29 君が見た世界

「──え?」


  ゆっくりと下を向く。時が凍りついていくかのように、今が遅れて──感じる。血がどっと外に出ていくのも──感じる。下が見えた。俺の腹から、一本の剣が出ていた。


 剣が腹から抜かれ、どさっと膝をつく。何がなんなのか分からない。痛い。痛い。痛い。何が痛いのかよく分からない。よく分かっていないのは蟲たちも同じようだ。俺が傷ついたというのに、一匹たりとも動こうとしない。俺という全てが混乱している。


「くっ……あぁはははははぁぁぁあはははぁ!!」


 世界に響く、その吐き気を催す笑い声。俺は絶え間なく血が溢れる腹を押さえながら、力を振り絞って顔を上げる。そこには黒い刀に近い形をした剣を握るフレッジがいた。その顔は口が裂けるのではと思うほどに口角が上がり、目はかっぴらいていて、おおよそこの世の人間のものには見えなかった。


「……ふぅ、スパーダ。『フレッジ・ローハイド』って名前がどういう意味か教えてやるよ。隣界で生きたお前なら分かるはずだけどな」


  フレッジの体がぐにゃりと歪んでゆく。頭も体も手も足も。時空が歪むかのように、どろりと溶けるように変わってゆく。


「──フレッジ羽毛で覆われたローハイド生の皮。つまりお前が見た世界にいたのは、羽毛で皮を隠す鳥だったってわけだ。そしてこの俺こそが真の俺。この世界を変革する神に成り上がった真の人間」


 俺は何度もフレッジそいつを見ていたんだ。あの気さくな男子に見えていただけで、本当はこいつの姿をいつも見ていた。そして何度も何度も何度も何度も頭の中にこびりつくその顔を見てきた。黒い髪に鮮血のような真紅の目。まだ二十代前半に見える若々しい姿はあの時から何一つ変わっちゃいない。そう、こいつの名は──


「──仰ぎ見よ、闇の王ローズベルバードの御姿を」


 俺の頭の中を掻き回るあの日の記憶。黒く焼け焦げた街、建物、人。慟哭、呻き、泣き声。もういない神に縋る大人と、何もわかっていない子供。子が指差すは、輿に加工された神だった存在と、それに座る黒髪の男。


 逃げる俺と、俺を引っ張って逃げてくれる少年、そして彼におぶられた、血まみれの少女。


 記憶が脳からパンクし、頭痛が走る。目の前のそいつをみるほどに痛みは増してゆく。


 ──やつだ。闇の王が、そこにいる。

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