15 鉄の女

 次の授業まであと十分となって俺とキルナはようやくベンチを立ち、それぞれの道を進もうとした──その時。


「がっ……!!」


  目の前の専門魔法科棟の壁を突き破り、一人の生徒が血塗れの状態で吹き飛んできた。彼は俺たちが座っていたベンチも破壊し、そのまま後ろの空き缶捨てに衝突した。中の空き缶が大量にぶちまけられる。


「!? レビン!? 一体どうしたってんだ!?」


 俺が駆け寄るより先にキルナがレビンの体を起こした。頭から血を流し、体の至る所に打ち傷があった。苦しげに吐き出される息はかなりのダメージを負っていることを示している。


「……よぉ……スパーダか。わりぃ、アイツの相手、してやってくれねえかな……?」


 レビンが震える手で指を刺した方には黒い戦闘服に身を包んだあいつがいた。


「……お前、その格好……」


「……まさかこんなところで会うとはね」


 気まずそうに顔を背けるのは一組の委員長であるマナ・ルーランド。しかしいつもの優雅さは全く見受けられない。余裕と自信に満ち溢れた彼女とはかけ離れた冷徹毅然としたその雰囲気。同じ人物とは到底思えない。


「なんでレビンを傷つけた? お前は少なくとも仲間に手を出すような人間じゃない」


「……今の私の姿を見れば分かるでしょ。私は貴方が思っているような、クラスのお仲間じゃないってことくらい」


 マナの銀色の目に交戦の意思が入る。纏う空気が張り詰めてくる。立ち上がる魔力の波。何が何だか分からないが、マナは本気でやるつもりだ……!


 杖を抜く。しかし俺が出来るのは剣使いの力を使うことのみ。だが……使っていいのか? 相手はマナだぞ? 俺たちをまとめ上げ、導いてくれるリーダーだ。俺にとっては大切な仲間なんだぞ……?


 苦悶する俺の肩に手が置かれた。そして俺を後ろに押し下げるようにして、前へ足を踏み出したのはキルナだった。


「……迷いがあるならやめとけ、スパーダ。剣ってのは迷いに応えてくれるほど従順なもんじゃねえよ」


「……キルナ」


 キルナは鉢巻を巻き直す。いつも以上に真剣な表情。重々しい圧を放つマナに怯むことなく、キルナは彼女とまっすぐに視線を繋いだ。


「おい、誰だか知らねえけど、ウチの弟子には手だしすんじゃねえぞ。そこで伸びてるヤツの相手するなら他所よそでやれ」


「誰だか知らないけど、この姿を見られた以上、ただで帰すわけにはいかないわ。それに情報を隠蔽するための実力行使は認められている。つまり貴方達はここで消える運命にあるのよ」


 マナは強行的な姿勢を欠かない。それに魔力の出力はさらに上昇している。魔力炉を解放しただけでこれほどまでの魔力量……見立てだけなら上級魔法が三発は放てるほどのものだ……!


「キルナ。ダメだ。お前じゃ──」


「いいから黙ってろ」


 キルナは冷然と立ち尽くしたまま、俺の制止を無視する。キルナ……今のマナに勝てるほどの力をお前は持っているのか……?


「貴方、口調も低俗だし、頭の作りも悪いのかしら? 危機感とかないの? 私と貴方の力の差は歴然。勝ち目のない中で引くことのない姿勢は立派な勇気じゃなくて、身の程を弁えない愚かな蛮勇というものよ」


 マナは怒気を強めてキルナに杖を向けた。杖の先に魔力が収束していく。あとは引き金詠唱をするだけで防御不可の上級魔法が放たれる。そんな状況でもキルナは不敵に笑って見せた。


「く……ハハ! まァそうだろうな。私じゃアンタを倒すことはできない。でもな、これは蛮勇じゃねえよ。日本人ってのはな、不屈の精神でいついかなる時も窮地を乗り越えてきたんだ。圧倒的な戦力差があっても私たちは諦めない。何故だか分かるか?」


 ゆっくりと腕を上げ、キルナの指がマナを捉える。杖は抜かなかった。杖はまだポケットから頭を覗かせたままだ。つまり、キルナに戦う意思はない。


「──諦めなければ、勝てる。チャンスが生まれる。それを知っているから、私は一歩たりとも引かない」


 キルナの指が振り上げられた。それと同時に、ソラより暴風雨の如き剣の雨が降り注ぐ。


「──! 風渦荒波ヴィエント・フリード・オーラ!!」


 それに拮抗するほどの竜巻をマナは生み出す。三節の上級魔法は文字通りの剣の雨を飲み込み、次々と雨を打ち消していくが──


「ッ!? 防守ステプト!!」


  剣の雨は消えようとも、それを生み出す雨雲の剣は眼前に。マナの首元へとその切っ先が迫り、マナは見えない壁を生み出す。しかしその壁も破壊され、かろうじてマナは剣の一閃を回避する。


 剣が薙がれた軌道から突如として水が生まれ、滝のように降り注ぐ。煉瓦の地面を抉るほどの水圧。この水に打たれるだけでも大きなダメージを負うだろう。


「思ってたより様になってるじゃない、その服装。クールなマナちゃんも素敵だね」


 距離をとりながらマナは剣を構え直す青い髪の少女を睨みつける。校庭から流れてきた砂風が二人を吹き付け、戦いの激化を予感させた。


「何故だ……!? 貴様は私たちを感知できないはず……!!」


 しなやかな手足、気品溢れる立ち姿。空を思わせる青い髪は全生徒憧れの的。彼女の首にかけられた白銀プラチナの首飾りは、魔法連合から認められた剣使い「保管剣使マハトハルト」の証。


 ──聖席十二貴族、エルヴィロード家現当主、ルーナ・グライス・エルヴィロード。威風堂々、ここに見参。







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