20 開戦
正直なところ、俺はかつてないほど緊張している。今の俺の両肩にのしかかっているのは責任と恐怖だ。
今までの俺は、全てを一人で解決しようと必死だった。だからこそ責任に囚われることはなかった。ある意味気楽に行動することができていたんだなと俺は自覚する。
この場所に来るのは何度目か。何の変哲もない扉が目の前にある。すでに使われなくなった専門棟生物学の扉。ある生物に対する研究が人道に反する内容であると露見したことで廃止された専攻学科。今はここが唯一の裏世界への入り口となっている。
「……っ」
さっきのスパーダとの会話を思い出して雑念が混じる。……考えるのは最速で俺が鍵を開くことだけでいい。向こうは執行委員会の本拠地。裏世界からこちらを見ることが出来る奴らは厳戒態勢を取っているはず。俺が入った瞬間に、俺は隊員たちの魔法の雨に打たれることになるだろう。もし、一歩でも俺の動きが遅れたならば、俺は──。
「……いや、そんなこと考える必要はねえな。何びびってんだ俺。俺にあるのは余りある勇気だけだろ」
扉に手を当て、意識を集中させる。魔力浸透で俺の魔力を扉に通す。そして──鍵を開く。
「
今、裏世界の扉は開かれた。
『侵入確認。対象を粛清せよ』
警告音と共に俺の始末が許可される。俺の予想通り、奴らは待ち伏せしていた。そして一斉に俺に向かって魔法やら粛正武装の魔弾が豪雨のように降り注ぐ。
「
執行委員会の攻撃が一斉に炸裂し、当たり一面は白煙に包まれた。その時点でやつらは気づいたはずだ。──裏世界は現実のものとなったことに。
「──よく恐怖と戦ってくれた、レビン君。あとは僕に任せて、君はスパーダたちと合流しなさい」
煙を払い、現れたのは副校長ラースヒルズ・ネクト。攻撃の嵐をその身で全て受け止めたにも関わらず、彼の身には傷ひとつない。そして杖を抜くことなく、彼はその封印された右腕を前に突き出し、執行委員会たちに好戦的な笑みを見せる。
「さあ……楽しませてもらおうか、執行委員会。この僕に剣を抜かせてみせろ」
◆◆◆
「ハァ……! ハァ……!」
全速力で走る。あちこちから爆発の音が聞こえる。この学校はすでに戦場と化した。俺が能力を使った瞬間から、戦いは始まっていた。
──二時間前──
「俺の能力?
ラースヒルズは俺におかしなことを提案した。この自分以外に全く効果のない能力を使って、敵と戦うというのだ。
「ああ。君の能力は知っている。だからこそだ。君に呪いをかける」
「……は?」
「僕の家に伝わる固有魔法でね。まあちょっと色々反則できるってだけの固有魔法だ。これは解かれた時に発動する扱いづらいものなんだけど、君の能力なら解除できるだろ?」
ラースヒルズは爽やかな笑顔で言ってくるが、魔法をかけるという時点で穏やかな作戦にはならないだろうと勘づいた。
「出来る……けど。一体それが何になるんです?」
「この魔法は解除された時に初めて効果を発揮する魔法でね。発動すれば、裏世界を逆転させることが出来る」
「!? 裏世界にいる執行委員会を引き摺り出して、表で戦うってことか!? 親父……流石にそれはまずいだろ……! 無関係の生徒や教師も巻き込まれるぞ!?」
スパーダは声を荒げて反論した。確かにそうだ。裏世界の広さはエーデルヴァルト校区と同じだ。なんせエーデルヴァルトの裏側なのだから、大きさだって同じ。そんな広範囲に散らばっている執行委員会を引き摺り出したら、無関係の人が戦闘で巻き込まれることはもちろん、口封じのために校区中で殺戮が起きる。
「“表”じゃないよスパーダ。『時空の三面展開論』はもう習ったね?」
「え? あ、ああ、うーんと、確か世界っていうのは『仮想宇宙』っていう俺たちの魔力炉と接続している無限の魔力で満たされた空間の中にあり、さらにこの仮想宇宙と世界の間には『潜在空間』ていう無の隙間がある……そんな話じゃなかったっけ?」
「そう。そして僕のその魔法は、その潜在空間を具現化させるというものだ。それを裏世界で発動させることにより、潜在空間で裏世界をかき消す。あとはその発動範囲を調整し、表世界に範囲がかからないようにしつつ、僕たちだけを潜在空間の中に入れれば、表に被害を出さずに執行委員会と戦うことが出来るというわけ。ただ、この魔法のタイムリミットは一時間だ。それまでに目的を果たさなければならない」
つまり裏世界から表世界に切り替えるのではなく、潜在空間を間に挟み、そこへ裏世界から執行委員会を引き摺り出そうということか。だが時間制限があり、休む間もなく作戦の遂行が求められると。
