憧れてしまう。
呆然と立ち尽くしていると木村さんが振り返った。
「課長代理? どうかしましたか?」
「あ、いや・・・・・・ここには良く来るのかい?」
曖昧に誤魔化して、私は木村さんと共に奥側の席に着く。木製の簡素なテーブル席だが、座りごこちがいい。
「そんなにもでないですよ」
「そうなのか」
「はい。来ても週五ぐらいです」
「そんなにでもあるな!」
思わず突っ込んでしまう。いや、週五って。それはもうそんなにでもない、とかのレベルではない。
だが木村さんは笑わず、飄々とした表情で、メニュー表を眺めていた。
「仕事帰りはどうにもご飯を作るのも面倒でして、ここで食事をすることが多くなってしまいまして。課長代理は自宅でご飯とか作られるんですか?」
「それなりにはする、とは思うが」
「そうなんですか」
「ああ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
会話が終わってしまった。いや、間違ったことは言っていないし、ここ最近は味噌汁は上手く作れるようにはなったと自負しているのだ。
それにしても、と私は咳払いをした。会社では顔を合わせ、仕事で話すことなど日常茶飯事だ。だというのもこうも、言葉に詰まってしまうとは。
39歳と23歳。そりゃ、会話にも詰まるか。
年齢差の壁は大きいなと私が思っていると木村さんは首を横に振る。
「嘘、ですね。課長代理、そんなに自炊得意じゃないと思いますが」
「どうしてそう思うんだ?」
「女の勘です」
木村さんの表情はぶれない。ただ、なぜかやけに自信たっぷりに見えるのだ。
その顔に私は吹き出した。失礼かも知れないが木村さんからそんな台詞が出てくるとは予想外だったのだ。
すると席に大きな影が差した。
「随分と楽しそうだな。王様の愉悦、だ」
席に置かれたのはジョッキに入った金色のビールだった。泡のバランスが良く、ひんやりとした空気が触れずとも伝わってくる。
去って行くマスターの背中を見ていると木村さんがジョッキを掴む。細腕なのに、どこか逞しく、しっくりくる絵面だと思った。
「ここの店主、メニューに変な名前をつけるんですよね。何でも言葉には力が、それこそ魔法みたいな力が宿るって」
「魔法・・・・・・か」
脳裏に浮かぶのはここ最近通っているあの魔女っ子少女がいる居酒屋だ。
あの居酒屋の場合は嘘みたいだが本当に魔法が使われている。だがこうして目の前に出されたビールの輝きを見ていると不思議と元気が出てくるのだ。
自然とごくりと、喉が鳴った。
「確かに。これは愉悦かも知れないな」
「・・・・・・そうですね」
私もジョッキを掴み、掲げる。
「じゃあ、乾杯」
カツン、とジョッキをぶつけ、静かに飲み会が始まった。
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