第7話 魔女とお酒②
「すまない! 待たせたか」
「いえ。私も今来たばかりなので」
木村芽衣子はいつも通りの表情で顔を上げた。
笑わず、それでいてベテラン社員のような落ち着いた雰囲気に飲まれそうになる。
そんな私の心境など気にした様子もなく、木村さんは腕時計を見た。
「お店は私の方で予約済みなので。行きましょう」
「あ、ああ」
カツカツとヒールを鳴らして歩き出す背中を見て、私は今朝のことを思い出す。
それはいきなりだった。業務連絡をするために交換したLINEに通知。しかもメッセージではなく、電話。
早朝の出勤前。もしや何かトラブルに巻き込まれたのかと慌てて通話に応じたのだが、聞こえてきた言葉は全く想像さえしなかったものだった。
要約すると『本日の仕事後に相談したいことがあるのですが、ご都合いかがでしょうか?』だった。
職場を預かる身としては部下の相談に乗るのは普通のことだが、業務時間外に女性社員と一対一になるのは正直控えたいというのが本音だった。
そう、先日のコンプライアンス研修で学んだことがこんなにも早く活かすことができるとは。差し支えなく、やんわりと私は提案する。
「あ、と。もしよければ昼休み中とかでも私はいいぞ」
『いえ。昼休みは昼食をしっかりと味わいたいので』
「そうか。じゃ、じゃあ夕方に会議室で話そう。あそこなら落ち着いて話すことができるだろうし」
『いえ。会社でする話でもないので』
会社で話す話じゃない? では何を相談されるのだ?
困惑する私に『お店は私の方で。申し訳ありません。ではよろしくお願いいたします』とほぼほぼ一方的に通話は切れ、今夜の集合場所がメッセージで送られてきたのだ。
私はなんとも言えない敗北感を抱いて出勤し、職場ではちらちらと木村さんの様子を伺った。でも、木村さんはいつも通りだった。
笑わず。ただ仕事はできる。いつも通りの木村さんだ。
私の妄想だったかもしれない、と思ってスマホを見ると今朝のやりとりはしっかりと残っていて憂鬱になった。
そして、私は待ち合わせ時刻近くに駅前のバスターミナルで佇む木村さんを見つけて今に至る。
迷わず、目的地へと歩んでいく木村さんの隣に私は小走りで並ぶ。
「どこに行くんだ?」
「この先に行きつけのバーがあるんです」
「バー? 君が?」
思わず言ってしまい、私は口を紡ぐんだ。これは失言だった。
ただ、正直ギャップがあったのだ。あの真面目な木村芽衣子と夜の社交場であるバーという点と点が繋がらない。
「似合わないですよね、やっぱり」
表情は変わらず無表情だが、不思議と寂しそうな感じがして、私は考えるより早く言葉が打口から出てしまう。
「すまない。ただ、うん。驚いてはいる」
「驚く、ですか?」
「ああ・・・・・・うん。似合わないとは関係なくだぞ、勿論」
「そうですかーーーー変な人ですね、本当に」
「え?」
「こほん。急ぎましょう。少々遅れ気味です。マスターお手製の炒飯が絶品ですので」
歩く速度を速める木村さんに私は置いて行かれないようについて行った。
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