第16話 公爵令嬢、侍従に懐かれる
アランのお見舞いは、お母様の爆弾発言のお陰で、その後何を話したのかよく覚えていない。もう、恥ずかしさで顔が真っ赤になっていただろう事だけは分かる。
それでも、私らしいアランで良いというお母様の言葉は、それまでアランだったらこういう行動をするとかしないとか、そういう事ばかり考えていた私の心を随分と軽くした。
「殿下、公爵家で何か良い事があったのですか? 戻られてから、ご機嫌ですね。」
お見舞いに行った夜、少しのんびりとお茶をしていた私に、アランの侍従のクロードが声をかけてきた。
「うん。お見舞いもレティシアが元気で良かったし、公爵夫人も交えて色々と話しをして有意義な時間が取れたからね。そのせいかな。」
「レティシア様がお元気で良かったです。私の周りでも、レティシア様が公爵家に戻られたと聞いて、心配される声が多く聞かれましたから。学園にもすぐお戻りになられるのですか?」
「いや。無理をせず、しばらく休んで様子を見るように言っておいた。一、二週は療養するのではないかと思う。」
アランがたった一日で随分と令嬢としての仕草を身に付けていて驚いたけど、お母様が随分気に入られていたみたいだし、学園に戻るのはちょっと先になるんじゃないかと思う。
「少し先ですね。お身体は大丈夫なのですよね?」
「ああ。問題ないよ。ただ、公爵夫人が娘が帰って来た事をとても喜んでいたからね。すぐには手放さそうだ。」
私は苦笑しながら答えた。まぁ、お母様のていの良いおもちゃという感じかな。アラン、頑張れ!
「そうですか・・・レティシア様は、人気がおありですからね。学園にお見えにならないのを悲しむ生徒が多そうです。」
「え? そ、そうなのか?」
知らなかった。私って人気があったの? そんな事、初めて聞いたけど。
「ええ。レティシア様は、お美しいですし、何事にも真面目でお出来になりますから、お慕いしている生徒は多いですよ。ただ、ご幼少の頃から殿下の婚約者で、公爵令嬢とご身分が高いですし、皆さんお近付きになりたくてもなれない存在と思っているようです。孤高の人っていう凛々しい感じもあって、遠くから憧れている方が多いです。」
私にお友達がいなかったのって、そういう事だったのか。
孤高っていうのはきっとあれね、アランにやかましく思われても、あまり気にしないで飄々としていた所かしらね。
「なるほど・・・本当はレティシアも話せばなかなか気さくで良い娘なのだ。周りもそのうち分かって欲しいものだな。」
さりげなく自分をフォローしておいた。
「いつもは『口うるさくて敵わん』などと言っていたのに、殿下も随分変わられましたね。」
「ふむ。まぁ、そういう事もあるさ。」
どこかでもそういう事を聞いたな、などと思いつつ、また適当に誤魔化した。
お茶も一息ついた所で、クロードがソワソワしだし、そろそろ自室に下がりたいと話して来た。
「実は明日提出の課題があるのです。なかなか難しいようなので、やってしまいたいと思いまして。用がございましたら、何なりとお呼び下さって大丈夫ですので。」
「ああ。もちろん良いよ。課題は大事だ。頑張りなさい。」
私が返事をすると、一瞬驚いたような顔をした。いつもは違うのだろうか。
「あ、ありがとうございます。苦手な魔法陣の課題でして、終わるかどうか少々不安だったのです。」
「難しい課題って、マルタン教授? マルタン教授は難しいかも知れないけど、基本が分かっていれば解ける問題が多いよ。どんな問題か私に見せて欲しい。教えよう。」
あ、素が出でちょっとだけ私って言っちゃった。魔法大好きだから興味津々で油断した。
クロードはクロードで、またキョトンとしている。
「で、殿下がお教え下さるんですか?」
「あ、ああ。実は俺は魔法が好きなんだ。魔法陣もね。」
「え? 前には面倒っておっしゃっていたような・・・。」
・・・アランなら言いそう。身体を動かす方が好きだったみたいだからね。
「まぁ、そうだな。面倒に思う事もあるさ。それより、難しい課題なら、早くやってしまうと良い。持ってきなさい。」
「は、はい。分かりました。」
クロードは慌てて、控室である自室に戻り、課題を持ってきた。見ると、どんな魔法陣なのかという解読と、お手本を元に魔法陣を作ってみる課題が出ているようだ。難しく感じる魔法陣の解読の方は、実は引っ掛け問題で、本当は簡単な魔法陣を修飾しているだけのようだ。
「習い始めで難しく感じるのかも知れないけど、本質を理解していれば簡単なもの。どこをどう考えているか知りたいから、まずはクロードの考えを聞かせて。」
そうして、二時間位はクロードの課題を見てあげたけど、やっぱり魔法って楽しい! 夢中になってしまった! 途中、ちょっと私の素が出てしまっていた気がするけど、楽しかったから気にしない!
