19 レビンの過去

「どう? いい眺めでしょ。学校の隅々まで見えて、私は好きなんだ」


「……さっきの話を聞いたらあんまり綺麗には見えませんけどね。ところどころ木が腐ってるように見える。オリバーさんが育ててくれている立派な木なのに」


 管理棟の屋上から見えるエーデルヴァルトの景色は壮大だ。約六百五十年前、始祖ルーガが作り上げた断層初の魔法学校。その受け継がれて来た伝統は見事に栄えている。


 だがその内側は腐ってしまったらしい。それも腐らせたのは俺が信頼していたはずの学校そのものだ。



────七ヶ月前────



「……でけぇ。これが学校なのか?」


「そうじゃ。この国が誇る最大の魔法学校じゃよ」


  サンタクロースのような白い髭を蓄えた初老の男性。彼はオースター・ネルソン。エーデルヴァルトの校長であり、名君と呼ばれる指導者。かのディール侵攻において戦場の指揮をし、神殺しの夜で疲弊したフローラを持ち堪えさせた偉大な人物だ。


 俺は入学前、校長直々に俺と話したいと言われ、校長室に招かれた。この世界の現状については、そのほとんどを校長から学んだ。校長は俺の過去についても知っていた。今思うとなんで俺のことを知っているんだろうと、もっと疑問視すべきだったのかもしれない。


 だけどその当時は何の疑問も抱かなかった。彼の話す言葉は全てが真実であり、彼が嘘をつくような人間には見えなかったからだ。


 それに校長の側近であるオリバー・マッドウェイという男性は、俺が入学してからも魔法、能力が使えない俺のことを気にかけ、なんとか魔力操作だけでも使えるようにと付き添いで指導してくれた。そんな人が尊敬する人物が悪い人間なはずがないと思っていた。


 ──そりゃ気付けるわけねえよ。嘘をついてるんじゃなくて、元から人間だなんて──。



◆◆◆



「……レビンは落ち着きましたか?」


「うん。今は宿舎で休んでるよ」


「……あの取り乱し方はあいつらしくない。いつもはどんなことでもふざけて笑い飛ばすようなやつなのに、さっきのあいつの目には憎しみしか映っていなかった」


 風に打たれながら俺は呟く。隣で同じように風に打たれるルーナ先輩はどこか遠くを見つめながら思い出すように語り出した。


「……レビン君はね、もともとはエルヴィロードに仕えるムートフリード家の長男だったの。代々一人しか後継を残さないエルヴィロードに生まれた私にとって、彼は弟のような存在だった。何事にも一生懸命取り組む立派な子でね、時には無茶しすぎて心配になることもあった。将来は私と結婚するって言って聞かない子だった」


 エルヴィロードは一家相伝の剣技を引き継がせるため、物心ついた時から厳しく育て上げられると聞いたことがある。後継を一人にするのは誰かを頼ることのない完成された強さを備えるためだと。


「だけどムートフリード家は下級貴族。当時は今よりも階級社会の風習が色濃かったから、前当主である私の父は上流貴族であるクーガー家の嫡子と私を婚約させようとしたわ。それがデウトールという男。……彼が捕まって、この縁談は破棄されてしまったのだけど」


  軽く先輩は笑って見せたが、どこか悔しさと悲しさを混ぜたように歯を食いしばっていた気がする。


 ……俺もその話は耳にしたことがあった。エルヴィロードが影の者と婚姻を結ぼうとした。エルヴィロードはフローラの裏切り者であると。そしてその失った信頼を取り戻すために国に尽くした少女がいたのだと。その少女は国だけでなく、全ての人の幸せを願って、己の人生を費やしている。そんな人生で彼女は……はたして幸せなのだろうか。


「……八年前、彼はムートフリードを滅ぼした。ムートフリードは下級貴族だけど、彼らは他の家では持ち得ない特殊な力を持っていたという噂がある。多分だけど、デウトールはそれを狙ったの。……あの人は、あの日から──」


「え?」


「……ううん、何でもない」


  最後の方に言った言葉は、独り言を呟くような小さな声でよく聞き取れなかった。その時の先輩の顔は……とても辛そうだった。


────


 その後のルーナ先輩の話によると、レビンは家族を殺された後に、親戚であるクレイストンに引き取られた。ムートフリードよりも階級が高いクレイストンに引き取られ社会的地位は向上したが、国力の低下に伴う貴族の失落は大きく、貴族は民衆からの不評を買うことが多い。結局のところ、貴族としてまだ尊厳を保てているのは聖席十二貴族程度のものだ。さらにレビンは下級貴族の生まれを蔑まれ、クレイストン家から酷い仕打ちを受けているらしい。


 だがレビンはそんなこと全く気にしている節はなかった。あいつの中にあるのは誰かを笑わせたいという願いと、消えることのないルーナ先輩への想いだ。そしてあいつは誰よりも勇気がある。ただ一人で全てを背負おうとする、勇者のような馬鹿げた勇気が。


「……倒しましょう。執行委員会を。闇の王の影を振り払って、俺たちのエーデルヴァルトを取り返すんです」


 俺は杖を握りしめた。様々な思いが胸に集まる。命を賭けることの意味。与えられた使命。自分が成し遂げるべき責任。俺は俺の弱さから逃げない。この剣に誓って、俺は俺の全てを出し尽くす。


「……ええ。お供致します。我が王よ」


 俺たちはこれから執行委員会との戦いに赴く。全ての鍵を握るのは──レビン、お前だ。

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