第3話 性拳

 翌朝、俺は軍事都市アルガンテを後にした。約3年ほど滞在していたが、悪くない経験だった。初期の張り詰めたような緊張感に、徐々に薄れていく実感。

 

 ダレていたと言えるだろう。勇者パーティーの奴らは、ずっと作戦を練っていたらしいがな。それ以外の連中は、形式的なだけだった。


 人間は、世界の行く末を決める戦いの緊張ですら、慣れてしまうらしい。



 アルガンテの外は荒野が続いている。

 聖都までの道のりは、この荒野に加え、海を渡るため簡単ではない。魔法が使えれば、転移ができて簡単なんだろうな。



「まぁ俺にはこの脚がある」



 自分の脚力に物を言わせて荒野を疾走する。体全体で受け止める風が心地いい。開放感がすごかった。服を着ていては、この感覚は味わうことはできない。



「————なんだあれ?」



 奥のほうで土煙が見えた。荒野とは言え、よっぽどのことがなければ、あれほどの土煙は立たないだろう。


 すごい速度で土煙がこちらに迫ってくる。いや、違うな。

 黒いイノシシのような生き物が、凄い速度で突進していた。



「んだブラックボアか」



 ブラックボア。冒険者で言うところの、Bランク相当の魔物だったはず。

 ブラックボアの大きさは、全長6M程。牙の大きさで人間の身長と同じくらいだ。肉はまずいと聞くが、牙は薬になったり素材になったりするらしい。前に賢者が話していた。



「待てよ……ならあの牙、売れんじゃねぇか?」



 俺は進行方向をブラックボアに変更。

 近づくにつれ、相手の大きさを実感する。だが、ビビッて速度を落とすことはしない。



「んじゃ、牙貰うぞ」



 俺はそのまま前方に跳躍する。あまりに強い力では角まで壊れてしまうだろうから、少し抑えながら鼻を狙おうか。



「ほいっと……ジャブ」



 右の拳に、一瞬だけ肉の感触が伝わる。

 するとたちまち、ブラックボアは体中から血を吹き出し始めた。白目をむいて、荒野に横になった。



「Bランクって言ってもこの程度か。案外もろいんだな」



 俺は牙をつかみ、そのまま引っこ抜く。

 


「にしても牙だけでデカすぎんな……走りづれぇ」



 両手に牙を抱えながら荒野を疾走した。冷える夜も暑い昼間も止まることは無い。

 そんなこんなで不眠不休で走ったからか、数日で聖都に到着した。


 目の前に広がるのは、巨大な都市。

 聖都では所々に女神の像があしらわれている。この場所は女神降誕の伝承地でもあるらしい。

 

 聖都に入るには、門番から簡単な審査を受ける必要がある。入国審査みたいなもんだな。



「つかぬことをお聞きしますが————その恰好は?」

「なんか問題でもあるか?」

「あるだろ色々と……」


 門番は眉をひそめて、俺を眺めている。


「はぁ……どいつもこいつも同じこと言いやがる。俺はラスターク、こういえば伝わるか?」



 俺の名前を聞くなり急にため息をついた。表情がコロコロ変わって面白い奴だ。



「なんだ性拳せいけんか……」

「聖剣? それを言うなら勇者のやつだろ」

「いや、何でもない。入ってもいいが、あまり目立つな……と言うより目立って欲しくない。俺にも娘が居るんだ……頼む、あの子の視界に入らないでくれ」



 門番は俺を見ながら涙を流し始めた。

 あまりにキレッキレの筋肉に惚れてしまったか。見る目があるやつだが……

 


「そいつは無理な相談だな」



 俺はブラックボアの牙を門番にみせた。

 この大きさの牙を持ち歩けば、嫌でも目立つ。



「そ、その牙は……」

「ブラックボアだ」

「Bランクの魔物を単独討伐したってのか……!?」



 Bランクを倒した程度で、腰を抜かすとは情けない。こんなんで門番が務まるのか?



「そんなに驚くことか?」

「あったりめぇだよ変態野郎!」



 なんか気づけば罵倒されている。立場の分からない奴だな。殴って矯正させるか。

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