17 背負う使命

 俺には勇気がある。勇気とは示すもの。内に秘めた勇気なんざ、クソの役にも立ちゃしねえ。逃げに逃げ回って、やらなきゃならなくなったら勇気を出すやつが俺は大嫌いだ。出せるなら何故その勇気をもっと早く示さなかった? 


 お前たちは“今じゃない”とか、“これからだ”とか言って、結局は保身に回る。その時に出せるってんならすぐに出せよ、腰抜けども。


 ──我々、執行委員会は未来を支える種である魔法学校の守り手だ。そして我々は守り手であり、伐採者だ。優れた実をつける芽の成長を阻害する弱き芽は摘まねばならぬ。そしてそれを行うのは夜だ。優れた芽に知られることなく、我々は賞賛を受ける必要も無く、ただただ機械の意思で芽かきする。全ては混沌とする世を正すために──。


 入って早々、告げられたこのつまらねえ正義を試しに実行してみた。やっぱりクソつまらなかった。


 生徒に見つからないように裏から対象を捕捉し、周りから息を吸う音が聞こえなくなると共に、現れて殺す。そして証拠を消すためにそいつごと裏に逃げ込む。なんだそりゃ、正義ってものはその正義を振るう相手に見せつけて、正々堂々と実行するのがモットーだろうが。


 俺は二日で執行委員会を抜けた。俺に求められているのはこんなつまらねえ仕事じゃねえ。俺はもっと多くの人を笑わせたいんだ。もっと多くの人に俺を見てほしいんだ。そしてみんなから認められて、そうしたら俺はあの人に釣り合う男になれるだろ? 


 でもそれだけじゃあの人は認めてくれねえよな。だってあんなに眩しいんだぜ? 今の俺じゃ足りないものがありすぎる。だったら一つ一つ揃えていくしかない。もう誰からの力も借りない。俺は俺の力で認めてみせる。


 そう決意した俺の前に、もうどこに行ったかも思い出せない“記憶”という日記が現れた。そしてその頁が風に吹かれるように開き、俺の頭にその時の光景が流れ込んでくる。


 ──相変わらず遅いな、レビン。また一緒にゴールするか? だけどあの人だけは絶対に渡さねえぞ? あの人をお嫁にするのはこの俺だからな!


 懐かしい、声がする。あれは誰だったか。もはや思い出せないほどにその人は変わってしまったのではなかったか。それでもこうやって夢の中では、あの頃の姿のまま、俺と一緒にいてくれるんだな。


 ──チクショウ! 絶対負けねえ! 結婚すんのはこのおれだ!!


「ルーナ……様」


「ん? 呼んだ?」


 寄り添うように耳へ届くその声は俺にとって女神のものだ。誰よりも高貴な地位に立ちながら、俺のような中堅貴族にさえ、下に見ることなく、同じ場所に立ってくれる。


 目を開けると、柔らかい感触が後頭部にあり、それは何度も想像した感覚よりもずっとか良いものだった。毛布のような温もりを与えてくれるのは管理生の専用ローブ。そして目の前には優しく微笑みかけてくれるルーナ様の美しいお顔……俺は何よりも欲しかったものをたった今、手に入れている。もう死んでもいいかも……。


「あれ、目閉じちゃった。また寝るの?」


「いえ、寝ません」


  だけど夢見心地を続けるわけにもいかない。俺は俺の信念であった誰にも頼らないという誓いを破った。ルーナ様だけでなく、スパーダたちにも助けられた。俺はルーナ様の膝枕から名残惜しく起き上がる。


「……まずは礼だ。ありがとう、みんな。本当は俺一人でフレッジの居場所を突き止めるつもりだったのに、俺はマナになす術なく倒された。全く……情けねえ」


「だがレビンよ。お前は執行委員会の潜む裏世界から咄嗟の判断で抜け出したな。おかげさまであの犬、いや、最後は猫だったかもしれんが。とにかくやつの居場所をあぶりだせた。感謝するのは俺たちの方だ」


「……頭下げんなよ、そういうのいらねえから」


  俺は誰かの感謝を受けたいわけじゃない。俺は俺の信念で動いているだけ。それを破らないことがモットーなだけだ。


「……レビン。なんで何も言わずに一人でそんな危険な場所へ行ったんだ。フレッジの居場所を掴みたいのは俺も同じだって分かるだろ?」


 スパーダは俺の肩に手を置いて強く問いかけてくる。その目つきは険しく、明らかにスパーダは怒っている。


「……裏世界に入れるのは執行委員会専用の番号コードを持つ者のみだ。それに、お前に伝えたところで何になるってんだ? 魔法も能力も使えず、剣使いの力しか使えない。そんな異端分子を執行委員会が放置している現状のが不思議なくらいなんだ。お前も自分の特異性を理解しているなら分かるだろ?」


 俺は至って当たり前のことを言ったつもりだった。でも思い出した。俺は馬鹿だってことを。


 スパーダの手にとてつもない力が入る。右腕の紋章が反応し、赤黒い線虫が蠢くほどに感情のリミットが振り切れたようだ。


「俺を引き合いに出して、自分の身を投げ出したことを正当化すんじゃねえよ!! お前もか!? お前も誰かのためなら命なんか惜しくないって口か!? どいつもこいつも命を軽々しく見やがって……!! それが自分の生きる価値だっつって、俺が止めようと跳ね除ける!! もううんざりなんだよ……!! 大事な人がいつ死ぬか分からない恐怖を、お前らは考えたことがあるのかよ……っ!」