しかしさらっと言っているが、この規模の魔法は上級を超えて「
「執行委員会の弱点は、出来る限り受け身にならなければならないということだ。彼らはエーデルヴァルトの裏の顔そのもの。生徒や教師たちに顔を割られてはならない。そのため僕たちは必然的に彼らより先に攻撃を仕掛けることが出来る。そしてレビン君の能力発動を機に、エーデルヴァルト校区全域に張られている裏世界は潜在空間へと入れ替わる。その前に管理生の生徒たちを全域へ配置し、潜在空間に入った瞬間、火蓋は切られるという算段だ」
……やっぱりこの副校長、優男の雰囲気を出してるくせに、戦いにおける考えは徹底してシビアだな。誰かを傷つけさせることへの躊躇がない。恐らく誰かを失う可能性を考慮して確実に勝利を取りに行く本物の戦争経験者だ。
だけど実際そうだ。この男は七年前のディール侵攻において、たった一人で軍隊を壊滅させた生ける伝説。ラースヒルズがいなければ恐らくフローラは敗北し、ディール領に取り込まれていただろう。それだけの実力と実績を持つ彼の作戦なら、どんな無茶であろうと実行する価値がある。
「恐らく執行委員会も我々の襲撃を予知し、裏世界各地に部隊を送り込んでいるだろう。裏世界に乗り込んだ瞬間に、君は一斉攻撃を放たれながら最速で能力を発動することが求められる。レビン君、君が作戦の鍵であり、裏世界に入る鍵も君しか持っていない。全てを託すようで悪いがやってくれるか?」
「……はい。やります。俺にしかできない仕事を与えてくれてありがとうございます」
「君が能力を発動さえしてくれれば、僕が君を必ず助けることを誓おう。負担は大きいが、能力を発動した瞬間、君の位置座標へ僕は飛ぶ。君は恐怖とだけ戦ってくれ。勇気のある君ならば出来る」
◆◆◆
「自分に勝ったぞ、ラースヒルズ……! 次はあいつらと一緒に勝ちに行く!!」
が、正直不安要素はある。俺の切り札。俺の全て。あれを使うには魔力が足りないかもしれない。もし仮に発動したとしても、その瞬間に魔力切れを起こし、俺はそのまま死ぬのかもしれない。
……いや、恐れを抱くことこそがそれを現実にする。さらに俺の切り札には「感情」が鍵となっている。俺が残すは純粋な「勇気」のみだ。
次にやるべきことはスパーダたちとの合流。スパーダ、ルーナ様、マックの三人が共に行動している。その目的はフレッジの捜索。この混乱に乗じて手薄になっているはずの「
……こうやって周りを見ると、俺は大層な地獄を引き起こしたんだなと罪の意識に囚われる。景色は普段通っているエーデルヴァルトと何ら変わらない。変わったのは、各地で黒煙が上がり、悲鳴と怒号が響き合う戦場と化しているということだけだ。
引き金はもう引いた。戻ることはできない。だからこそ持てる全力、最速を出し、俺たちはフレッジを見つけ出す。そして執行委員会の闇を打ち払うんだ。
「! 粛正対象確認! 殺せッ!」
合流地点へ向かう道中、二人組の執行委員会と出会い頭に戦闘となる。二人とも粛正武装を持っている。あの攻撃を受けるわけにはいかない。
──粛正武装。“パニッシュメント”とも呼ばれる、断層地下で発掘される旧世紀の遺物。魔弾を放つものや、剣状のものなど形は様々だが、特出すべきは「
武装から伸びた「
俺はイレギュラーに違いない。あの力を持っているのだから。
タイミングを予想する。魔素血管はすでに繋がり、チャージが完了──今だ。
「フゥッ!」
スライディングの形で俺は魔弾の持ち主の懐へ潜り込んだ。そのタイミングと同時に魔弾は射出され、魔弾は俺の髪をかすめて地面に当たる。
「な!?」
「うおおおっ!」
慌てて第二弾をリロードする隊員。俺はその隙に奴の鳩尾に肘を入れ、その体を盾にしながら前へ突き進む。後方にいるもう一人は剣状の粛正武装を持っている。そのまま振えば確実に切られるのはお仲間だけだ。
「吹っ飛べッ!!
杖を盾にした男の腹に突きつけて無属性衝撃の呪文を唱える。発動した魔法は男を思い切り吹き飛ばし、その勢いのまま仲間の隊員へと男は衝突した。
「
地面に転がった二人を風魔法でさらに吹き飛ばし、俺は邪魔者のいなくなった通りを全力で走り抜けようとするが──
「あ、待て!」
「くっ──! 新手か!」
刻一刻と迫るタイムリミット。皆が最速を出さなければ成功しない電撃作戦を引き止める者は後を絶たない。だが、それら全てを蹴散らし、俺はみんなのもとへ向かうんだ──!
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