16 保管剣使

「ルーナ先輩!? なんでここに!?」


「やっほー、スパーダ君。君に危険がないか監視するようにからお願いされてね」


  ルーナ先輩が目配りした先は専門魔法科棟の屋上。そこには見慣れた顔がいた。


「正体を暴いたぞ、女狐め。貴様、狐ではなく犬に成り下がったとは──」


  そいつは約三十メートルの高さから落下する。そして魔力強化を拳に集中させ、落下の勢いと合わせてマナの頭部を破壊せんと、鉄と化した拳を思い切り垂直に叩きつけた。


「──聖十二が聞いて呆れるッッ!!」


ステ──くっ!?」


  防御魔法を途中で中止し、マナは大きく後退した。その拳は空を切るが、まるで隕石の落下のような破壊力で煉瓦の地面へ大穴を開けた。


「チッ、逃げよって。狐より犬になった方が逃げ足が速いとは、どういう理屈だ?」


「マック!!」


 マックは手の埃を払いながら俺の元へ歩いてきた。そして俺を吟味するように眺め、周囲の状況を確認する。


「無事みたいだな。しかしレビンが重傷。ルーナさん、そっちは頼みます」


「OK。この戦いが終わった時にレビン君が話せるようにはしといてね。いつもみたいにファンサービスしてあげないといけないから──さ!」


  マックはレビンのもとに向かい、ルーナ先輩は一瞬で間合いを詰めてマナと戦闘を開始した。マックはレビンの傷口に指を当て、詠唱を開始する。


「──我は異端なり。大いなる大神の祝福を与えられずとも、我は人の守り手となるべくこの身を捧げる。我が身に宿るは生命の息吹。我と其方は同じモノ。故に其方の傷は我の傷。その痛みを馳走したまえ」


 詠唱が終了すると共にレビンの傷跡が癒えてゆく。しかしその傷はマックに移転し、マックの体から痛々しく血が流れ出す。マックは顔を歪ませることもなく平然と取り出したハンカチで血を拭き取った。


 番外属性エクストラの魔法。多数派マジョリティ少数派マイノリティのどちらでも稀に発現する追加魔法適正。その中でもマックは貴重な治療魔法の適正を持つ。


 以前、この治療の理屈をマックから聞いたことがある。どうやら治療魔法の魔力操作は非常に難しいらしく、必要とされる精密さは細胞一つ一つを縫合するという常人では不可能なものだ。


 マックはそれを可能とするために、自身の能力を利用しているらしいが、そちらについては教えてくれなかった。何やら教えたくないものらしい。その時に深入りしてみたが、殺されそうな空気感を醸し出して、俺の胸ぐらを掴んできたほどだ。それ以上は何一つ聞き出せなかった。


「マック、レビンは無事か?」


「案ずるな。そう大したことはない。それよりもあの犬ころの正体が判明したぞ」


 マックは重々しく口を開く。そこには明らかな侮蔑の色が混ざられていた。


「── No.コード2セカンド マナ・ルーランド。二十年以上前に廃止されたはずの武装部隊である執行委員会は、今も裏で存在していた」


「執行委員会……!? 過激すぎる魔法学校の保全活動のせいで、断層内での結成を禁止された組織じゃねえか!?」


「恐らくフレッジは執行委員会の手によって幽閉されている。そしてレビンの経歴も調べたところ、かつて執行委員会に所属していたことが判明した。レビンは恐らくフレッジを探し出すため、古巣である執行委員会の中へ潜り込み、そしてヤツに見つかったのだろう」


 レビンが無断欠席した理由、マナが俺たちの口封じで襲おうとした理由が繋がった。そしてこの状況となることを見越してマックはマナへの監視を強めていたのか。


「言ったろ。諦めなければチャンスが来るって」


  キルナは俺の首に腕を回し、得意げに鼻を鳴らした。そうか。俺を止めたのはマナへの不意打ちを仕掛ける二人に気付いたからか。そしてキルナは時間稼ぎの会話を買って出た。冷静さ故に持ち合わせる視野の広さが俺を救ってくれた。


 キルナの言うとおり、これはチャンスだ。ここでマナを捕えることができれば、フレッジの居場所を吐かせることができる──!!


「手出しはするなよ。ルーナさんの剣に巻き込まれる」


「分かってる。ルーナ先輩に手助けは必要無い」


  俺は近距離で戦闘を繰り広げているマナとルーナ先輩を見た。戦況はというと、やはり圧倒的にルーナ先輩が押している。近距離戦で剣使いに敵う者はいない。それにルーナ先輩はこの世界において生きる権利を認められた剣使いである保管剣使マハトハルトだ。


 エルヴィロードは王家を除けば、現存する最古の剣使いの家系と言われ、その力量は王家の剣使いとさえ匹敵する。その正当なる歴史と実力を認められ、エルヴィロードは保管剣使となった。


