27 開かれた鉄格子

  ──マナ。私達は王だ。リンドバーグは滅びた。ならば、その代わりが必要なのだ。王とは常に非情であるもの。お前は本物だ。たった今、を殺して見せたのだからな──。


 私は鉄だ。誰が死のうと、誰を殺そうと、微動だにしないこの冷血な魂。


 いつからそうなったのだろう。記憶は何かと混在して、ぐちゃぐちゃになっている。ターニングポイントはどこだ? どこからが今の私なんだ? 生まれた時から? それともあの二人を殺した時? 分からない、分からない、分からない。分からないならそのままでいい。その方がきっと幸せだ。


 感情というものが私にはよく分からない。私は獣から最も遠い存在。あの男がよく私のことを女狐と呼ぶけれど、それは“女”にも“狐”にも失礼だ。私はそう呼ばれるに値する性能を持ち合わせていないのだから。


 私がここにある理由。それは望まれたから。望まれて生み出された存在だから。父も母もいない。顔も分からない。父と母を名乗る者がルーランドの名を持っていただけ。そこに所属しているからルーランドを継いだ。その家訓も誇りの意味も分からない。知識として持ち合わせていない以上、それに近しい情報を統合させて、それに近づけようと努力するのが機械たる私の仕事だ。私はその役目を果たせているのだろうか?


 ……ああ。悩めば悩むほど心が軋む──なんで?


 ……ああ。動けば動くほど痛くなる──どこが?


  ──ああ! もう、全部投げ出してしまいたい!


「……言えるではないか……」


「……え?」


  予想外の声が反響する。何で? 何で貴方に聞こえているの?


「……馬鹿め、俺の力を忘れたか。“触れたものと自身を共有させる”お前が鼻で笑ったくだらない力だよ」


 黒い鉄格子を挟み、私とカーマックは向かい合っていた。彼は牢内の椅子に座り、手足には拘束具を着けられ、上を見上げるように私の顔を見ている。


「……その力で私を道連れにしたの? ふん、やることがつくづく姑息ね。本当につまらない男」


 ……ああ、何で素直になれないの。いつもいつも突き放してばかり。……何でいつもいつも付き纏ってくるのよ。


「……ふっ、筒抜けだぞ。馬鹿め」


「え? ──ッ!」


  冷ましたような顔をしながらこの男は私を鼻で笑った。今の私はこの男でもある。だから心の中まで覗かれるのだろう。生み出されるはずのない羞恥という心が胸の奥から湧き立つのが分かった──なぜ?


五分の生死論スケープ・ロック・シュレディンガー。粒子として視認できる濃度に調整した魔力の流動を対象の視界から脳に送り込み、生と死が同時に観測される特異点へと相手を落とし込む精神干渉系能力。脱出するためにはこの空間内でを明確なものとすることが必要となる。お前は俺がその意味を理解できないと踏んでこの情報を開示したようだが……やはり驕りが見受けられるな。所詮は無機物と言ったところか」


 私の中に“呆れ”と“納得”が流れ込んできた。明らかに私のことを馬鹿にしている。鉄格子奥から向けられるその冷笑を見て、私の胸の奥から何かが湧き上がる──なんで?


「ふん、まあいい。お前、辛いんだろう? なぜ抱える? その心が機械のものであると決めつけているからか? それとも聖席十二貴族のトップに立つ者としての自負か? どちらにせよお前のその行動は全て間違っているぞ」


「……なに? 貴方に何が分かるって言うの? 愚かな父によって望まれずに生み出された、価値のない貴方に……ッ! 果たすべき役目を持って生まれた私の何が分かるって言うのよ!」


  これが怒りか? 不快だ。ひどく不快だ。こんなもの、何度も経験しようなどとは思えない──なにを?


「ああ。俺はあの男のせいで生まれた、望まれない命。望みもしなかったのにこの地獄に落とされた哀れなガキだ。だからこそお前のことがよく分かる。何故ならお前は、のだから」


「──は?」


  ガチンと歯車が止まる音が聞こえた。心臓に取り付けられた機械が外れたかのような違和感──ここで壊れた。


 心を共有するこの男はそれに気付きながらも言葉を続ける。


「役目なぞ持って生まれた人間はいない。何故なら役目とは自分自身が勝手に作り上げた被害妄想に過ぎないからだ。役目に囚われる者は皆、自分を許すことができない愚か者だ。スパーダも、俺も、そしてお前も。皆、その部類なのだ。だからこそ苦しむ」


  固い表情。この男の表情を崩すことが最も困難なことだろう。もはやこの男の方が機械のように見えてくる。少しずつ、私の機械としての自負が破壊されてゆく気がした。


「苦しみたい者などいない。そして愚か者はその苦しみから逃れるため、輝くように生きる者を羨む。そこで理解しなければいけないのは、彼らこそがだということ。その点に関して、レビンは正しく傑物であった。あれほどまでに自分の使命に従順だった者はいないだろう」


「あの馬鹿が……? どういうこと?」


「役目とは“与えられるもの”ではなく、“与えるもの”なのだ。レビンは誰よりも勇気を持った人間だった。勇気に認められ、獣の力を得た。本来ならそこで終わりなのだ。獣の力を得た人間は強固な意志がない限り、認められた瞬間に自我を食い尽くされ、暴走した獣として顕現する。レビンは果たすべき役目を自分に課し、獣を支配したのだよ」


