蛙の足を切るコウ君
丁山 因
蛙の足を切るコウ君
小学4年の時、クラスにコウ君という子がいた。
大人しくてあまり目立たないタイプだったけど、別に孤立していたわけではなく、クラスメイトともそつなく付き合っている。
俺も特別仲が良かったわけじゃないが、教室では普通に会話していた。
ある夏の日、学校帰りに通る藪の中で、何か黒いものが動いているのが目に入った。
目を凝らすと、それはランドセルだった。
誰かがいる。
何をしているのかと近づくと、その持ち主はコウ君だった。
「こんなところで何してんの?」
コウ君は振り向くと、「別に。蛙と遊んでただけ」と答えた。
「蛙、好きなんだ」
藪を流れる小川の縁にしゃがみ込んだまま、コウ君は背を向けたまま言った。
「そうだよ。蛙をこうするのが楽しいんだ」
そう言って、彼は左手に握った一匹のトノサマガエルを俺に見せた。
「えっ、なにそれ?」
コウ君はトノサマガエルの右足をつまんでぶら下げていた。
だが、左足が太ももの辺りからなくなっている。
「コウ君が切ったの? それ……」
彼の右手には、工作で使うカッターナイフが握られていた。刃先には微かに赤い血が付いている。
「そうだよ。ここにいる蛙の左足を全部切るんだ」
そう言うと、コウ君はぶら下げていたトノサマガエルを放し、近くを跳ねている別の蛙を捕まえようとした。
放されたトノサマガエルはよたよたと這いずりながら、小川に入って流れていった。
*
──昨日、3年ぶりに帰省した俺は、地元のスーパーでコウ君の幼馴染みのダイ君と偶然再会した。
ふと、この話を思い出し、ダイ君に話してみた。コウ君は昔から蛙の左足を切るのが好きだったらしい。
ダイ君は苦笑しながら言った。
「あいつ、中でもオタマジャクシに生えかけた足を切るのがいちばん好きだったって言ってたな」
上手く切ると傷口がふさがって、生まれつき左足のないような蛙になるそうだ。
「さすがに今はそんなことしてないよな?」
俺は冗談交じりに言った。俺たちはもう20代後半だ。いくらなんでも、そんなことはないだろう。
ダイ君は少し沈黙した後、ぽつりと呟いた。
「ああ、あいつ死んだよ。バイクで事故って。なんかさ、雨の日にガードレールに突っ込んで……。どう当たったのか、左足が太ももから切断されててさ。出血多量で助からなかったらしい」
衝撃で俺は言葉を失った。
「仲間内でもさ、蛙の祟りなんじゃねえかって話してたよ。コロナ前のことだから、もう4年くらい経つのかな? お前も時間あったら、コウの家に行って線香でも上げてやってくれよ」
そう言って、ダイ君はカートを引いてレジに向かった。
俺はしばらく、その場に立ち尽くした。呪いとか祟りとか、そんなのは分からない。けれど、頭の中に「因果応報」という言葉が浮かんでいた。
なぜコウ君は、あれほど蛙の左足に執着していたのか。今となっては、もう分からない。
けれど、あの日──藪の中で嬉しそうに蛙を見せていた、あのコウ君の笑顔だけは、今でも忘れられない。
蛙の足を切るコウ君 丁山 因 @hiyamachinamu
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