23 雷光の如き勇気の保持者

 心臓から剣を引き抜き、同調を解除する。……五人殺した。マックたちの状況を確認するために後ろを振り向く。


  体育館上にいた武装部隊も、後方から俺たちを囲んでいた残る五人の敵も皆、倒れていた。皆、気を失っているだけだった。惨たらしく殺され、死んだのは俺が相手取った五人のみのようだ。


 二人が俺を見ている。まるで信じられない物を見たかのように、まるで恐ろしい物を見たかのように、ルーナ先輩は俺の姿を眺めていた。


 そしてマックは俺の元に近づいてくる。表情は固く閉ざされ、どのような感情を抱いているのかを察することができない。マックは俺の前に立ち、見定めするような目で俺を見た。


「……お前、人間だな」


「……ああ。俺は紛れもなく人間だ」


「……フン。なら咎めることは何もない」


  その言葉の意味を理解しきれた自信はない。だがマックは俺の答えに納得した。人間を押し通す俺の驕りを良しとした。何故ならばそれこそが醜くとも確実な人間の証明だからだ。


 俺は顔についた返り血を蟲に吸わせ、再び校庭を目指して走り出す。俺の行動が正しいのかなんて俺には分からない。何が正しいのかなんてものは誰にも分からない。だけど、これだけは分かる。


 ──戦いに正解なんてない。あってたまるか。戦いが正解だなんて、あってたまるか。


◆◆◆


 たどり着いた。悲惨な死地と化した、日常の象徴だったはずの校庭に。


 乾いた土は舞い上がり、魔法と能力、粛正の魔弾によって削られた地表は、荒れ果てた砂漠を思わせる。


 黒い戦闘服に身を包んだ武装者と、フードで顔を隠したまま役目を果たした管理生たちの死体があちらこちらに倒れている。死体彼らと彼らが流した血が、枯れた砂漠を潤す唯一のオアシスとなっていた。


 吹き付ける風は血が混ざり血風。風には砂が混じり、赤い粉となって鉄の味がする。隠れるものもなく、堂々と正面から戦った結果は両者共に全滅。死体の数は百を超えているだろう。


「……ごめん、みんな……」


 ルーナ先輩は悔しそうに拳を握り締め、歯を軋ませる。マックはいつもの固い表情は変わらず、生きている者はいないかを探すように周りを見渡していた。


 立ち止まる二人を傍目に、俺は足を進める。手を伸ばして倒れた死体が、“行かないで”と言っている気がした。それでも俺は進み続ける。死体をかぎ分け、時には踏み越え、進み続ける。


 敵も味方も関係ない。無駄な死にさせたくないなら、生きている者が先に進まなければならない。これが屍を踏み越えるということ。冷酷だが避けることのできない、たった一つの選択。


 ──裕人。やっと分かったよ。俺が死ねない理由。俺が今まで生き延びた理由。俺の生きる価値。それは──


「……俺がまだ生きているからだ」


 単純明快。何も悩む必要はない当たり前の存在意義。ただそれだけだったんだ。生きるということは、責任を負うこと。死ねないという最大の責任。死んだ者が残した意志のために進み続ける責務。呪いにも近しい、その不可抗力。俺は本質的にその束縛を誰よりも理解していたのだろう。


 ふっと乾いた笑いがこぼれ落ちる。結局俺がやりたいことは生きる価値のために生きること。どこまで行っても解放されることのない地獄。それが俺の生きる意味。理解したことによる解放感。それを上回る断絶された自由への閉塞感。その合間に作られた、確固たる意志。


「一緒に罪を背負ってこうぜ。スパーダ。まあ、俺はすぐにその罪を放り投げて死ぬことが残念だけどな」


  歩き進め、校庭を超えた先。一般魔法科棟の前には返り血に塗れたレビンがいた。ローブはボロボロになり、体は擦り傷や切り傷まみれ。その体はいつか見た“雷”を薄く纏い、バチバチと音を立てて爆ぜていた。


