28-1 過去→今
──潜在空間内 専門棟──
コンコンと大きな木の扉をノックする音がする。そして部屋の主人の承諾もないまま、その扉は開かれた。
「……こらこら、ラースヒルズ。扉を開くのは中から返事がした後だと昔に教えたじゃろ」
「貴方に教えられたことなんて人を殺す時の心構えくらいですよ、ネルソン校長」
ぐるりと椅子を回転させてラースヒルズと向き合ったのは名門エーデルヴァルトの校長、オースター・ネルソン。「名君」と称される断層きっての著名人だ。
「しかしまあ、弱いですね! 執行委員会は! ほら、誰一人として僕に剣を抜かせることができなかった。管理生の中には僕と並ぶような実力者がゴロゴロいるってのにね。やっぱり交代すべきですよ、これは」
大胆不敵にラースヒルズは校長の机へ荒々しく足を乗せ、ネルソンの前で悪戯っぽく笑う。そんな彼を見て校長は笑った。
「ほっほっほ、そうじゃな。皆よく成長してくれておる。君も、君が教える管理生もそうじゃ。わしがここにいる理由も、連合からの指示に過ぎんからのぉ」
「……やはり気持ち悪いですね、貴方は。元からトチ狂った人間の相手ほど厄介なことはない。しかしまだ良心的な方か。話が通じないのではなく、“教育のためなら誰が死のうと構わない”という信念に殉ずる狂信の狂人、オースター・ネルソン。アンタの指導の下、ディール侵攻で何人の若い芽が摘まれたと思っている」
ラースヒルズの目に殺意が灯る。封印された右腕が蠢き、包帯の隙間から異質な魔力の波動が溢れ出る。
「……戦争は人を育てるのじゃよ。一般道徳的な考えではそれは悪の体現なのかもしれぬ。しかし無惨に仲間が死に、止めようもなく自分が人を殺す。その葛藤の中で、人は成長するのじゃ。そして君は此度の戦争を招いた。規模は小さかろうが、わしと同じことをしたのじゃ。一体何人の子供たちが死んだかの? 生き残った子たちは一体何を思っておるのかの?」
校長は美味そうに茶を啜る。まるで目の前にいるラースヒルズのことが見えていないかのような図々しさ。ラースヒルズは歯を軋ませ、左腕で校長の胸ぐらを掴んだ。ガシャンとティーカップが地面に落ち、中の茶が赤い絨毯に染み渡って黒くなる。
「ああそうだよ。戦争はクソだが人を強くする。俺はそうやって強くなったんだ。大切な仲間はみんな死んだ。恐怖に怯える人間を何の躊躇いもなく殺した。そうやって強くなって、同じことをさせた。だけどな、校長。俺はアンタほどイカれちゃいない。これは明日を掴むための犠牲だ。俺はこの戦争の発端、死者、生き残った者たちの怒りに対する全ての責任をアンタに背負わせ、連合に突き出す。そしてすでにアンタの古巣である『元老院』は押さえてある。アンタを擁護する仲間はいないぞ」
「ほっほっほ、了解した、ラースヒルズ。わしを連合に連れていくといい。しかし気づいておるのじゃろ? この学校にナニかが起きる、または、いるということに」
ラースヒルズの手が思い切り校長を突き飛ばす。校長は椅子から転げ落ち、机の上がぐちゃぐちゃになろうと微笑んだまま立ち上がり、ラースヒルズを見ている。ラースヒルズは忌々しそうに舌打ちをして背を向け、扉に向かって歩いていった。
「……僕の固有属性『星』の秘術、『衝』によって生み出された潜在空間はじきに完全消滅する。そして執行委員会が機能しなくなった今、裏世界はもはや存在を維持できない。我々は皆、表舞台に戻り、貴方は数日後に連行されることとなる。裏世界がなくなれば、執行委員会が秘匿していた第一秘匿対象、フレッジ・ローハイドからその者の情報を聞き出すこともできる。盤石の布陣だ。何も恐れることはない」
「残念じゃが……それは叶わぬ。潜在空間は消えぬ。彼がいるところはの」
「……なに?」
部屋を出ようとしたラースヒルズが立ち止まる。そして振り返るといまだ笑顔を絶やさない校長が背後にいた。
「君が発動したその禁忌魔法は裏世界という空間を潜在空間に書き換えるものじゃ。しかし彼は彼の能力で君の生み出した潜在空間を操っておる」
「……まさか。いや、馬鹿な。それではまるで神だぞ? そんな能力、存在するはずが──」
ラースヒルズの表情が固まる。何かに気がつき、そしてそれを見逃した自身の甘さとそれが指し示す“危機”に、ラースヒルズの顔は一気に青ざめる。
「一人だけ、覚えがあるのではないかな? あの戦場で、一人だけ。ただ一人だけで君と渡り合い、君の腕を奪った魔法能力者を。君の仲間を全て殺し、そして君が倒し、英雄となる理由を作った人間を思い出せるかの?」
「まさか──」
「──そう、彼の名は──」
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