 ……獣の力を持っていたのか、あの馬鹿は。


 ……そうか、だから私はあそこまで痛めつけた。けじめをつけるためなどと言い訳して、本当は輝いている彼のことを酷く妬んでいたんだ。


「あいつは大切な人と仲間を守ることをよしとした。その過程で得た傷は少なくなかろうが、その傷にあいつは苦しみを抱かなかっただろう。それは役目を達成することが、苦しみを凌駕する幸せを与えるからだ。苦しみの価値が全く違うのだ。お前が抱える苦しみは、お前自身が生み出した、苦しみだ」


「……つまり……貴方は何が言いたいの?」


 私の問いかけを聞いて、男は深いため息をついた。感覚を共有されているのは私も同じだ。そのため息の意味は“同情”だった。


「ようするにだ、お前は機械などではない。“ただの人間”だ」


 ガシャンと私の中の機械が地へ落ちた。バラッと心に張り巡らされた鉄の被膜が剥がれ落ちてゆく。


「例え生まれ方が異質であろうとお前は人間だ。紛れもない人間だ。この世界は人間を救うために作られた偽りの楽園。かつては真の楽園であったそうだが、今のこの世はより強大な力を持った人間どもが争い合う最低の世界だ」


 カーマックは椅子から腰を上げる。手足の拘束は意味を成さず、私の尊厳のように粉々に砕かれ、彼は鉄格子の前に立ちつくす私の前へ立った。


「だが誇るべきことがある。それはつくづくここがの世界だということだ。隣界の人間はおかしな奴らが多い。人間じゃない血が混じる者もいる。それを悪とは言わんが、少なくともこの世界は純粋な人間のみが“ヒト”として認定されている。人でない人間など、この世界にはいない。自身を化け物と侮蔑する者も、自身を機械と誇張する者もありのままに、『人間』なのだ」


  カーマックの手が鉄格子を掴み、そして、こじ開ける。解放された鉄の隔たり。そして彼は私の手を強く握った。


「──そう、お前は心ある人間なのだ」


 私の心を覆い尽くしていた鉄は全て剥がれ落ちた。そうしてやっと理解した真実。


 ──そうか、鉄格子に囚われていたのは私の方だったのか。


「さて、お前の苦しみは解放した。これで“生きる意味”は満たされたか? よ」


「……貴方、どこでその言葉を知ったの?」


 この世界にいる限り、普通は知り得るはずのないその言葉。隣界と断層。二つの世界の奥に踏み込んだかのような発言。一体どこまでこの男は知っている?


「……さあな、俺にも分からんよ」

 

 分からないことが溢れている。あの男フレッジのことも、この男ピーターのことも、そして、マナのことも。私は何も分からないんだ。生まれたばかりの子供のように、何も教えられていないし、何も学んでもいないんだ。


 だけど私は一つだけ理解したんだ。私の生きる意味を。


「……私は、知りたい。色んなことを、知りもしない人間という存在のことを。物言わぬ機械じゃなく、心ある人間として」


 私が生きるこの時は常に謎に満ち溢れている。それが凄くもどかしい。それが凄くむずむずする。だから知りたい。解き明かしたい。多分、簡単に言うと、私は凄く“ワクワク”しているんだ。


 私の鉄の牢獄は私の心によって破壊された。“生きる”意思を私は証明し、私と共にカーマックもこの特異点から抜け出す。眩い光に包まれる寸前、私たちは互いの顔を見た。


「……フッ、いい顔じゃないか。前のような悩みに満ちた犬のような顔ではないな」


「……フン、貴方の顔は常に腹立たしいわね。私と違ってこれからもそれは変わらないのでしょうけど」


 相変わらず減らず口の叩き合いは終わらない。きっとこれからもそうだ。不完全でも私はルーランド。そしてこの男はカーマック。切っても切れぬ腐れ縁がある。だけど嫌な気分はしない。だってそれって凄く、じゃない。


◆◆◆


「……ん」


 目が開いた。廊下には管理生も執行委員会も誰一人としていない。それどころか外からは先程まで聞こえていた交戦の音が何一つしなくなっていた。戦闘は終わったようだ。そして魔力の流れが完全に変わり、外は夕暮れ時になっていた。裏世界との交信もできない。書き換えられた世界が元に戻ったんだ。


「──どういうことだ、これは」


 カーマックの低い声が少し震えている。顔を横に向ける。そこには。それが指し示す危機。壁にもたれ、傷を治していたはずのスパーダ・リンドバーグがいない。砕かれた剣の残骸だけが彼のいた痕跡を残している。


「誰か心当たりはあるか、女狐」


 ラースヒルズか? いや、それは無い。やつの位置情報は専門棟の中にあるままだ。執行委員会が連れ去ることはない。彼らに与えられた指令は管理生の撲滅のみ。No.コード1ファーストの部隊ならまだしも、他の部隊に与えられた特殊指令はない。


 ならば管理生か? いや、それも不可能だ。No.1の部隊がこの校舎を見張り、獣と化したレビンによって部隊が討たれてからまだ数分しか経っていない。この短時間でここまで辿り着くのは不可能な上、誰かの侵入を許した痕跡も情報デバイスには残っていない。


「……まさか。あの男に五分の生死論スケープ・ロック・シュレディンガーを突破する力はないはず……」


 だがそれしかない。にいた人間が連れ去った。しかしここにいたのは私だけだ。そう──自由に動ける人間は。

 

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