 ……なるほど、アイツがここに来ているんだな。


「──レビン。お前……ここまでか」


「……ああ。最後に大仕事が残ってるがなぁ……」


  そう言ってレビンは眼前の敵を見る。一般魔法科棟の入り口には、整列した大量の執行委員会の隊員たちと、彼らの先頭に立つ一人の若い男がいた。


「……ここまでよく来たな。生き残りども。褒めてやる。よく死の危機を乗り越え、むざむざと生きたかった者たちの悲しみを切り捨てたな。だからこそこの俺がしっかりと引導を渡してやる。お前たちはもう、苦しまなくていい」


「……デウトール・クーガー」


 レビンは低く、氷のような冷たい声で宿敵の名を呼んだ。


「引導を与えるのはこちらだ。俺という人生にかけて、お前はここで必ず倒す」


  今の彼の目に、憎しみは映っていなかった。それが証拠。もうこの先を見ていない。ここが彼にとっての終着点。逃げる必要も進む必要もない、彼という人生の幕引きの場。


「……レビン君。一人では行かせないよ」


「……ルーナ様……」


 少し遅れてやって来たルーナ先輩がレビンの横に立ち、マックは俺の横に立った。無意識、もしくは運命か、これから先の道行きを決める組が作られた。


「……より美しくなったな、ルーナ。母上殿に似てきたか」


「……貴方も変わりませんね、デウトール。変わってしまった貴方のまま」


 二人はしばらく黙り込んだ。時間以上に長く感じる沈黙したこの場。それは二人が過ごした時の流れの虚しさを体現しているかのようだった。


 その沈黙に耐えきれなかったのか、ゆっくりと手を額に当てて、苦しそうな表情をしながら男は想いを吐露する。


「……ルーナよ、全てはお前のためだったのだ。お前のために、お前のために私はこの手を汚し続けてきた。もう何人を手にかけたのか分からん。それでもまだ……手に入らないのだ……! 何故、俺に力を寄越さない……ッ! 何故、何故、何故、何故ェェッ……! このままでは、次はお前まで失ってしまう……!」


 男は狂ったかのように頬を爪で掻きむしる。前が見えていないように、目の焦点は合っていない。そんな彼を悲しそうな目でルーナ先輩は見て、言葉を投げかける。


「……もう忘れていいんですよ。私の両親が死んだのは貴方のせいじゃない。止めようのなかった事故なんです。だからもうやめてください。これは貴方のための言葉なんです」


「許すなァッッ!! 俺のせいだ、俺のせいだ、俺のせいだぁっ! ルーナ、ルーナ、愛しのルーナ……! なんで……俺は……! こんな……!」


 男の悲痛な叫びが独りよがりに響く。何が彼を苦しめているのか、俺は何も知らない。ただ、なんとなくそれが、彼の生きる理由によるものなのではないかと思った。


「……私は貴方が好きだった。ですが貴方は罪を犯した。許されざる罪を重ね、貴方は私を裏切った。分かってます、全ては私を思ってのことだって。それでも……ダメなんです。もう貴方は戻れない。弱虫だった私を慰める貴方はもう、どこにもいないんです」


 ルーナ先輩は少し笑った。ただ笑っただけのはずなのに、残酷な事実を突きつけるために虚勢を張る、そんな仕草のようだと俺の目には映った。


「私の果たすべきことは、ここで貴方との決別を告げること。そう、私の隣には、昔からずっと私を愛してくれる人がいたのですから」


 先輩はレビンの顔を見つめる。二人の目が真っ直ぐに交わり合う。青い目には隠しきれない愛情があった。赤い目にはこれ以上ないほどの幸せが溢れていた。二人は見つめ合う。深く深く見つめ合う。


 ──なるほど、笑ったのはそういう意味か。


「……ルーナ様。最後に、最後にお願いを聞いていただけますか?」


「……なにかな。レビン君」


 答えが分かっているかのように優しげな微笑みを浮かべながら、先輩はレビンにゆっくり、はっきりと訊いた。


「……俺とキスをしてください。俺にとって、最初で最後の愛した人との証をください」


 愛の告白は誰にも邪魔されることなく、澄み切った声で彼女に届いた。彼女の目が涙で潤む。


「……はい。私が愛した、たった一人のあなた」


 彼の人生は最後の最後でその“生きる意味”を果たした。二人の唇が重なり合う。柔らかく、温かい、この世で一番の幸せを二人は手にした。ずっとこの時が続けばいいと、二人は心から思ったことだろう。