「くっ……! アンタの剣とはやり合いたくなかったわ……!」


「へえ、じゃあ誰なら良かったの? もしかしてラースヒルズ? やめといた方がいいよー、勝つためならあの人はなんでもやるからねー」


 軽やかな足捌きと跳ねるような太刀筋でルーナ先輩はマナを追い詰めている。先輩が同調させている剣の名は“遣らずの雨ヒンダードロップ”という。


 西洋剣フランベルジュのように波打つ刀身を持つ剣。全長は七十センチほど。この辺りの長さ最も扱いやすいとされ、十分なリーチと小回りの良さを持つ攻守一体のバランス型。


 さらにこの剣は振るうことにより、水蒸気を凝縮させ、水を生み出す力を持つ。その際に生じるエネルギーは大きく、スコールの如き大量の水が降り注ぐため、下方へ避けることはできない。エルヴィロードの剣術が得意とする神速の袈裟斬り、逆袈裟斬りの精密さも相まって、広範囲の斬撃とスコールにより相手は後退を余儀なくされる。


 素早い剣撃を捌くのに手一杯でマナは魔法を唱えることができない。そして壁際にマナは追い詰められた。ルーナ先輩は刺突を繰り出すと共にマナの足を払い、体制を崩したマナにのしかかる形で制圧する。


「うっ……! 重いわね、アンタ……!」


「む、失礼な。これは日々の鍛錬の賜物よ。そんなことより、どうして君が執行委員会に所属しているのかしら? 少なくとも私の知るマナちゃんは、暴力を徹底して嫌う博愛主義者だったはずなんだけどなー」


 マナは必死に抵抗し、暴れようとするが、ルーナ先輩は容赦なくマナの首元に剣を突きつけて無理に動けないよう拘束する。


「……ッ。平和ボケしたエルヴィロードなんぞに分かるものか……!」


「分からなくても知ればいいだけの話だよ。君をこれから『解読者ディサイファー』のもとに連れて行く。あ、もちろん君が能力で解読者を手玉に取らないよう、工夫を凝らしてからね。どこがいいかな? 手を落とす? それとも喉を潰す? はたまた足で杖を扱うかも知れないから膝下を刎ねる?」


 怖気がするような言葉を、満面の笑顔を見せながら押さえつけ、逃げられないように耳元で囁いたその様は、普段のおっとりした雰囲気からは考えられないほど恐ろしかった。


「に……げろ……」


「え? レビン、目が覚めたのか?」


「は……やく……来るぞ……が」


 レビンは俺の後ろへ指を差し、すぐにまた気を失った。指し示された先には何も無い。近くに建物は無く、校区を離れた奥に、メルバーダの象徴である時計塔があるだけで──


「──!! そこを離れろ、青髪ッ!!」


  キルナが大声で叫んだ。その叫びを聞いてルーナ先輩も何かを察したのか、飛び跳ねるように離れる。しかしマナは離していない。マナの手首を握ったまま宙へ飛んだ。


 その瞬間、専門魔法科棟の壁に直径一メートルほどの大きな穴が開けられた。一瞬にして壁を溶かし、溶解した壁の破片だったものは落ちた先の芝生を瞬く間に炎上させる。


「みんなッ!! 建物に隠れてッ!!」


 ルーナ先輩の声には余裕がない。俺たちは急いで後方の専門棟作業場の入り口まで退避した。


「何が──はっ! ルーナ先輩ッ!!」


 俺が見たもの。それは専門魔法科棟の屋上から向けられた無数のだった。


「う……っ! らああっ!!」


  拘束が弱まったことにより、マナはルーナ先輩を空中で蹴り飛ばし、その反動を生かして棟の壁へと逃れた。そしてまるで猫のように壁を走り、屋上へと駆け上がった。


「撃てッ!!」


  マナの号令と共に差し向けられた銃口の数々から赤色の閃光が走る。そしてルーナ先輩に一点集中し、その閃光は風を切る音を立てながら容赦なく襲いかかる──!!


 ルーナ先輩は空中に浮遊し、頭上で弧を描くように遣らずの雨ヒンダードロップを回転させる。それと並行し、先輩は詠唱を開始した。


「──我は理解されぬ者。我が引き起こす事象は、其方らの生きる場所を支配する。空間は歪曲し、あり得ざる真実をも解き明かす。頭を垂れよ、王はここにあり」


 生み出された大量の水が剣の形に変化してゆく。そして作られた無数の水剣は、空間を捻じ曲げるように回転しながら射出された。


 赤い閃光を水剣が飲み込む。まるで火を打ち消すかのように、水剣と赤い閃光は混ざり合って空間ごと消えた。ルーナ先輩に届いた閃光は一つもない。しかし地面に受け身を取りながら着地したルーナ先輩は悔しそうに顔を歪ませた。


「……まさか『粛正武装』まで揃えているとはね。これは予想外だったわ、執行委員会」


 ルーナ先輩は剣を構え直す。しかし屋上には二十人以上の武装者がいる。その全員がまた銃口を俺たちに向け、照準を合わせており、ルーナ先輩は迂闊に仕掛けられないようだった。


「……行くぞ、者ども。この数ではあの女と相打ちになるだけだ」


「……いいんですか?」


「構わん、この学舎に私の立場はもう無い。ならばこれを機に徹底して正義を貫く。全ては大いなる大義のために」


 決別を示すかのようにマナはこちらを振り返ることなく消え去った。別れの言葉も何もなかった。


 結果として俺たちが失ったものは何もない。逆に俺は一つの感情を生み出した。生み出されたのは大切な仲間に裏切られたという怒りだった。

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