28-2 夕暮れの教室

 体の中をぐるぐると蟲が慌ただしく駆け回っていて気持ちが悪い。目はまだ開かないが、感覚で分かる。意識がなければ見るのはやはりあの夜の夢だ。一体何度見ればこの地獄から抜け出せる?


 文字通り道具に加工された俺の父親。それに乗り、清々しいほど邪悪な笑顔を見せる若い黒髪の男。何度も何度もこいつの顔を見せられてムカつく。


 お前のせいだろ。お前のせいでどれだけの人間が苦しんでると思ってるんだ。なんでそれなのにこいつだけが笑ってられるんだ。


「──ぉい! ぉきろ!」


  遠くから声がする。目覚めが近いのか。少しずつその声が鮮明になっていく。


「おい! おいって! スパーダ!!」


  声がはっきりと聞こえた。つまり、目覚めの時。俺の体が再生した証。俺は目が覚めた。目が覚めた場所はさっきまでいた廊下じゃない。ここは……一組の教室か? それに魔力の流れが変わっている。外はもう日が暮れていて、ここがラースヒルズの生み出した潜在空間ではないということが分かった。


「大丈夫か、スパーダ?」


  そいつは俺の顔を覗き込んで訊いてきた。俺たちが求め続けた奴は俺の目の前にいる。一体どれだけの犠牲をお前のために払ってきたと思ってるんだ──


「フレッジ。お前、その指は──」


「ああ。あいつらに拷問されてな。小指を残して他は潰された。でも馬鹿だよ、あいつら。俺の足の指は残していったんだ。おかげで牢屋を抜け出して走れた。そして廊下で倒れてるお前を見つけて、急いでここまで逃げてきたんだよ」


  フレッジは溜め息をついて椅子に腰掛けた。腰掛けた椅子はちょうど俺の席のものだった。


「……マナとマックはどうしたんだ? 俺のいた廊下で意識を失っていたはずだが」


「? いたっけか、そんなやつ?」


「──は?」


  何も分からないという風に首を傾げるフレッジ。こいつもディライクと同じ記憶喪失か? それとも拷問で目がイカれたのか? いや、落ち着け。前のディライクの二の舞になるな。落ち着いて状況を整理するんだ。


「……それは冗談じゃなく、ちゃんとそので見て、いなかったんだな?」


「ああ。あの廊下にお前以外はいなかったよ」


 嘘じゃないとしたら、それはどういう状況だ? 頭の中、全部を使って考えろ。


 ──俺はそこにいた。マックとマナはそこにいない。場所は廊下。裏世界を逆転させた間に挟み込んだ潜在空間。タイムリミットは一時間もない──。


 ……タイムリミット? 今の時間は?


 顔を上げ、壁にかけられた時計を見る。時間は作戦開始から一時間三十分が経過している。だが……待て。あの時、マナに追い込まれ、壁に押し込まれた時、俺は教室の時計の針を見た。あれは確か──作戦開始からちょうど一時間経ったところだったはずだ。


 俺は横になっていた状態から立ち上がり、窓際に向かう。ここからは校庭が見えるんだ。いつもなら、外で競技に励む生徒たちが──い──ない。奥の飛行船の着陸場を見る。誰も──いない。


  俺は後ろを振り返る。フレッジは何か質問を待っているかのようにうずうずと手を動かしている。潰れた小指しかなく、切り落とされた指のない手を。


「……なあ、質問いいか、フレッジ。簡単な質問だ」


「なんだ? 兄弟」


「──なんでお前は俺のことをって呼ぶんだ?」


 その言葉を聞いて、フレッジは急に涙を流し始めた。そして立ち上がり、俺の体に抱きつくようにハグをしてきた。強く抱きしめられ、手はしっかり後ろに回されている。その行為には紛れもない“愛”があった。


「それは──お前がだからだよ、スパーダ・リンドバーグ」


 ──ドスッ。

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