「──ありがとうございます。これで、心置きなく死ねます」


 先に唇を離したのは彼の方だった。足を前に踏み出す。彼はもう振り向かない。その燃えるような真紅の目は、打ち倒すべき敵の姿だけを真っ直ぐに捉えている。


「!! レビン・ムートフリードッ!! 貴様はここでッ! 必ず殺すッッ!!」


  デウトールが手を上げる。それと同時に後ろに控える執行委員会たちが粛正武装の銃口を一斉にレビンへ向けた。その数は実に百門を超えるか。そして最大の宿敵は他の武装とは一線を風靡する大きさの鉄塊の如き砲門を彼に向ける。そして向けられた粛正武装の山が、全ての終わりを告げるエネルギーのチャージを開始した。


 別れへのカウントダウンが始まった。粛正の魔弾が放たれる時、それが別れだ。レビンは後ろを振り向くことなく、俺たちに最後の言葉を残してゆく。


「マック。あんまりお前との関わりはなかったけど、一緒のクラスにいてくれてありがとう。お前は方向音痴なことと、表情が固いこと以外はあんまり欠点ないから何も気にすんな。でも一回くらいは俺のお笑いを見て笑って欲しかったな」


 冗談を言うようにレビンは軽く笑ってマックに別れを伝えた。マックは相変わらず鼻を鳴らすだけだ。だがこれもマックなりの別れの挨拶なのだろう。


「スパーダ。お前は──まだ本当の自分を見つけちゃいない。罪を背負うって決めて、迷いはなくなったみたいだけど、まだまだ道は続くぜ? ここは全部が全部正しい世界じゃねえ。隣界むこうよりも好き勝手できることが売りの世界なんだから、自分で自由に正しいことを作ったっていいんだ。もっとリラックス、リラックス!! お前は俺が見て来た中で一番輝いてた人間だよ! 胸張って生きろ!」


「……輝いてたのは俺の中でお前が一番だよ。ありがとう、レビン。しっかりとその使命を果たしてこい」


  俺はレビンの言葉をしっかりと聞き届け、そしてしっかりとその背中を言葉で押した。振り返ることなく、レビンは腕を横に出し、親指と人差し指で「O」の文字を作った。……昔に話したこと。覚えていたんだな。


「……あぁ、ごめん、やっぱり一番は取り消させてくれ、スパーダ。俺にとって、一番って言葉はこの人のためにあるんだ」


  ルーナ先輩は少し目に涙を浮かべている。そんな先輩の顔をレビンは想像しているのだろうか。レビンは決して後ろを振り返らない。振り返ってはその「勇気」に反することになるからだ。


「……世界一大好きです。世界一愛してます。今までずっと、ありがとうございました、ルーナ様。俺がこの世からいなくなったら俺のことはキッパリ忘れて、大切な人を作って、幸せに生きてください。それが俺の、一番の望みですから」


「……そんなこと、できるのかなぁ……」


  ふふ、と笑いながら、ルーナ先輩はその目に溜めた涙を拭った。先輩はもう泣いていない。しっかりとその目を敵に向け、先輩は杖を抜く構えを見せた。


「……あとは任せた。必ずフレッジの正体を暴け」


 俺たちにそう言い残し、レビンの足に力が籠る。再び、が与えた魔力を引き出し、体からは雷が弾けだす。その全てを使い尽くして、レビンはその時を迎えようとしている。


「魔力充填、壊滅原理デスルール装填完了!! 死ねッ! レビン・ムートフリード!!」


 上げられた腕が勢いよく下に振り切られる。それと共に放たれる大量の赤い閃光。そしてそれらを束ねるデウトールが放った強大な青い閃光。それらに怯むことなく、勇気あるレビン・ムートフリードは閃光に向かって走り出した。


「──これが俺という『勇気人生』の最後だッッ!! 行くぞッッ! デウトール・クーガアアァァァッッ!!」


 彼の壮絶な叫びと共に、目を開けられないほどの眩い白光はっこうがあたり一面を包んだ。


 今ここに、雷光の如き、レビン・勇気の保持者ムートフリードが人としての生を終えた。

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