13 職人少女 壱

 体育は無事に終わった。いつもなら俺に突っかかってくるはずのディライクも、今日は大人しく授業に励んでいた。逆に不気味な気もするが、何はともあれ平穏に終わるのが一番だ。

 

 そして続く二限目。俺は誰もいない校庭を横切り、専門魔法科の棟に向かった。そして棟に着き、中に入る。


 最近になってやっと作られた俺のロッカーに荷物を入れ、制服のローブから実習服へ着替える。そして必要な工具をベルトに装備して作業場へ向かった。


「遅いじゃないかリンドバーグ」


  すでに作業に取り掛かっていた鉢巻姿の女生徒が台詞を読むようなトーンで言う。俺の方は見ず、真剣を通り越して怖いほどの顔で槌を振るい、彼女は鉱石と向かい合っていた。


「そっちの耳にも俺の話は入ってるだろ。それの対応だよ。あと出来れば俺のことは名前で呼んでくれないか? 苗字じゃなくてさ」


「なんだっけ、お前の名前」


「スパーダだよ。樹宝きほうキルナ」


 キルナの横に腰掛けると共に、傷一つない綺麗な球状に加工された青い鉱石を受け取る。そしてそれを同じ大きさの窪みが掘られたリングヘ乗せ、俺は自分のトーチを使って接合していく。


 俺は一般魔法科に所属しているが、 ゼロユージングである俺は、魔法と能力の実技授業が大半を占めるその学科とは致命的に相性が悪い。それによって俺はライ先生と時間割の組み直しを行い、大半の授業内容を専門魔法科の授業内容へと変更したのだ。


 キルナは専門魔法科:鉱石学の生徒。根っからの職人気質で他者にも自分にも厳しい堅物。凛とした顔つきはいざ作業となるとさらに切れ味鋭い目つきとなり、殺気を感じるほどのものだ。俺はキルナに厳しく加工技術のいろはを教えてもらいながら、ペアとして二人で作品作りに取り組んでいる。


「スパーダ……そういやそんな名前だったな。覚えてたら次からそう呼ぶよ」


 全く興味なさそうに約束し、キルナは鞘から抜いた氷のように冷たそうな小刀で鉱石に文字を彫ってゆく。流石職人だ。その切り替えの速さは見習う必要がある。


「……しかしお前は俺の名前を聞いても全然反応しないんだな。今に始まった話じゃねえけど」


「いちいち他人のことなんざ気にするほど、お前は時間に余裕があるのか? 少なくとも私にはない。それに私にとって大切なことはモノを造ることであって、人と関わることじゃないんだ」


  ……これが孤立する訳だ。彼女は四人しか在籍していない鉱石学の中でさえ馴染めないほど人付き合いが下手だ。まだ出会って二ヶ月ほどしか経たないがその理由は簡単に分かった。彼女がそう言ったように、彼女が熱意を伝えるのは自身の手によって生み出される作品だけ。目に見えて他人に冷たい少女。これでは誰も寄り付かなくなっても仕方がない。


 だけどその冷たさはどことなく彼女自身がわざと作り出した空気感によるものな気がする。本当に冷たい人間ならば、さっきみたいな俺の振った関係のない話題に返事してくれるはずがない。あくまでも本気で素材と工具に向き合うから、他の人と向き合うことをやめているような状態なんじゃないだろうか。


「おい、手が止まってるぞ。作業に雑念はいらん」


「はいはい」


  さて、俺も黙々と作業に取り掛かるとしよう。豆知識だがトーチとは本来、ガスと酸素の微調整をしながら使う物であり、ガスと酸素を供給するタンクも必要となる。だがここは魔法という常識外の概念が存在する世界。どうやら便利な物はとことん便利に作られるようだ。


 このトーチは魔法付与がなされており、供給源のタンクは必要ない。さらには魔力を込めるだけでその量に応じた火力で溶接することができるので、火力を見極めてそれに合わせた魔力を込めるだけで扱うことができる。


 最初の頃は失敗も多かったが、かつて大工の義父を手伝うためにガス溶接の資格を取得し、実務作業をこなしていたことで作業の感覚は鍛えられていた。それを生かし、いまではそれなりに上手く溶接できるようになったと思う。


「……おい、コンマ五ミリずれてる。そのせいで接合部の装飾が溶けて、崩れちまってるじゃないか」


「……はい。すんません」


  師匠の目は厳しかった……。パッと見では気づかないんだけど、どんな目してんだホント。


「学生である私たちの作品は売り物じゃないから結果としては問題ないかもしれんがな、もし仮にこんなもんお客さんに売るくらいなら切腹を選ぶぜ、私は」


「そこまでしなくてもいいだろ、別に」


  ごく正論を返したつもりなのだが、それは彼女にとっての地雷だったようだ。殺意の表情は怒りの色を織り交ぜて、本当に殺されるかと思うほど怖くなる。


「……モノづくり舐めんじゃねえよ」


 俺の顔も見ずに切りつけるような鋭い声でキルナはそう吐き捨てた。彼女の纏う堅気の空気感も相待って、たったこれだけの言葉がとてつもなく重いものに感じた。俺はこれ以上、下手に口を開くことができなかった。