どういう点に注目して見ていくと良いのか、理論を中心に分かっていない所を集中的に教えてあげたら、途中から何だかクロードが私の事をキラキラした目で見るようになった。
クロードは課題が早く終わってホッとして、めちゃくちゃ感謝しながら自室に戻った。
魔法の楽しさの熱に興奮していた私は、ふと、この身体は魔法の通りが悪い事を思い出した。これはアランが魔法の基礎訓練を面倒くさがってあまりしなかった事によると思う。何度もやるように言ったのだけど。今のままでは、体内を巡る魔力を思ったように自由自在に動かせず、どうしても大きくロスが生じてしまう。
という事で基礎魔法訓練!
簡単に言うと瞑想みたいな物だ。目を閉じて、自分の体内の魔力を感じて、クルクルと身体の中を循環させる。あっちに動かし、こっちに動かし、とにかくクルクルと動かして行く。確かに上手く動かせないとイライラして面倒くさいかも知れないけど、ポウっと身体が温かくなる感じがして私はこの練習が好きだ。
時間はかかるかも知れないけど、いずれ魔力のロスも減って行くだろうと思っていたら、私の感覚が敏感なのか、思いのほか早く手応えが良くなって来るのが分かった。魔力の通りが次第に良くなって行くのが楽しくて、ついつい夜更かししてしまい、気が付いた時には東の空が白んで来ていた。
そもそも、私の身体だと、小さい頃から真面目に少しずつ訓練していたから、通りが良過ぎてしまってここまで手応えを感じなくなっていたのだ。むしろ、魔力を動かすと、何故かロスするどころか強くなるのじゃないかと不思議なくらいだった。
今回は、流石にそこまでは魔力の通りは良くはならなかったけど、かなりみっちりやったお陰で、格段に違う所までは行けた。よしよし。
「殿下、朝になりましたよ。」
少しウトウトっとしたらクロードに起こされた。
ああ、今日の髪型はどう言う風にしようかな、お化粧ちょっと面倒だなと思った所で、今はアランだった事を思い出した。
開けたカーテンから、眩しいけれどどこか優しい日の光が入る。思わず目を細め、伸びをした。
さぁ、今日から私の『アラン』の新しい始まりだ。私らしいアランで良いのだ、頑張ろう。
ローラン様とマクシム様と共に校舎に向かう際、今日はクロードも一緒だった。ただ、「殿下、お鞄をお持ちします。」とか、「お昼はサーブしますからお時間を教えて下さい。」とか、あれこれと仕えたがってうるさいくらいだった。
彼なりの感謝の現れなんだろうけど、チョロ過ぎるぞ、クロード君!
「へえ。アランが魔法陣の課題を手伝うなんてね。今日は雨、いや槍でも降るかな。」
マクシム様には、案の定、笑って揶揄われた。
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