 その翠玉エメラルドのような緑の瞳が悔しげに狭まる。


 ──そうか。こいつは気づいていないんだ。そうだよな。だってこいつはこの世界の七年間を知らない。失った命のために自分の命を捧げることの意味を理解できない。こいつは俺たちがかつて持っていたはずの輝きを失わずにここまで来た。


「……お前、かっこいいじゃねえか」


 だからこそ、こいつの輝きを失わせるわけにはいかねえ。俺の手で必ず守ってみせる。この輝きが必ず、この世界を変える力になるのだから。


「俺たちの感情をお前が理解することはない。でもそれでいい。それでいいんだ。俺たちは多くを失うのを目の当たりにして、少しでも多くを守るために自分たちを犠牲にするのが正しいと植え付けられた。でもお前から見たらそれは間違いだよな。自分の命は大切にするのが隣界の人間なんだろ? それは正しいと思う。だったら、俺たちだって正しい。ここは俺たちの世界、血の断層ブラッドフォールト。流れた血は血で洗い流すしかない」


 スパーダの手に俺の手を重ね、俺の肩から手を下ろさせる。スパーダはどこか悔しそうにしながらも応じてくれた。


「……そんな顔するなって。俺は馬鹿だからさ、馬鹿なりにやれることを馬鹿正直にやるしかないんだ」


「……いや、馬鹿は俺の方だよ。この馬鹿」


 諦めたようにふっとスパーダは笑った。だけどそれはどちらかというと迷いが消えたような清々しい笑顔だった。


「よし、それじゃあ情報整理と行きましょうか。私たちが掴んだ情報と、みんなが知っている情報を照らし合わせてこれからの対策をします。『管理棟』に行きましょう。待ってる」


 ルーナ先輩は管理生のローブを着直し、耳元に手を当て、誰かと話すように何やら呟いた。そして俺たちを先導するため歩き出す。


「……悪いけど、私は行かないよ」


  歩き出した一同の中で一人だけ歩みを止める生徒がいた。それは鉢巻姿の少女。優れた観察眼と感知力を持つキルナという子だ。


「天パーのお前。レビンって言ったか? お前はこの世界の人間はみんな死にたがりみたいなこと言ってたけど、私は違う。私は無関係の人のために死んでやれるほどの勇気はない。私がすべきはより多くの人のために、生きてモノを生み出すことだ。だから死地に赴くことは私の仕事じゃない」


 そう言いつつもキルナは心なしか申し訳無さそうに俯いた。そんな彼女の頭に、スパーダはポンと優しく手を置いた。


「お前はそれでいい。お前に託された仕事はお前にしかできないものだ。血を流すのは俺たちだけでいい。お前の手は人を救うモノを生み出す手なんだからな」


 スパーダは軽く彼女の頭を撫でた。一瞬だけ照れ臭そうに彼女は顔を背けたが、すぐにスパーダの言葉を受け止めるよう、真っ直ぐに顔を合わせた。


「……サンキューな、スパーダ。無事に帰ってこい。怪我しちゃいいモノは作れねえからな」


 スパーダの胸に拳を当て、キルナは専門棟に戻ろうとした。しかし何か忘れたものを渡しに来るように、彼女はトコトコとした足取りでスパーダのもとにまた帰って来る。


「……おい、左手出せ。ほら、早く」


「え? はい」


 言われるがままにスパーダが手を差し出すと、キルナは少し強引に指を伸ばさせて、ポケットから何かを取り出す。


「……こいつをお前にやる。私が魂を込めて作った指輪だ。もしかすると、それがお前を助けてくれる時が来るかもしれない。それと……力が足りないと思った時は私を頼れ。私なら必ず、お前の力になってやれる」


 キルナはスパーダの左親指に綺麗な青い反魔石が装飾された黄金に輝くリングを通した。歪み一つない見事なリングだ。作った人の熱意が籠っているのが素人目にも分かる。


「……お前ってそんな素直なやつだったっけ?」


「……うるせえよ、さっさと行きな」


 キルナは軽くスパーダの足を蹴って、そのまま作業場へ戻って行った。鉢巻を締め直している姿がとても凛々しく見えた。


「スパーダ……お前ら付き合ってんの?」


「……馬鹿野郎。あんな怖い女と付き合えるわけねえだろ。……尊敬しかねえよ、あいつには」


 俺がそう思ったのは同じ指輪を彼女もつけていたからだ。でも一概にはそう言えないのか。指輪はつける位置で意味が変わるという。


 スパーダに着けた左親指は確か、信念を貫く、困難を乗り越えるといった意味があるという。そしてキルナがつけていたのは左中指。これは確か協調性を高めたり、判断力を良くするといった意味があったはずだ。


「……確かに、お前にはもったいねえくらいいい子じゃねえか」


 不器用で突き放してしまうけど、心はとても真っ直ぐで、誰かのことを思える。あの子はきっとお前をより一層輝かせてくれる。いい相棒を持ってるじゃねえか。

 

 

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