22 罪重ね
「! 魔力の流れが変わった。レビンが能力を発動したんだ……!」
各地で激しい魔法がぶつかり合う音が聞こえ出す。爆発音に破裂音。白煙と黒煙。怒号と悲鳴。すでにこの地は戦場となった。
「行こう、スパーダ君、マッくん。レビン君との合流地点へ」
周囲の安全を確認し、俺たちは草むらから立ち上がり、走り出す。目指す場所は表のエーデルヴァルトにおける一般魔法科棟。ここからそこに向かうためには最も遮蔽物が少ない校庭を渡る必要がある。
俺たちは潜在空間に入った瞬間の戦闘を避けるため、会敵の可能性が最も低い西区域に配置された。ここが裏世界における敵本拠地、専門棟と最も離れた場所だからだ。そしてレビンは専門棟から校庭を渡り、一般魔法科棟へ向かわなければならない。
校庭は俺たちとレビンが必ず通る場所。それと同時に戦地としてはうってつけの立地だ。敵ももちろんマークしている。管理生たちは校庭で俺たちを援護し、レビンと合流させ、そのまま一般魔法科棟へ突入させるつもりだ。
「急がねえと……! 無駄な犠牲は一人も出させねえ……ッ!」
俺たちは真っ直ぐに校庭へ走る。今も各地で管理生たちが執行委員会の制圧のため戦っている。必ず犠牲者は出る。これは戦争だ。甘ったれた考えは捨て、手を血で染める覚悟を胸に秘めた者のみが立つことができる。
「! 一番隊に伝達!! ルーナ・エルヴィロード、他二名を補足した!! 交戦する!!」
西区体育館で見張っていた執行委員会に見つかった。校庭に出る直前で俺たちは執行委員会たちに囲まれてしまう。前後に五人ずつ、体育館と横の更衣室の上には合わせて十人以上。逃れることはできない。進むためには……やるしかない。
「……ルーナ先輩、上の奴らは頼みます。レビン、お前は後ろだ。俺は前の五人をやる」
「「……了解」」
ベルトに差した杖を握る。握った瞬間、俺は杖と一体化し、動けないのではないかと思う重圧を感じた。
心を整えろ。何のためにこの力はある? 俺は今一度、自身の覚悟を見つめ直す。
その瞬間、右腕に宿る紋章が疼き、そして、輝く。紋章の輝きが視界に刻み込まれる。光の波長が脳に送り込まれ、それは記憶となり、その歴史の集合地点へと意識が転送される。
──数え切れないほどの光。銀河のような眩い星の集合。その星の一つを手に取る。その星は、白く輝く他の星とは違い、桁違いなまでのドス黒い血のような色を放っていた。俺はこれを握らねばならない。そんな気がするんだ。
俺はこの星を握り込んだ。破裂して溢れる赤黒い液体が俺を包み込み、少しずつペンキを塗るように空間が広がっていく。その合間に挟み込まれるのは、重い鉄の扉を開くような重低音の囁き声。
──もう戻れぬぞ。お前はお前の意思で人を切るのだ。その先にあるのは数えきれぬ罪の数々。お前はそれを背負う覚悟があるか──?