◆◆◆



「はあ……疲れたぁ」


  作業が終わり、俺は木陰下のベンチに腰掛けて深く息を吐いた。手先に集中し、魔力の出力調整にも神経を張ると、やはり終わってからどっと疲れが押しかけてくる。


「……それだけじゃねえよな。レビンにディライク、マナにフレッジ。いつからみんな、おかしくなっちまったんだっけ……もしかしたら俺のせいなのか? 俺があんな決闘やらなければ──あいた!?」


 後頭部に衝撃が走り、思わず頭を押さえる。それと同時にガランと少し重たい音が聞こえ、ベンチの下から一本の缶ジュースが転がってきた。


「何悩んでんだよ」


  練習上がりのアスリートのように、首へタオルをかけたキルナが、缶ジュースを飲みながらやって来た。そしてそのまま俺の隣へと腰掛ける。


「飲まねえの? せっかくの差し入れだぜ? まあ、購買のオリバーさんがタダでくれたジュースだけどさ」


「あー差し入れなのこれ? ……じゃあ俺の頭目掛けて投げないでくれませんかね!? それに人から貰ったもんなら大事に扱えって──コレ炭酸じゃねえか!?」


 拾った缶ジュースは案の定、プルタブを摘んだ瞬間に中身が揺れるような嫌な予感が走り、祈りを込めて開封したが、中身は容赦なく吹き出して盛大に俺の顔へとかかった。キルナはそんな惨状を見て大笑いしていた。俺の目には液体が入って、前がよく見えない状態だったが、何気にこいつが笑うのを俺は初めて見た気がする。


「……俺のせい、とか言ってたな。そうさ。全部はお前のせいさ」


 酒呑みのような豪快な飲みっぷりでキルナは缶ジュースを飲み干した。口元を手の甲で拭き、ふーっと彼女は息を吹く。


「別に他人に興味なんざないけど、私だって教養がない訳じゃない。お前のその名前が王家のものだってのもこの世界で生きるなら当然の知識だ。そして聖五神お前たちが人に打倒されるなんてあってはならなかったというのも当然。お前たちが滅び、調子に乗った闇の王が、どれだけの人間を苦しめていると思う? お前もここで生きてるなら、どいつもこいつも暗い顔してることくらい知ってんだろ?」


「……ああ。色んな話、色んな傷跡を見て、経験した。こっちに戻ってきてからの一年間で十分すぎるほどに」


 責めるようなキルナの言葉が身に染みる。この世界の混乱の元凶はリンドバーグだ。この世界で神の如き存在であり、その存在に等しい責任があったにも関わらず、俺たちはあの男を止められなかった。責任を果たせず、無様に滅ぼされた。力を失ったフローラは隣国ディールに侵攻され、多くの人々が亡くなった。世界の均衡を崩したのはやはり俺なんだ。


「……私の家は鍛治屋だったんだ。ちょっとした名のある鍛治屋でな。あの頃は数多くの剣使いたちに剣を作ってやっていた。彼らを尊重し、力になれることが誇りだった。今となってはそんな誇りもドブに捨ててやったがな」


  キルナは飲み干した缶ジュースを握りつぶした。固い金属が潰れる音が痛々しい叫びのように鳴り響いた。


「鍛治屋の多くが廃業した。それでも続ける者もいた。五百年以上に渡る長い歴史を捨てることができなかったからだ。だがその伝統を重んじる心は、剣使いを恐れる者たちによって蹂躙され、取り締まられ、私の父は牢に繋がれた。……そのまま獄死したと聞いている」


 ペシャンコになった缶ジュースを後ろにキルナは投げ捨てた。カランと同じような金属に当たった音が聞こえた。


「私は剣を打たないと決めた。だけどモノを造る熱意だけは捨てることができなかった。長い歴史の中で受け継がれてきたモノづくりの魂は、そう簡単に壊せるものじゃない。そして次こそは多くの人の生活を豊かにするモノを生み出したい。それが凶器を生み続けていた私たちの贖罪につながると信じている」


 横から見たキルナの目には迷いがなかった。痛すぎるほど真っ直ぐな光がそこにはあった。


 みんな罪を抱えて生きている。みんな捨てられない何かを持っている。それをしっかりと、持てる力全てを使って受け止めるんだ。俺はそのことから逃げ続けている。何をしなければならないかなんて明白なのに。


「……なあ、俺はどうすれば罪を償える?」


  俺は独り言のように呟いた。


「決まってんだろ。闇の王を倒せ」


  キルナも独り言のようにそう返した。

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