俺と同じ顔をした男がそう問いかけてくる。
──そうか。これと同じ道を、俺は歩もうとしているのか。
右腕を握りしめる。赤黒い線虫が悲鳴を上げながら溢れ出てくる。俺はこいつを支配しなくてはならない。そしていつか、この地獄を見なければならないとしても、俺は剣を振るう。それが無様にあの夜を生き残ってしまった俺の役目だ。
「……ああ。みんな生きる力を使い尽くして戦っている。俺はお前なんかに怖がってはいられないんだ。さあ、降りてこい。俺と同じ場所に立って見せろ」
男はにやりと笑った。そして玉座から腰を上げ、散らばる屍の山を踏みつけながら俺のもとへ降りてくる。
その一歩を踏み出すごとに空間は少しずつ崩れていく。世界を滅ぼすほどの存在。凶悪な魔力の渦は魔王の風格に恥じぬもの。男は俺の右腕に音を立てぬよう、ゆっくりと手を置いた。それと同時に俺の右腕が裂かれ、歓喜を示すように俺の中の蟲が飛び出してくる。
──成して見せよ。スパーダ・イレイジャー・リンドバーグ──。
男の体を突き破り、濁流のように赤黒い線虫が溢れ出す。そしてそれは俺の線虫と絡み合い、混ざり合い、全身を駆け回る血潮となって激しく沸る。
完全に崩壊した真っ暗な宇宙へ一人取り残された俺は一言だけ呟き、闇に飲まれ、目を覚ます。
──さて、久々に殺るか──
「──同調開始」
杖を勢いよくベルトから引き抜く。その動きはさながら抜刀。最速の加速で間合いをゼロに持ち込み、首元に杖が差し掛かったところで同調を完了させる。
一秒後の自分を考える暇もなかっただろう。鉄の剣へ変化した杖は、一瞬にして男の首を刎ね落とした。
──周りがよく見える。残りの四人は呆気に取られ、無防備だ。次は横の女の腹へ刺突をかまし、内側から腹を切り裂く。
開いた腹に手を突っ込み内臓を抜き取る。鮮血を吹き出しながら飛び出した内蔵は、命を途絶えさせられた水子のようで、色を失い、その機能の停止を告げる。
そして俺はそれに魔力という命を吹き込み、後ろの粛正武装を構える男に向かって思い切り投げつけた。
「
内臓はその素体を鉄へと変貌させ、全長七十センチほどの剣となる。そして理解が追いついていない男の胸に、それが深々と突き刺さり、男は絶命。三人目。
「な、なんなんだよお前はああぁぁ!?」
恐怖の表情を浮かべるまだ若い男の隊員が、冷静さを欠きながら粛正武装の魔弾を放った。狙いもクソもない、引き金を引いただけの結果は、運良く俺の右腕に被弾して俺という存在を粛正し始める。男は一瞬だけ安堵の表情を見せた。“俺はまだ助かるのだ”と。
「……それがどうした?」
俺は左手に剣を持ち替え、真上からその剣を振り下ろして、容赦なく壊死していく右腕を切り落とす。
「な!?」
「──さっさと帰ってこい。蟲ども」
俺の呼びかけに応じ、切り落とされた右腕の蟲どもが分裂し、赤黒い瘴気となった俺の右肩に集結する。そして俺が男の顔に右肩を向けると、切断面から線虫が巨大な異形の腕を生み出し、男の顔面を力強く掴んだ。
「ひっっ! ぎぃ、やあぁぁぁああ!!」
肉は裂かれ、骨が砕ける凄まじい音が響き渡る。男の全身を覆うように、俺の腕から這い出た線虫は楽しそうに男を喰っている。これは俺の意思じゃない。こいつをまだまだ制御しきれていない証拠だ。次こそは俺の手で、
線虫は男を喰い尽くし、その場には男だったものの影だけが残った。腕に魔力が蓄積されるのを感じる。これが人間の味か。吐きたくなるほどクソ不味い。
「……残りはお前だけだ。お前は必ず楽に殺してやる。こんな蟲どもには喰わせない」
呆然と立ち尽くす同い年ほどの少年。彼の表情に恐怖はない。その表情はもはや人間が生み出した感情によってもたらされるものではなかった。その答えは彼が与えてくれた。
「──貴方は神ですか? それとも悪魔ですか?」
人を超越した存在を目の当たりにした際の、時が凍りついたかのような自己存在の再認識。自分がいかにちっぽけな存在であるかを悟り、死と生への渇望を全て捨て、それがナニであるかをただただ問う。
「……俺は『人間』だ。お前の目に映る俺が、神であろうと、悪魔であろうと、俺はお前と同じ生き物だ。……ちっぽけな……人間だ」
彼の求めた答えは返らない。心臓に深々と剣が突き刺さる。少年の目から光が消え、事切れる。無表情のまま口から垂れ落ちた血が、彼が生きたことの証明のように地へ溶け込んだ。こうして、血の断層はその血に塗れた歴史を
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